第126話・あっという間のファンタジア旅行だったな
「かんぜんふっかーつ!!!」
可愛いらしい声が部屋に響いた。
市内のホテル、4人用の大部屋で彼女––––アリサ・イリインスキーは子供のように激しく飛び跳ねる。
前日を知る人間ならば、その様子に驚くことは間違いない。
「良かったなアリサ、まさかこんな一瞬で元気になるなんて」
それもそう、
ミリアの猛撃で胸から下腹部まで酷くアザだらけだった身体は、ファンタジアに来た日と変わらない色白さを放っていた。
数時間前まで死にかけていた女の子とは、到底思えない元気っぷり。
「ひゃ〜……大賢者さんのポーションって、ほんと効き目凄いのね〜」
ソファーに座りながら、帰り支度を整えていたミライが一言。
「フフン、なんと言ってもわたしの師匠ですからね。これくらい当然です」
フンスとなぜかユリアが胸を張り、フォルティシアを誇らしげに語る。
まぁ気持ちはわからんでもない、俺が飲んだ魔力回復ポーションも効き目凄かったし。
「会長、いま魔力ポーションを箱買いしたいと思ったでしょう」
「ウッ……バレたか、だがアレあればデメリットの心配なく『ブルー・ペルセウス』に変身できるだろう? 正直5箱くらいは欲しいよな」
崩壊したファンタジア・ツリーから堀り出された、自分のキャリーケースを閉めつつ一言。
すぐさま隣で作業していたミライが、口を挟んだ。
「“ブルー”みたいな切り札系の変身って、マジ本気でヤバい時に使うから燃えるんじゃーん。今回のアルスみたいにさ」
「フィクションならそれでいいよ、だがこれは現実。ミライたちのタフさを信じてはいるが……いちいち魔力切れ起こしてたら敵にボコられんのお前だぞ」
「あうっ……、それは嫌かも。やっぱ箱買いだね!」
痛い目に遭うと思うや、手のひらがドリルと化すミライ。
「5箱は無理でも、4本くらいなら昨日会長用にもらっておきましたよ」
そう言うと、ユリアは冷蔵庫から栄養ドリンクっぽいものを1本取り出した。
さすが我が副会長……あまりの仕事の早さに感嘆してしまう。
「んっ……? よく見るとラベルが貼ってあるわね」
「試験用の魔力回復ポーションらしいですよ。名前は『マジタミンB』とのことです」
マジはマジックで意味わかるが、タミンとBは果たしてどこから来たのだろう。
「ネーミングセンスだけは謎だが、とにかくありがとうユリア! これでいざという時が来ても多少安心だ」
「い、いえ……ただ、会長クラスの方だと2本飲んでやっと全開というところでしょうから。たぶん回復は2回が限度です」
「十分だよ、マジありがとう!」
「は、はい……っ」
なぜか頬を紅潮させたユリアが、そそくさと『マジタミンB』をケースにしまっていく。
そんな彼女を、何故かニマニマとアリサが見つめていた。
◆
チェックアウトした俺たちは、ファンタジア中央駅のホームへやって来ていた。
事件の影響でダイヤは乱れ切っているが、なんとミリシア陸軍が生徒会用にわざわざ列車を出してくれたのだ。
詳しく聞けば、来る時に襲撃を退けたことの恩返しも含んでいるという。
ありがたい話だ……。
「今回はちと騒がしかったが、こうして見送りができて嬉しいわい」
黒が基調の魔法使いっぽい服装をしたフォルティシアさんが、自作飛行板––––通称『ぶっ飛び君2号』に座りつつ一言。
「師匠、宝具とアリサっちの治療……本当にありがとうございましたっ!」
「そんなに頭を下げんでよい、おぬしは副会長なのじゃろう? もっと胸を張っておれい」
「はい、でもお礼だけはキッチリ伝えたいのでッ」
陽光に照らされるユリアを見て、フォルティシアさんは微笑んだ。
「本当に変わったのぉ……、これも現生徒会長と戦ったがゆえかな?」
「かもしれません、勝利は人を強くしますが––––敗北も人を成長させるのだと、わたしは会長との勝負で教わりましたっ」
「その言葉を聞いて安心したわい、もう教えられることはないかもしれんのぉ」
飛行板に座って、視線の高さが同じなフォルティシアさんは俺を暖かい眼差しで見つめた。
「アルス・イージスフォード、ワシの大事な愛弟子を改めて託す……頼んだぞ」
俺は目を合わせ、王立魔法学園生徒会長として毅然とした態度で返す。
「任せてください、もっとも––––俺が世話を焼く隙なんざありませんが」
出発の汽笛が鳴る。
そろそろだ、俺たちが列車に乗ろうとした時だった。
「待ちなさいッ!!」
強い叫び声が、駅の騒音を貫いた。
見れば、改札を強引に突破した弓使いの冒険者が、ゼェゼェと息を切らしながら立っていた。
「あっ、レナさんだ」
アリサを始め、各々が足を止める。
後ろでは改札を強行突破されたからか、駅員たちが慌ただしく出てきている。
「竜王級ッ!! アンタに伝えることがある!!」
迫る駅員、僅かなタイムリミットで、レナは渾身の叫びを放った。
「アンタをぶっ倒すのは、未来のマスター・アーチャーたるこの冒険者レナよ!! それと!」
彼女は指をビッと、俺へ差した。
「ファンタジアのみんなを––––助けてくれてありがとうね!! また会いましょうッ!!」
最後は駅員たちに取り押さえられ、裏の部屋へ連れて行かれるレナ。
締まったようで締まらない、どこまでもあの子らしい。
けれど、ファンタジアを愛す1人の冒険者としての想いは伝わった。
「あやつと言葉はかぶってしまうが––––また会おう、生徒会諸君。今度はワシからそちらへ会いに行きたいと思う」
笑顔のフォルティシアさんに見送られ、俺たちは【温泉大都市ファンタジア】を出発した。
振り返ればあっという間の、濃密すぎる旅行だった。
湯治も一応できたし、みんなと楽しく騒がしい夜を過ごした。
街を守り、さらに絆が深まった……非常に有意義だったと言って良いだろう。
俺たちしか乗っていない列車内で、もう一眠りしようと思った矢先だった––––
「あの、会長……」
肩を叩いたのは、王都に帰るということで制服姿に戻ったユリアだ。
「お疲れのところすみません、少しお時間––––よろしいでしょうか?」
その顔は、“何か”を決心したような覚悟が宿っていた。
次回あたり、ご縁あってイラストレーター様に描いてもらえたユリアのイラストを公開できそうです。




