第121話・覚醒、インフィニティー・オーダー
「何かしらぁ? この矢はぁ……」
ミリアは腕に刺さった矢を引き抜くと同時、意識のないアリサを地面に放り捨てた。
獣のような視線の先で––––1人の人間を見つける。
「あっ、当たっちゃった……?」
車の陰から半分隠れるようにして弓矢を構えていたのは、コロシアムでアルスに負けた冒険者––––レナだった。
「毒も……やっぱ全然効いてないや……」
「れ、レナ……さん?」
突然の人物の、とつぜんの登場に驚くユリア。
なぜ彼女がここにと思考したとき、昨日会った浴場での言動が蘇る。
おそらく、今日も一日中自分たちをストーキングしてアルスの弱点を探していたのだろう。
それでもなぜ––––
「なんでここに……?」
「ふ、……ふん! 別に助けに来たわけじゃないんだからねっ! 勘違いしないで! 女の子がボコボコに殴られてるの見て、不快にならないわけがないじゃないッ」
逃げることを諦めたのか、はたまた覚悟を決めたのか……レナはゆっくりと影から全身を出した。
「アンタたちを倒すのはこのわたしよ!! そんな訳分からないヤツなんかに先を越され––––」
ミリアとレナ。
40メートルはあった距離が、1秒未満で縮まる。
「あぎゅッ……あ!?」
レナの後頭部を掴むと、ミリアはそのまま地面へ力任せに叩きつけた。
ヒビが走り、大通り一面が砕け散る。
「ま、また人をいちいち地面にぃっ……!」
コロシアムでも確か派手にやられている。
顔の半分までがレンガにめり込み、レナは激痛に涙しながら苦情を漏らした。
「雑魚が……、銀髪の前にまずアンタから仕留めてあげる」
鉤爪のある足を振り上げるミリア。
彼女の頭を、虫のように踏み潰すつもりだ。
「ッ……!!! エーベルハルトぉッ!!」
激痛と恐怖で泣きながらも、レナは叫んだ。
「こんな……っ! こんな首から道具下げるだけで勘違いしたゴミ女に、アンタが負けんじゃないわよっ!!! じゃなきゃわたしも竜王級も––––報われないじゃないッ!!!」
その言葉は、まるで足りないピースのようだった。
レナさんは命を投げ売ってでも動いた、絶対に“負けたくない”から……誰が相手でも勝ちたいから。
わたしはどうだ……? 動けるのか、いや……!!
「動けなくちゃ……、動かなくちゃダメなんだ!!」
ユリアの腕から、魔力が溢れ出る。
「もう––––“負けたくない”からッ!!!」
起きた事象は、おそらく時間にして秒もなかった。
『インフィニティー・オーダー』をハンマーモードに変えたユリアが、ミリアを思い切り殴り飛ばしたのだ。
人のいないビルが衝撃で崩れ、瓦礫と砂塵が大通りにかぶさる。
「っ、やる……、じゃ……ん」
レナの意識が遠のき、彼女はガックリと石畳に倒れ込む。
しばらくして、ビルの瓦礫が爆発のように弾け飛んだ。
「ずあああぁああッ!!!」
土煙の中から、目を赤色に光らせたミリアが出てくる。
「ありえない、ドクトリオンの計算だと……宝具は再起動しないはずだったのに」
ユリアの持つ宝具を見る。
さっきまで金属製の鈍器に等しかったそれは、極限まで磨き抜かれた黄金のようだった。
「……でしょうね、わたしもレナさんの行動と言動は正直予想外でした」
さっきまでが嘘のように、ユリアはハンマーを軽々と取り回した。
「ッ!! ありえないっ!! 他人との友情ごっこに染まっていた貴様が……!!」
「それは……きっと会長がいてくれたからです、会長と戦えたからわたしは––––アリサ以外に初めて人と触れ合えた。でもそのせいで忘れてもいた……」
力強いグリーンの碧眼が、カッと開かれる。
「今思い出したんです。わたし自身の内にある……敵を殺すつもりで挑むという––––本気の闘争心を」
魔力の奔流が街全体に衝撃波として響いた。
そう、宝具起動に必要だったのは2つの想い。
誰かを守りたいという強い気持ち、そして––––絶対に負けたくないという、ユリア本来の“闘争本能”だ。
「わたしは––––王立魔法学園のトップに君臨する最強の竜王。アルス・イージスフォード生徒会長以外に、決して負けられないんですッ!」
宝具『インフィニティー・オーダー』は輝きを放ち、瞬く間に2刀短剣モードへフォルムチェンジした。
「他の誰でもない、あの人のために!!」
––––反撃開始。




