第139話・わたしは嘘つきを許したことがない
「………………」
最低限の明かりしか灯っていない自室で、ユリアはここ数日寮から出ずに部屋で引きこもっていた。
テーブルには、飲み干したお酒が所狭しと並んでいる。
生徒会副会長でありながら、なんて情けない姿だ……。
何度も自身で問答はした……けれど玄関へ足は一向に向かわない。
「わたしは今まで……、嘘つきを許したことがない」
全てはこの一言に尽きてしまう。
アリサという本気で大切にしていた友人が、隠し事なんて無しだと誓い合ったあの子が……わたしに嘘をついていた。
許しがたい怨嗟にも似た絶望、騙されるということにトラウマ級の感情を抱いているわたしに、目の前の現実は辛すぎた……ッ。
「なのにっ、なんで……!!」
座りながら抱き締めた枕に、涙が染み込む。
湧き上がる”もう1つの想い“と戦っていると、玄関から音が飛び込んできた。
来訪者を告げる、ドア前の呼び鈴だ。
出る気なんて到底湧かない……、そんなわたしの怠惰な気持ちを最初から察していたのだろう。
その来訪者は声を張った。
「無理に出ようとしなくて良い、返事をする必要もない。ただ聞いてくれ……」
会長……っ。
一瞬立ち上がりたくなったが、こんな情けない状態をあの人には見せたくない。
恥ずかしすぎる……。
彼の言う通り、耳だけをジッと澄ませた。
「俺はお前の気持ちを多少理解しているつもりだ、アリサに対し抱いている感情も……。だから今から言う言葉は全部––––ただの独り言だ」
肌にピリっとした感覚が走る。
範囲指定の防音魔法……っ、いつの間に習得を!?
疑問符を浮かべる間も無く、玄関の会長が独り言を始めた。
「俺は生徒会長だ……たとえ役員がどんな厄介を背負っても、救う義務がある。救わなければならない」
えぇ……知っていますとも、貴方は決して見捨てることなどしない人。
かつて敵だったわたしにすら、手を差し伸べてくれた……素晴らしい人。
それはわたしが一番知っています。
「だから俺は……アイツをなんとしても助けるつもりだ、みんなに苦しい思いを抱えさせて、これからの人生を送らせたくないからな」
淡々と、ある事実だけを会長は述べていく。
「俺たちのファンタジア旅行における動向をキールに報告していたのは、間違いなくアリサだ。けれど––––言うならばその1回だけだ」
思わず枕から顔を上げた。
「あの子は政治将校にずっと脅されてた。アリサの嘘は––––最初から俺たちを守るためについたものだ、生徒会室直下にある狂気からな……」
狭い世界で生きるわたしに、その言葉は爆弾のようだった。
嘘とは、他人を問答無用で傷つけるものだ。誰かを守るための嘘なんてわたしは出会ったことがない。
けれど、会長の言葉の前では––––わたしの薄っぺらい人生経験など一蹴されてしまう。
きっと……この言葉は全て事実だから。
「アイツは今……キール本命のスパイを逃すため、ほとんど冤罪で拷問されている。そして2日後には……問答無用で銃殺だ」
「ッ!!」
この国におけるスパイの罪は重い。
即刻死刑と言われる外患誘致罪と、同レベルかそれ以上のものだ。
わたしの親友が……もうすぐ死ぬ、さよならも言えずに。
理不尽な汚い大人のエゴで。
「2日後……王都の収容所から郊外の処刑施設に、アリサは連行される。彼女を助けれるチャンスはそこしかないっ」
この人はいつだって本気だ。
やるとなれば徹底的にやる、倫理や道徳すら守った上で––––勝利してしまう。
けれどしばらく黙った会長は……やがてトーンを少し落としながら続けた。
「まぁ……現状じゃ成功率はたったの50%だ、いかんせん向こうは手札が多い。マジどうすっかな〜」
下手な嘘をと思わず言いたくなるが、あの人はあの人でたぶん真面目なのだろう。
黙って聞いていると、玄関に何かの落ちる音がした。
「そんな訳で、俺の現状成功率50%な作戦概要書を勝手に放り込んでおく。読むも読まないも––––自由だよ」
最後の部分だけ、とても暖かく優しい口調。
本当にそれだけ言い残し、会長は帰ってしまった。
わたしはベッドから立ち上がる。
「独り言という体で、最後には選択権をこちらに譲渡する……本当にやり方が上手いですね」
さっきまで鉛のように重かった足は、ものの数秒で玄関へ辿り着いた。
靴置き場には、ポツリと封筒が落ちている。
「わたしは今まで……嘘つきを許せたことがない」
丁寧に包まれた封筒を、わたしはソッと手に取った。




