第128話・剣聖グリードの自信
神殿のように広大な空間へ、冷め切った声が響く。
「無様な結果に終わったな、レイ」
冷えた大理石の上で、灰髪の少女レイ・イージスフォードは両膝をついていた。
それを玉座から見下ろすのは、緑色に染まった長髪を下げる高身長の男。
闇ギルド・ルールブレイカーのマスター、名をスカッドだ。
背中から生えた純白の翼は、彼が人間ではないことを示している。
「ノイマンとドクトリオンの計算支援を受けておきながら、儀式と竜王級の能力奪取失敗、さらに魔人級フェイカーの喪失……なにか言い訳はあるかい?」
真っ逆さまに落ちた天井のようなプレッシャーが、潰さんばかりにレイの肩を襲う。
彼女が今回ファンタジアへ送られたのは、その圧倒的自信がゆえだった。
副会長ユリアの宝具が使用不能という事態を利用し、力を得たミリアを差し向けてアルスから能力を奪う。
最後は儀式によって、”神へのアクセス“をする手筈だったのに……!
「お兄……竜王級は、必ずわたしが能力を奪って見せますっ。この損害も想定の範囲内、です……」
「ほぅ……範囲内か、既に対竜王級戦で30億もの大金が消え去っている。レイよ、30億もあれば何ができたと思う?」
「っ……」
「軍隊であれば最新鋭の戦車隊を揃えることができる額だ。我々は既に、竜王級アルス・イージスフォードというたった1人の個人に、これだけの犠牲を強いられているのだよ?」
スカッドの語気は強まっていった。
「レイ、投資と浪費は違うと再三教えたはずだ。そして––––権力と責任はいつだってセットともな」
「ッ!?」
スカッドが指を向けた瞬間、光が瞬いた。
まばたきする間もなく、レイの腹部を爆裂魔法が直撃する。
詠唱すらしていないにも関わらず、威力は絶大だった。
「カハッ……!!」
吹っ飛んだレイは床を転がり、内臓を混ぜられたような痛みに激しく喘いだ。
「やはりお前ではまだ荷が重かったらしい、竜王級の妹だからと期待していたんだけどなぁ……。本当に残念だよ」
「カヒュッ……! ぅ、あ……!」
「君はしばらく休暇にしたまえレイ、ドクトリオン博士の助手でもやって休んでいると良い。怪我をした人間なんぞ仕事の邪魔だ」
スカッドが指を鳴らすと、玉座の横に魔法陣が現れた。
光の粒子は、少しずつ形を作っていく……。
「竜王級奪取の任は……君に託したい、剣聖––––グリードくん」
床に横たわり、涙目で胃液を吐いていたレイに、転移したグリードは笑みを浮かべる。
「お任せくださいスカッド様、俺は史上最強の剣聖––––そこで無様に転がるガキとは違うことを教えてやりますよ」
ドヤ顔で決めたイケメンな風貌の彼を見て、レイはいよいよ危機感を募らせた。
脳みそが警鐘を鳴らす。
こいつはヤバい、絶対に仕事を任せてはいけないと。
「血迷っては……ゼェッ、なりませんスカッド様! こんな無能力者に我がギルドの一大構想を託すなんてっ」
「はっ! 実の妹だとかは知んねえが、お前じゃアルスには勝てねえよ。ファンタジアで完敗してるようなお子様じゃぁな」
アルスにいどむ権利すら与えられなかった男が、どの口で抜かすかとレイは激昂しそうになる。
そもそも、『フェイカー』を彼に与えたのは他ならぬレイ自身だ。
先日まで敬語だったくせに、スカッドが味方するやもうこの態度だ。
変わり身するにしても早すぎる。
「口をわきまえろ……ッ! お前を選んだのはわたしなんだぞ!」
「わきまえるのは、お ま え だっ。剣聖たるこの俺にはもはやなんの懸念も障害もない––––わからねえか? スカッド様はやる気のないヤツが一番嫌いなんだよ」
やる気だけはある無能が、異常に腹の立つ表情で見下ろしてくる。
さらに指まで差してくるのだから、怒りが痛みを上回りつつあった。
「スカッド様……正気ですかっ!」
「今の君よりはマシだよレイ、彼はこんなにもやる気と自信に満ち溢れているんだ……一度くらい任せてみても大丈夫だろう」
レイは思い起こす。
そういえば、ファンタジア事変以前にも、スカッドは自分の自信を買って任務を任せてくれた。
眼前のギルドマスターは、強い自信のある人間ならばアクティブに仕事をこなしてくれると、本気で信じるタイプだったか!
これだから”天使“というヤツは……ッ!
「とりあえずお前はベッドで寝てるんだな。剣聖であり知将とも謳われた俺に全部任せろ、もう手は打ってある––––」
剣聖グリードは、ニッと前歯を覗かせた。
まさかこいつ……!
レイは、”大切な情報源“に危機が迫っているのを直感で悟る。
だが悲しいかな……、今の彼女にどうにかできる身体と権限はなかった。




