第132話・最も信じたくない可能性
「話しておくこと……?」
困惑顔のユリアへ、俺は銃を置きながら告げた。
「生徒会旅行でファンタジアに向かう途中、俺たちの乗る列車が襲われただろう?」
「はい、覚えてます。たしかアルナクリスタルを奪うのが敵の目的だったんですよね?」
あの日、列車に乗り合わせていた俺たちは闇ギルド・ルールブレイカーと戦った。
ホムンクルス、武装飛行艇……そして剣聖グリードのダミー。
ここまで考えたとき、連中の真の目的がアッサリ浮かぶ。
「奴らの目的はアルナクリスタルともう1つ、俺たち生徒会だったんだと思う」
「……ずいぶんと物騒な話ですね、わたしたちが目的だったとするとやはり––––」
「あぁ、人工宝具『フェイカー』……それに俺たちの能力を取り込んで商品にするつもりだったんだろう」
「けれど……それは失敗した、だから敵はファンタジアを全部巻き込んでわたしたちに全面攻勢を掛けた……と?」
「そうなるな、『神結いの儀式』がなんなのかは全く不明だ。しかし連中が目的の1つとして、俺たちの能力を狙っているのは間違いないだろう」
本当に忌々しい限りだが、敵の攻勢は既にかなり挫いている。
いくら闇社会の最強勢力とはいえ、許容できない損害だろう。
どうせ闇ギルドのリーダーさんは、こう思っていたに違いない……。
『竜王級といえど、個人で巨大組織に勝つことはできない』……と。
答えはイエスでありノーだ。
たしかに俺個人では色々制約も多い、だが俺は自分1人で全てを解決しようとする傲慢な思考は持ち合わせていない。
頼れる相手には頼るし、使える人脈はとことん使う。
俺は元よりそういう人間だ。
「まったく闇ギルドも愚かですね……、畏れ多くも会長に手を出すなんて。人生全部を賭けても無理だとなぜわからないのでしょう」
ユリアが呆れ気味にため息をついた。
「それで会長……“本題”はこれと、もう1つあるんじゃないですか?」
「さすが、鋭いな」
正直この話をするのはなかなか怖い。
だが、ユリアなら……今ミライに並んで最も信頼できる。
このまま1人で疑い続けることこそ最も愚策だ。
「俺たちの状況を……逐一報告している人間が、たぶん身近にいる」
「身近……ッ、それってつまり––––」
さすがに動揺したらしいユリアへ、俺は内臓をちぎる思いで言い放つ。
「生徒会のメンバー、あるいはマスターかカレン、もしかしたら特別顧問のラインメタル大佐……。ありえるとするなら……残念ながらこのラインだ」
「身内の誰かが……敵に内通している、会長はそう読んでいるのですか?」
「正直信じたくはないがな、けれど総合的に分析したら……十分ありえる可能性なんだ」
唇を噛みながら、ユリアは表情を歪ませる。
「……わたし、嘘つきだけは今まで一度も許したことがないんですよ。もし信じてた人がそうだとしたら……わたしはきっと耐えられないっ」
貴族であるユリアは、これまで想像もつかないくらいの悪意と出会ってきたのだろう。
その信条をアッサリ変えろと言うのは、あまりに難しい話だ。
俺はユリアの肩を、通り過ぎがてらポンと叩く。
「とりあえず戻ろう、まだそうと決まったわけじゃないしな。ミライとアリサに話してみんなで解決しようぜ」
「……はい」
もっともらしく言ったはいいが、所詮ただの先送りだ。
けれどこちらは先手を打てない、せめて目立った動きさえあれば十分なんだがなぁ。
「ただいま〜」
生徒会室に戻ると、ミライとアリサが何やら騒いでいた。
「ぜっったいオレンジジュースだよミライさん!! あの酸味が目覚めに良いんじゃん!!」
「わかってないのはアリサちゃんよ! オレンジなんて邪道! 朝はリンゴの甘みから始まるべきよ!!」
うわっ……めんどくさそうな喧嘩してる。
テーブル越しに取っ組み合う2人を、俺はペイっと引き剥がした。
「俺とユリアがいない間に、何やってんだよ」
「ちょっと聞いてよアルス! アリサちゃんったら朝はオレンジジュース以外ありえないって言うのよ! 絶対リンゴジュースの方が美味しいのに!」
負けじとアリサも、銀髪を震わせながら反論する。
「リンゴなんて甘さも酸味も中途半端で、朝には不適格だよ! あんなので果汁感とか絶対冗談じゃん!」
「オレンジの謳う果肉感の方が冗談よ! あんな小さい粒で果肉とか笑わせるわ」
「あー!! オレンジの悪口言ったぁ!!」
とりあえず非常にくだらないことで喧嘩しているようなので、俺は両成敗で2人の脳天へチョップした。
仲良く床へもんどり打って倒れる。
「ほれ仕事するぞー、たんまり持ってきたから夕方までに終わらせなきゃな」
「そうですね、会計と書記なのですから仲良くお願いします」
なんか重大なこと言うムードじゃねえな……、まぁ夕方でいいだろう。
どうせガチの喧嘩じゃないっぽいし、俺とユリアがしっかりしときゃどうとでも––––
––––バァンッ––––!!!
瞬間、生徒会室のトビラが勢いよく開けられた。
っ! 誰だノックもなしに!
失礼すぎる来訪者は、ゾロゾロと神聖な生徒会室に踏み込んできた。
「どこのどなたでしょう、教職員ではなさそうですが」
ユリアの苛立ちを含んだ問いに、シワ1つないスーツで決めた男が手帳を開く。
「我々は王国国家公安本部の者だ、私はクラーク捜査官。ここが学園の生徒会で間違いないな?」
「捜査官? この国の公安はノックもしないのですか? 第一どういう理由で学び舎たる校内に––––」
「あぁ〜失敬失敬、ホント失礼。ったく堅苦しい雰囲気はうざくて嫌いなんだよなぁ。単刀直入に告げるから聞けよ」
公安のクラークは、1人の少女を指差しながら目を細めた。
「アリサ・イリインスキー……お前を国家防諜法に基づき強制拘束する。ここまでだな……卑しいキールのスパイめッ」




