第120話・慟哭竜の鎧
時刻は、ミライとホムンクルスが戦闘を開始してすぐの頃––––
「教えてあげるわ!! 数万個のアルナクリスタルを凝縮することで作り出された––––究極の『フェイカー』の力をッ!!!」
ミリアの全身を漆黒の魔力が飲み込んだ。
嵐のような暴風が周囲に吹き荒び、窓ガラスが一斉に砕け散る。
「なんて、暴力的な力……っ!」
胸の底から冷え上がる、ブリザードのように冷たい恐怖が込み上げた。
触手のようなドス黒い魔力が剥がれ落ちると、そこには変貌した姿のミリアが立っていた……。
「はあぁ……っ」
身体中が黒の鱗で覆われ、背中からは翼と強靭そうにしなった尻尾が生えている。
身長も膨れ上がったその外観は––––まるで。
「ドラゴン……っ!」
息を吐き切ったミリアは、赤色に発光する瞳をゆっくり上にあげた。
「レイ様から聞いたのよ……この世には、死んだ竜の力を衣のように纏う人間が僅かに存在する。そいつらは人智を超えた能力を発揮し、時には自然にすら干渉する」
ユリアの脳内で、以前戦ったカレンの姿が浮かぶ。
あの時も、王都の気温が変身により跳ね上がっていた。
じゃあこれも……。
「竜の力というわけですか……」
「えぇそうよ、でもこれは衣なんていう不完全なものじゃない」
ミリアは刺すような視線を2人へ向ける。
「”鎧“……そう、『慟哭竜の鎧』」
刹那、隣で油断なく構えていたアリサが顔を歪ませた。
「あっ……ぐっはぁッ!?」
膨張した膝が、彼女の腹部へ突き刺さり––––まるで弾丸のように蹴り飛ばした。
停車中だった車を何台も蹴散らし、トラックの荷台へ背中から叩きつけられる。
「アリサっち!!?」
全く反応できなかった……!
すぐさま攻撃しようと杖を振るが、『インフィニティー・オーダー』はハンマーモードへの形状変化を行わない。
否––––そもそも魔力が宿らなかった。
ゴミを見るような目で、ミリアは一瞥だけする。
「今のあなたじゃぁ、私には傷もつけれない。あの銀髪が終わったらゆっくり遊んであげるわ」
なぜ……、なんで宝具が動かない。
どうすればいいか、全くわからない。
誰かを守りたい、親友を殺されたくなんかないのに……!!
「なんで応えない!! なぜ黙ったままなのっ! インフィニティー・オーダー!!!!」
ユリアの叫びは虚しくこだますだけだった。
「ゲッホッ……! んぐっ、ぁ……!
大破したトラックの傍。
涙目で咳き込んでいたアリサは、眼前に立つミリアの影に気づく。
「さっきは随分と言ってくれたわよねぇ」
「ぐあぁッ!」
筋肉質な尻尾を、アリサの細い首へ巻きつけて無理矢理立ち上がらせる。
「ごめんなさいくらい言えるわよね?」
「はっ……誰、がっ!」
「そう、じゃあお仕置きしなくちゃねぇ」
蛇のような舌を出したミリアは、そのまま肥大化した拳を彼女の脇腹へえぐるようにして打ち込んだ。
「––––ッ……!!!」
重たく破壊的な打撃に、アリサはたまらず吐血する。
「攻撃魔法が効かないなら……、殴ればいいだけよねぇッ!!」
機関銃のごとく連続で、アリサの体がズタズタに打ちのめされる。
首を締め付けられ、呼吸しようにも重量トラックの衝突に等しい威力の殴打がそれを一切許さない。
僅かに残った気道へは血液が殺到し、信じがたい苦痛が彼女を襲った。
「ぐはッ!! あぁっ、ぅぁ……ゲッホッ……!!」
口から吐き出された血が、ミリアの顔にかかるも彼女は手を止めない。
それどころか、喜び勇んで攻撃を続けた。
「アッハッハッハ!!! 吐くのは大口と血だけェ? こんな小さく脆い身体で私に勝てるかぁ!! アァッハッハッハ!!!」
柔らかい腹部へ拳が深々とめり込む。
「あっ…………! かっはッ!?」
淡く輝いていた髪が、フッと元の銀髪に戻った。
激痛によって見開かれた瞳も、色の落ちたブルーへと変わっていく。
死に瀕しかねないダメージを受けたことで、『マジックブレイカー』が完全に解けたのだ。
拳を引き抜きながら、ミリアは口に入ったアリサの血を吐き捨てる。
「これで魔法が効くわねぇ、燃やしてやろうかぁ? 凍らしてやろうかぁ? それとも––––」
腕を振りかぶる。
「貫いてやろうかぁっ!!」
槍のようにアリサを貫かんとした手刀は、しかし間に割り込んだ金属製の杖によって防がれた。
「これ以上……っ! アリサに酷いことをしないでくださいッ!」
「無駄な足掻きなんてらしくないわねぇユリア、お前もアルスも––––無力だっつってんでしょうがぁッ!!」
「きゃっ!!」
そのまま弾かれ、地面を激しく転がる。
痛い……でも、動かないとッ!
見れば、既にアリサは意識を失っている……ダメだ。
間に合わない……!
「まず1人ィッ!!!」
アリサの胸が今貫かれんとしたその時、
「なっ!?」
ドラゴン化したミリアの腕を、3本の弓矢が射抜いた。




