第138話・まさか竜王級が……、能力一辺倒の子供なんかともっとも離れた存在だったとはっ
「クッ……ハッハッ、ハッハッハッハッハ!!!!」
机の“物”に一通り目を通したラインメタル大佐は、腹の底から笑い声を上げた。
端正な顔はとても嬉しそうにしている。
「正直君のことを舐めていたよ……アルス・イージスフォードくん、僕は考えを塗り替えるがごとく改める必要がありそうだ」
俺の切り札は、重い腰を抱えた国家を動かすに十分だったらしい。
大佐が軍人である故か、提示した条件はとてつもなく利益になると即断したようだ。
元勇者は顔に手を当て、必死で笑みを殺す。
「まさか……まさか竜王級が、能力一辺倒の子供なんかともっとも離れた存在だったとはなっ。認めようイージスフォードくん……君は本当に、誠に恐ろしき竜王だ」
「俺は……、会長として義務を全うしているだけですよ。力任せで全てを焼き払うのは性分じゃないので」
「その選択は正しいよ、力を律するものはいつだって理性であるべきだ。けれど本当に良いのかい?」
俺がアルト・ストラトスに差し出したのは、本来であれば俺と大賢者フォルティシアさんに膨大な富をもたらす物だった。
けれど––––いま必要なのは未来の金じゃないっ。
「構いません、俺は……今苦しみと死にたくなるような絶望の渦中にいるアリサを、“家族”を救いたいッ。フォルティシアさんには今度でも話をします」
「そうか……、ならば良い。では我々も君の気概と覚悟と決意に応えねばならんな」
大佐は改めて居住いを正した。
「この交渉はまだ非公式の段階だが、一応元勇者として特別扱いしてもらっている人間だ。君の要求は本国を殴ってでも叶えよう」
非常に頼もしい言葉。
まだ生徒会長になる前、いざというとき使えるカードは多い方が良いと助言してくれたマスターにも感謝する。
「お願いします、ではこちら側の要求を確認します」
「あぁ」
「生徒会室直下の処理––––––これに加え、アリサ救出まで生徒会への全面協力をお願いいたします」
「了解した、自由主義の盟主として……少女の人権が蹂躙されるのは看過できない。私たちは同じ価値観を共有していることを改めて確認した」
––––交渉成立。
俺はえげつない心労の果てに、超大国アルト・ストラトスを生徒会の味方につかせた。
これで……やっと派手にやる準備ができた。
「しかし––––」
ラインメタル大佐は、俺が出した物をしまいながら満足気に呟く。
「君は本当に恐ろしいな––––我々を敵とするのではなく、味方にしてコキ使おうとは。年相応の子供なら国家に反逆するのが普通だろうに」
「学生が反権力でイキって得するのは、裏で操る邪悪な大人たちだけです。俺はただ身内を助けたいだけですよ」
「彼女たちは本当に幸せだな、全てをかなぐり捨ててでも助けてくれる人間がいるのだから」
「それが今の俺の目的です、アイツらは……俺にとって初めて出会えた、本当の意味で大切な存在なんです。この世の誰よりも幸せになって欲しいと常に思っています」
ケースを閉じたラインメタル大佐は、長い足を座りながら組んだ。
「本当に達観しているな。幸せを祈るのは誰でもできるが、それに対し全力で行動できる人間は––––砂原に紛れる宝石のように希少だ」
「褒めすぎですよ、では––––これで失礼いたします」
「あぁ、作戦決行日を楽しみにしているよ。グランくんにもよろしく言っといてくれたまえ」
部屋の扉を開けようとした俺へ、後ろから追加で声が投げかけられる。
「最後にいいかな? イージスフォードくん」
振り返れば、コーヒーを注ごうとしているラインメタル大佐が顔を向けずに問う。
「君は何か大事な決断をするとき……、神に祈るかい?」
この質問は交渉に全く関係ない、いわば雑談の類い。
けれど……ここで適当に答えれば、なんとなく全てが無に帰すような予感がした。
「いいえ、俺はおれの––––人間の自由意志によって物事は決められるべきだと思っています。政治や軍事に……神の意向とやらは反映されるべきじゃない。俺の未来や––––アイツらの運命も」
これまで見せた中で最も感情のこもった笑みが、ラインメタル大佐の顔に浮かぶ。
「100点満点だ生徒会長、君とはこれからも末長く付き合っていきたい。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、超大国の手腕––––期待しています」
俺は大使館を出て、その足で次の目的地へ向かった。




