第129話・俺の生徒会長生命が……ッ
生徒会のファンタジア旅行が終わり、夏休みもいよいよ後半に差し掛かっていた。
外で部活に打ち込む生徒たちの声を聞きながら、俺は淡々と書類作業を進める。
「来学期分の備品申請、部活動予算案はこれでいいかな」
書類を纏める。
あのファンタジア事変以来、国の緊張度は極めて高くなっていた。
マスター伝いで、最近軍の動きが激しくなっていることも察知済み。
近々……戦争が起こるかもしれない。
もしかしたら、みんなが再び危機に瀕するようなデカいことも––––
「ねぇアルスくん、下着が見たいとしたらユリとミライさん……どっちが良い?」
生徒会室のソファーで、やたら量の多い弁当を食べながら彼女––––アリサ・イリインスキーは呟いた。
口調に淀みはなく、非常にネイティブな発音だ。
「うーん……、下着なぁ」
手を止めて思考、俺の頭は戦争から下着へシフトした。
以前の俺であれば動揺もしただろう、だが今は違う。
外国人の彼女がいきなりぶっ飛んだ話をするのは、先刻承知しているのだ。
「やっぱ最近のトレンド的にユリ? スタイルは両方共わたしが羨むくらい良いけどさ〜」
「ふぅむ、正直悩みどころだよなぁ……」
彼女の故郷––––【キール社会主義共和国】じゃ、飯食いながら恋人の下着について話すのがきっと普通なのだろう。
だから俺は、どんなにアリサがイカれた話題を撃ち込んでこようと決して動じない。
「ぶっちゃけ……」
だから頭ごなしに否定するなど、俺の信条が許さん。
聞かれたからには、茶化さず真面目に答える!
「めちゃくちゃ眼福だし、両方見たいかなっ!!」
––––ガチャッ––––
俺の言葉と、生徒会室のドアが開いたのは同時だった。
全身の血の気が引く。
「お、ユリにミライさん! おかえり〜」
職員室へ荷物を運びに行っていた、副会長ユリアと書記のミライである。
2人共に、暑さと重量物運搬で額に汗を浮かべていた。
「イェースたっだいま〜! いやー外あっついわ〜。ってかアルスのでかい声聞こえたけど……2人共なんの話してたの?」
「いやなんでも!! お仕事お疲れ様! 荷物運んでもらって悪かったな!!」
「えっ、あぁ……うん。まぁ一応書記の仕事だったし」
ミライはチラリと、横を見た。
「エーベルハルトさんも、手伝ってくれてありがとう」
「いえ、会長のみならず、他役員の補佐もわたしの大切な仕事ですので」
優しく微笑むユリア。
思えば、初期の頃の関係が嘘みたいな光景だ。
「ところで……会長は一体何が見たかったのです? なんか眼福って聞こえたのですけど」
テンション高めのアリサがバッと立ち上がった。
「あぁ、ちょうど今アルスくんに下着が見たいならどっちが良いか聞いてたんだよ〜」
「おまっ!!」
俺が止める間も無く、話は進んでしまった。
「見たいって、誰のをよ」
「ミライさんかユリ♪」
「「ッッ!!?」」
俺はその場で崩れ落ちる。
終わった……、俺の生徒会長生命……まさかこんなにも呆気なく潰えてしまうとはッ。
打ちひしがれる俺へ、ユリアはスカートの裾を握りながら顔を赤らめる。
「会長……、わ、わたしの下着……見たいんですか……?」
心臓が跳ね上がり、人生最大の心拍数を叩き出す。
マズイッ、ここで万一肯定なんぞすれば恋愛関係まで含めて消し飛びかねんッ!
いくら恋仲になったとはいえ、まだその段階じゃないはず!
「ほらほら〜、アルスくんも正直に返事して自分の歪みをみんなと共有しようよ〜」
この銀髪っ娘は後でぶちのめすとして、まずはこの場を切り抜けなければ!
いやなに……俺は少なくとも普通だ、年相応の健全な男子だ。
取り繕うように言い訳しようとした俺は、ユリアの次の一言で押し黙らされる。
「いえ、会長になら……別に見られても良いですけど」
太ももまでしか丈がないスカートを、彼女は戸惑いながらも目の前でソッとまくった。
白色の布が僅かに見えた瞬間、横から手が振り下ろされてそれ以上の露出を防いだ。
「ちょっとエーベルハルト! アンタだけ抜け駆けしないでよね! 最初に見させるのはわたしって決めてたんだから!」
ミライが強引に止める。
だが、どうもベクトルというか方向性が違った。
「ブラッドフォード書記は会長と幼馴染なんですから、もう十分見せたのでは!? 独り占めはなしって約束したはずですよっ」
「まだ見せてないし! これから見せるんだから余計なことしないで!」
「余計じゃないですよっ! 貴女こそ余計な押し付けも甚だしいですっ! 別に減りませんしこれくらい良いじゃないですか!!」
「一方的に増えられたら困るのよ!! こうなったら––––アルスにどっちのが見たいか問いましょうッ!!」
お昼のチャイムが鳴り渡った。
彼女たちの注意が一瞬逸れたのを、俺は見逃さずにダッシュする。
「ちょ、ちょっと仕事置いて休憩してくるわッ!! 少しここ頼んだぞ!」
隅に置いていたガンケースを引っ掴み、俺は生徒会室の外へ飛び出した。
クッソ……あんなん目の前で展開されたら、マジでこっちの理性が飛ぶっつーの。
俺はそのまま逃げるようにして、隣区画の演習場へ向かった。




