第113話・最強の蒼い死星
「バカな……ッ、ワシの渾身の一撃が……」
全身から汗を流したフォルティシアへ、晴れゆく煙の中から俺は姿を見せた。
「宝具が来た時はさすがに焦ったけど、概ね許容範囲内に収まってよかった……さすがは大賢者ルナ・フォルティシアさん––––––––だッッ!!」
爆発。花火が霞むほどに膨大かつ圧倒的な魔力。
夜を照らす“蒼い輝き”が俺から放たれ、空に鐘のような轟音を鳴り響かせた。
「俺をこの姿にさせたのは……ユリアとカレンに次いで、アンタが3人目だ」
全身を覆う蒼い魔力は、竜王級だけが持つ本当の力。
他の追随を決して許さず、何者も絶対に抗えない力の権化、神すら上回る青の死星。
名を––––『身体・魔法能力極限化』。
莫大な魔力消費ゆえに僅かしか変身できない、究極の決戦形態だ。
「あ、ありえん……! 2大エンチャントを同時に発動するなど……もはや神の領域ではないか! そんなの––––」
「チート……ですか? まぁお気持ちはわかります」
「な、なぜ身体がぶっ壊れん! どんな存在であろうと2大エンチャントの重ね掛けなぞ、いつ内臓が爆発してもおかしくないんじゃぞ!」
「あいにく、昔から身体は丈夫な方でして。ブラック労働も余裕で耐えられます」
さて、あまり長々と話してもいられない。
神速でふところへ飛び込んだ俺は、右拳を目一杯握った。
フォルティシアは口を半開きにしたまま、全く動けない。
「歯ぁ食いしばってください……ッ!!」
ブルーのオーラを纏った本気の右ストレートが、彼女の華奢な身体を直撃した。
ソニックブームの爆音がファンタジアに走る。
「かッ……!!」
拳がめり込んで1秒も経たず、フォルティシアは隕石のような勢いで吹っ飛ぶ。
尖塔を3つ、6つと次々にぶち抜いて、最後は時計塔へ激突した。
「あぐ……ッ!?」
石レンガを大きく陥没させた奥で、フォルティシアは激痛に顔を歪ませる。
なにが起きたかわからない、喋れたならきっとそう言うだろう。
「くは……ッ。アァ……んっ!」
血混じりの唾液を口から吐き出し、そのまま屋根へ落下した。
空中で放り出された『ぶっ飛び君1号』と宝具を回収し、俺は瞬時に彼女のもとへ降り立つ。
変身を解除して、すぐそこの見学者へ首を向けた。
「ミライ! 例の荷物持ってきてくれるか」
近場の屋上で見ていたミライが、バッグを持ってこちらに跳んでくる。
「はいこれ! 回復ポーション」
「さんきゅ」
気絶するフォルティシアの頭を持ち上げ、ポーションを口から流し込む。
合流したユリアとアリサが、心配そうに見下ろした。
しばらくして、彼女はビクリとしながら目を覚ます。
「あっ、大丈夫ですか?」
「痛ッ……、え、どうなったんじゃっ……ワシ」
「すみません、ちょっと……強くやり過ぎました。本気とはいえ多少加減したつもりだったんですが」
10秒ほど経ち、ようやく記憶を蘇らせたらしいフォルティシアへ一応聞いてみる。
「続けますか?」
「こ、降参降参っ!! おぬしの強さはもうわかったから、これ以上痛いことしないでくれェ! 分配率とかどうでも良いからぁッ!!」
涙目で手をブンブン振り、これ以上ないくらい拒否される。
「そうですか……なら」
まだフラつく彼女を優しく抱き起こし、俺は残り僅かの魔力を収めた。
「分配––––半分ずつでどうでしょう、双方の労力を考えれば一番妥当かと」
しばらくキョトンとした大賢者は、プッと吹き出す。
「フッ……、ハハッ! アッハッハッハ!! いや全く。ユリアのやつがえらく慕っておる理由……今よくわかったわい」
自力で立ったフォルティシアは、『インフィニティー・ハルバード』を収納し、小さな右手を差し出した。
「交渉成立じゃ、アルス・イージスフォード。ぜひ評価を改めさせてくれ……おぬしは竜王級としてその名に相応しい。王国一の大賢者として認めよう」
出された手を握ろうとした––––が、響いた破砕音によってそれは中断される。
「はっ!?」
驚く間も無く、紫色の魔力弾が置いてあった『ぶっ飛び君1号』を破壊したのだ。
「誰じゃ!!」
フォルティシアの声に対し、返ってきたのは聞き慣れた––––絶対に忘れない女の声だった。
「久しぶりね義母さん、ユリア。そして……裏切り者アルス・イージスフォード」
高層建築の屋上からこちらを見下ろすのは、全身ローブに包んだ魔導士。
正体なんざ、とっくにわかっていた。
「裏切り者とは、お前もラント同様逆恨みが激しいな。昼みたいにチマチマ狙撃するのは割りに合わなかったと見える」
俺は続けた。
「元冒険者ギルド『神の矛』所属、魔導士”ミリア“!」
俺を追放したかつての元パーティーメンバーは、胸の『フェイカー』を輝かせながら笑った。




