第118話・ドクトリオン博士
晴れた夜の街に、雷鳴と閃光が瞬いた。
『雷轟竜』の衣を発動したミライと、ホムンクルスの戦闘が川沿いを北上する。
「強い……、データじゃあの女にここまでの戦闘力はなかったはず」
中央が崩れた橋に降りたホムンクルスは、口元から流れる血を拭った。
その顔は誤算だと言いたげにしている。
「誰が取ったデータか知んないけどさ、全然アテになってないわよ。それ」
橋の反対側に立つミライは、全身にスパークを衣のように纏った姿で一言。
高機動、高速で行われている戦いは、現在までミライが優勢に進めている。
彼女の戦いぶりは、まさしく––––
「雷竜ッッ!!!!」
天から降った声に、ミライはビクリと小さな肩を震わせる。
呆然とした様子で見上げれば、高層タワーの側面へもたれるように浮遊する白衣姿の男がいた。
足元には、フォルティシアが使っていた『ぶっ飛び君1号』のような板が装着されている。
「竜の力を使う人間が……この街に存在していたとは! なんたる僥倖!! なんたる奇跡!! まさに青天の霹靂ィッッッ!!」
怒涛のテンションで繰り出される言葉、迫力に若干押されるミライ。
誰だこいつは……いつに間にあそこへいた?
疑念ばかりが募る。
「申し訳ありませんドクトリオン博士……! 施術を施していただいたにも関わらず……恥ずかしながらまだ決着をつけれておりません」
「良い良い良いっ。気にしてはなりませんよサーニャ。彼女の最新データ収集を怠った私の責任です」
サーニャ……それがこのホムンクルスの名前か。
意を決して、ミライは動揺を悟られなくするためにも会話へ切り込む。
「誰よアンタ、これでもかってくらいお約束なマッドサイエンティストキャラしてますけど」
「おや? あなたも名前くらいは知ってると思いますよ?」
「お生憎、テロリストに顔見知りはいません。名乗らないならそこのホムンクルスごと纏めてぶっ飛ばすわよ」
手に電流を通わす。
だがドクトリオンと呼ばれた男は、ぜい肉のついた顔をニンマリと変化させた。
「あなたが普段絵を描き、投稿するのに使う魔導タブレット––––その大元を開発したのがこの私だと言っても?」
「ッ……!!?」
驚きのあまり、魔力が四散する。
こいつが……この眼前のイカれた研究者が、あの魔導タブレットを開発した人間?
ありえない、なんでそんな天才が闇ギルドなんかに加担を……。
「まぁそんな過去はどうでも良い! 良いことなのだ!! 儀式はもう間もなく完了する! 我々は今日天使の姿を拝めるのだ!!!」
「て、天使?」
「そう!! 天使だ!! 君も見たくないかねぇ!?」
「いや、別に……」
「なぁんたる不幸!! この幸せを共有できないとは悲壮の極みッ!! では彼女の素晴らしさも理解できまい!!」
ドクトリオンは、ホムンクルスをビッとゆび差す。
「彼女は魔導タブレットを超える、至高の発明!! 神がもたらした天啓だ!!! この儀式に不可欠と言っていい!!!」
「ホムンクルスを儀式に……? ちょっとマジで意味わかんないんだけど。ただの人造人間でしょ?」
「違あぁう!! 彼女たちを構成する魂は貴様のような凡庸ではなぁい!! かつて魔王に立ち向かい“勇者”と呼ばれた極上の亜人の魂を使っているのだ!!」
勇者……、古来より向こうの大陸にいたらしい大英雄ポジションの人。
マスターのような英雄級の人間を素材に使っている……そう言いたいのだろう。
だが––––
「ッ……どうでもいい!! 勇者もマッド博士もいちいちありきたり過ぎんのよ! そんな使い古された設定、わたしが儀式ごと吹っ飛ばしてやる!!」
ミライは業火のように魔力をたぎらせた。
小難しい話はどうでもいい、重要なのはあのマッドが今は敵だということのみ。
なら、取るべき行動は一つ!
「『レイドスパーク––––フルバースト』!!!」
渾身の雷撃を放とうとした瞬間だった––––
「ッ……!! がっ!?」
全身の魔力がまとまりなく散った。
足の力が入らなくなり、思わず膝をつく。
見れば、左腕には”虫刺され“の跡があった……。
「ダメダメダメ、そんなデタラメな魔法を空に撃たれては儀式が止まってしまう」
「力が、入らない……。アンタ……! なにしたの!!」
「今は私の能力とだけ言っておきましょう、もっとも––––」
白衣の内ポケットから取り出されたのは、1台の魔導タブレット。
ドクトリオンはメガネを怪しく光らせながらそれを操作、映った画面を空中からミライへ見せた。
「発明品の美しさを理解できないあなたは、これから死ぬのだけどねぇ」
映っていたのは––––『全爆弾への起爆信号送信』という文字。
瞬間、街が大きく揺れた。
背筋が凍る……この街のシンボルたる超巨大タワー。
『ファンタジア・ツリー』を支える中央部が、大爆発を起こし、ミライ目掛けて倒れてきたのだ。
「この周囲にはまだまだ市民が取り残されているぞぉ? 避けられるものなら––––––––避けてみろぉッッ!!!!」
300メートルに迫る大質量物体が、街へ目掛けて轟音と共に落下を開始した。




