第133話・生徒会最大の危機
「アリサ・イリインスキー、貴様には我が国への不法な諜報を行った容疑が掛かっている。大人しく付いてくるんだな」
生徒会室に踏み込んできた公安のクラーク捜査官は、気怠そうに告げた。
それは、1人の少女に告げる言葉にしてはあんまりな言い方だ。
「ちょっと待ってよ! アリサちゃんがスパイだなんて絶対間違いよ! 公安かなんだか知らないけど、勝手なこと言わないでッ!!」
庇うように前へ出るミライ。
さっきまで喧嘩していた彼女は、肩を震わせ威嚇していた。
「チッ……! これだからガキの友情ごっこは嫌いなんだよ……おいアレ! サッサと聞かせろ」
クラークが顎をしゃくると、後ろの公安職員がタブレットを取り出した。
映し出された画面から、会話であろう声が響く。
《フーン、じゃあ副会長ちゃんの宝具は壊れちゃったのねぇ》
誰かわからない女の声に続いて、聞き慣れた––––この場でありえてはならない声が再生された。
《……はい、ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルトの力は大きく減退しました……。今なら同志のご希望に叶う状態かと》
聞き間違いようがない、紛れもなく“アリサ”本人の声だった。
うつむき、先ほどの陽気が嘘のように彼女は表情を暗くする。
《それでファンタジアへ行くことになったのねぇ、たしかに件の大賢者なら十分データの実証もある。日程は?》
《2泊3日……。2日後の午前7時30分、3番ホームから発車する軍混合の列車です……》
再生が止まる。
ミライは震えながら固まっていた、……後ろを見るのすら怖いと言わんばかりに。
「他にも重大な国家機密漏洩に関与している。そういうことだからさぁ、ほらどいて。突っ立ってられると邪魔だからさぁ」
クラークが、呆然自失とするミライを強引に押し退けた。
俺は誰にもバレないよう、タブレットの“録音状態”を確かめた。
スイッチは既に押されている。
「アリサ、もし今のが何かの間違いなら……会長の俺がまだ助けてやれる。質問に答えてくれるな?」
しばらく黙っていた彼女は、やがて小さく笑いをこぼした。
まるで……全てを諦めたように。
「はは……全部本当だよ……、わたしは祖国のために生徒会の行動を––––厳密には竜王級アルス・イージスフォードの動向を報告するよう命令されていたの」
「笑える……」と、アリサは吐き捨てた。
「竜王級の存在は安全保障に直結する……、だからわたしはみんなをずっと裏切ってた! ずっとずっと!! 生徒会に入ったのも、全部ぜんぶそれが理由だよッ!」
「貴様ッ、本性を見せたな社会主義者め……。確保しろ!!」
どこか嬉しそうに命令を出すクラーク。
このままではあまりよろしくない、せめて全員の気が一瞬でも逸れれば––––
「ッ!!!」
俺の横を金色の風が駆け抜けた。
拳を握り、大きく振りかぶった彼女––––副会長ユリアは涙目で、怒りに満ちた顔のまま突っ込んだ。
「バカァアアァアアアアアッッ!!!」
鈍い殴打音と共に、アリサは床に倒れ込んだ。
ユリアが、本気で彼女をぶん殴ったのである。
どういうことか、アリサはそれを避けなかった。
「ふざけないでくださいッ! 裏切ってたなんてそんな告白。貴女から聞きたくなかった! 聞きたくなんてなかった!!」
拳だけに収まらず、ユリアは激情に呑まれて『インフィニティー・オーダー』まで具現化した。
「バカバカバカッ!! バカァアアァアアアアアッ!!!!!」
泣きながら杖を振り上げる。
公安が慌てて身を引いた。
だが、振られた杖を間一髪でミライが後ろから止めた。
『雷轟竜の衣』に変身して、ステータスを大幅に上げた状態で後ろから羽交締めにしたのである。
––––今だっ。
俺は全員の気がユリアへ向いたのを確認し、倒れたままのアリサに”ある物“を投げつけた。
極小のそれは、彼女の襟にピッタリとくっつく。
「落ち着いてエーベルハルト!! そんなの当てたらアリサちゃんが死んじゃう!!」
必死でユリアを食い止めるミライ。
どこかビクついた様子で、クラークは倒れたままのアリサへ手錠を掛けた。
「ほら立てッ、ったく……これだからガキは嫌いなんだ」
銀髪を掴まれ、乱暴に立ち上がらされるアリサ。
怒りで握った拳から血が出るも、俺は机の後ろへ隠す。
生徒会最後の砦である俺が、決して事を急いてはいけないのだ。
眼前の捜査官の“裏”も含めて、既に色々見えているのだから。
「っ……そこの乱暴女を押さえておけよ、我々はこれで失礼する」
たったそれだけ言い残し、公安は俺たちの目の前でアリサを連れ去っていった。
泣き崩れるユリア、ガンケースに隠していた魔導タブレットを俺は拾い上げる。
「裏切ってた……か」




