第136話・公安の汚職
王都の中央部に近い場所でそびえるは、日差しに熱せられたコンクリートで構成される建造物。
名を『王都 魔導士収容所』。シンプルだが、その名の通りだった。
「ほら歩け、そこで止まらないでくれる?」
乱暴に車から降ろされたアリサは、奴隷もかくやという扱いで引っ張られた。
自分が連れられた場所はわかってる……、けれど抵抗など無意味だった。
この状況は全て自身の祖国に把握されている、もし自分が抵抗すれば––––みんなの命はない。
生徒会室の下にある異物が、彼女からあらゆる選択肢を奪う。
「これから取り調べだ、地下の第二収容室で行うと捜査部長に伝えてくれ」
「了解しました、捜査官」
アリサを引っ張る部下にそれだけ告げると、クラークは建物の影へ向かった。
暑い日差しから逃れた途端、ヒンヤリした空気と共に声が掛けられる。
「ずいぶんご機嫌ねぇ、クラーク捜査官?」
前を見れば、アリサと似た銀髪を下げる女性が立っていた。
服装はジーンズ主体のシンプルなものだが、クラークはそれが偽装だということをよく知っている。
「いやはや君たちのおかげだよ、ベアトリクス政治少佐。みなが驚く迅速さで我が国の脅威を早期発見できた」
防音魔法を周囲に展開しながら、クラークは卑しい笑みを浮かべる。
「そういう建前だねぇ」
「はい、アリサ・イリインスキーにはこれから建前上の尋問を行います、明日にでも死にたいと思うような手法が使われるでしょう。本当に良いので?」
「構わないわ、あのガキは元々捨て駒だから。本命の人間が助かれば……あんな代替品いくらでも消耗していい。そのために“録音の場”をあなたに教えたのよ」
「素晴らしい利害の一致ですね、ここ数年成果の乏しかった俺は部長に結果を出せる。君たちは本命のスパイを逃がせる」
「えぇクラーク捜査官、本命である同志セヴァストポリの行った諜報行為もアリサ・イリインスキーのせいに仕立て上げなさい。そうすれば万事上手くいくわ」
「ありがたい……これでやっと出世のチャンスが来ます、でもあなたにとってはかつての弟子だったんでしょう?」
「遠い関係に過ぎないわよ。同志党書記長もそうおっしゃっている」
ベアトリクスは「それよりも」と、話題を切り替えた。
「生徒会とやらの動きはどう? 特に竜王級––––アルス・イージスフォード、ヤツは今なにをしているの?」
言われて初めてクラークは思い出した。
竜王級の監視はライバルとして活躍する同僚の仕事だ、正直全く把握していない。
だがここで知らぬと言えば、眼前の政治将校殿は気を悪くするかもしれなかった。
「……特に何も、目立った動きはしていません」
「本当なの? 生徒会長とやらもずいぶん薄情なのねぇっ」
「はっは、いや全くです。今ごろ悲壮に暮れて壁でも殴っている頃でしょうか。どうせ何もできないのに」
そう、いくら強くても人生経験の浅いガキに過ぎない。
俺たち大人に、立ち回りで勝てるわけがないのだ。
この世は複雑怪奇、強いだけの力に酔うお子様などエサ以下の存在である。
国家機関の緊密な連携には勝てるべくもない、しょせんその程度だ。
したり顔でそう確信する。
「わかっているじゃないクラーク捜査官。ただ魔力量が高いだけの無能––––拙く青臭い若造じゃ、たとえ竜王級と謳われても国家には勝てないわよ」
「おっしゃる通りです、ベアトリクス政治少佐」
時計を一瞥し、ベアトリクスは長い足で歩み出す。
「同志セヴァストポリがもう少しで任務を完了できるわ、全ての事が済んで撤収したら––––アリサ・イリインスキーは殺して構わない」
「了解いたしました」
90度でお辞儀を繰り出すクラーク。
「それにあの闇ギルド……、ルール・ブレイカーだったかしら? アイツらが竜王級の能力を奪ってくれるなら、これ以上望ましい結果はない」
「つまり?」
「我々が国家予算をはたいて買えば良いだけよ、竜王級の能力をね。なんたって『フェイカー』は我が国が原産だもの」
歩き去るベアトリクスを見送り、クラークは防音魔法を解除した。
「処理手続きは1週間もあれば済む……我が辞書に《竜王級恐るるに足らず》と追加すべきだな」
ウットリと自信を溢れさせ、建物に入るクラーク捜査官。
この会話を、防音魔法すらぶち抜いて盗聴している者がいるなど彼は気づいていなかった。
「全く––––好き勝手言ってくれる、噂をすれば影がさすって言葉を知らないのかね」
生徒会長アルス・イージスフォードは、2ブロック離れた市街エリアで、最小出力の『魔法能力強化』を解いた。
僅かな使用だが、疲労し切った彼の目の下にはクマがある。
「盗賊職の『盗聴魔法』。昨日から夜通し練習した甲斐があったな……死ぬほど眠いが」
一夜漬けの成果をなんとか叩き出す。
昨日生徒会室を出た彼は、そのままある場所へのアポ取りと、カレンのギルドである『ドラゴニア』へ出向いていた。
ギルドリーダーである彼女を通して、盗賊職の冒険者に一晩指導してもらったのだ。
「クラーク、ベアトリクス、セヴァストポリ……。こいつらが今回の主犯か。フッ……ハハッ」
クマもあって、子供には見せられない恐ろしい顔でアルスは笑った。
果てしなく強い怒りと憤り、大事なだいじな役員であるアリサが、紙のごとく使い捨てられようとしている事実に。
脳裏に浮かぶのは、先日まで当たり前だった美味しそうに部屋でお弁当を頬張るアリサの顔だ。
きっと……、今まで一番辛かったのは––––
「少女の人生を使い捨てるんだ……当然テメェの人生も全部賭けてると見て良いんだよなぁ? お三方?」
怒れる竜王、役員を奪われた生徒会長は決して止まらない。




