第119話・崩壊、ファンタジア・ツリー
「なっ……!! ファンタジア・ツリーを……ッ!!?」
重い金属の擦れる、崩れる、落ちゆく轟音がミライの身体を揺らした。
「さぁっ!! 防いでみろ! 雷竜の少女よぉっ!!! このシンボルの重みを受け止めるもよし!! 避けるもよし!! 君の自由だッ!!」
ふっざけんな!!と心中で連呼し、ミライは拳を地面に叩きつけた。
入らない力を無理矢理込め、立ち上がり、細い足を石畳に突き刺す。
「わたしは……わたしは逃げないっ! 栄えある王立魔法学園 生徒会書記として、生徒会長アルス・イージスフォードが落胆するような結果は絶対出さないッ!!」
魔力と気力と体力を振り絞り、ミライは叫んだ。
周囲のビルを切り裂くコースで落ちてくるファンタジア・ツリーを、覇気のある瞳で据える。
これは勝利が約束されたフィクションじゃない。
みんなで学園に胸を張って帰るという“未来”を掴み取るため、彼女は己の持つ宝具を顕現させた。
「アンタに貰ったこの武器で––––この街を守る!」
雷電がほとばしり、漫画のペンにも似た杖が姿を現す。
古代帝国跡地でアルスに貰った、彼女だけの誕生日プレゼントにして至高のアーティファクト。
まだ名無しの魔法杖だ。
「だッりゃあアアアアァァァアアッッ!!!!!!!」
巨大な障壁を展開し、ツリーをその身一つで受け止めた。
「ぐっぬぬ……!! おっもいマジ無理っ!! だけど、こっちは……一歩だって引けないのよぉッ!!!」
竜の力を最大出力で引き出し、歯を食いしばって大質量物体の重みに小さな体で対抗する。
僅かにツリーの落下速度が落ちた。
「逃げろぉ!!」
「早く! 今のうちにこっちの影へッ!!」
直撃コースの建物から、次々に市民が逃げ出す。
本当にタッチの差であったものの、ミライによって命が次々救われていく。
「っ……! なぜだ、彼女には神経性の毒を打ち込んだはず。タワーの重量を支えるなど計算では不可能なはずだ……!」
ホムンクルスと共に安全圏へ逃げたドクトリオンが、脂汗を流す。
はっ!と、ミライはその口から鮮血をボタボタと垂らしながら笑った。
「己の舌を噛み切る覚悟もないヤツが……! 計算だなんて笑わせるッ!! こっちは命張ってんのよっ!」
「し、舌を噛み切って意識を覚醒させただと!? なぜそうまでして避けられる攻撃を受け止める……!!」
「言った……でしょう! わたしはいつだって命を張っている。アルスが悲しむ、アイツが悔しがる結果は、あいつの前では出させやしない!!」
「なぜだ……っ、なぜ、そうまでする理由がどこにあるのだ!」
唾を飛ばし、己の計算違いを目の当たりにして錯乱するドクトリオン。
全くもってお笑いだ、わたしが血を流して300メートルの物体質量を受け止める理由?
そんな愚問、答えるのも馬鹿らしいっ。
だが––––気合いを爆発させ、ミライは胸が破れんばかりに声と想いを吐き出した。
「アイツのことが––––この世で一番好きだからっっっ、他に理由がいるかあああぁぁああああああああああ––––––––––––ッッッ!!!!!
落下の一途を辿っていたファンタジア・ツリーが、空中にぶっ飛んだ。
さながら背負い投げがごとく、ミライは建物全てを宙に弾いた。
「バカなあああぁあああああぁああああああ––––––––ッ!!!?」
ドクトリオンの叫びがこだます。
ツリーは頭から河に突っ込み、底にめり込んで直立––––大河に倒れ込んでいった。
「やっ……ばい!」
人口密集地への直撃だけは避けたものの、砕けた破片や瓦礫が周囲に飛び散った。
これでは結局犠牲が出る……、しかしもうミライに力は残っていない。
万事休す……そう思った時だった。
「えっ……」
突如現れた“六角形の焔”が、破片から市民たちを守ったのだ。
それだけ見て……バッタリと背中から倒れるミライ。
明るかった茶髪と、エメラルドグリーンだった瞳が元に戻る。
魔力切れで『雷轟竜の衣』が解除されたのだ。
「ったく、遅いのよ––––ばか。ユグドラシルの検索履歴は……、晒さないでおいてあげる、わ……」
彼女のまぶたがゆっくりと落ちる。




