第109話・貴族だからこそ、雑なキャラ設定なんて一瞬で見破れるのですよ
アルスたちが襲撃を退けた頃、最初の鉄柱落下現場はようやくパニックから立ち直ろうとしていた。
警務隊の車両や、救急隊が駆けつけて夕暮れの大通りをサイレンが照らす。
車両事故も数件起きており、まだ交通整理も始まっていない……。
「お嬢さん、大丈夫かい!?」
若い救急隊員が、座り込む灰髪の少女へ駆け寄る。
「え、あぁ……はい」
レイは顔を上げると同時、虚な目を向けた。
「怪我してないかい? なんだったら病院まで運ぶよ?」
「……いえ、大丈夫。ここから近いし家まで帰れるわ」
「そうか……、でもどこか痛むようだったらすぐ声を掛けてね」
おせっかいな救急隊員を強引に振り切って、レイはすぐ近くの路地裏へ歩を進めた。
ため息混じりに「やっぱダメだったか……」とつぶやき、事故現場を背にする。
このまま本当に帰ろうかと思った矢先、進行方向から突然声が掛けられた。
「事故に巻き込まれたというのに、お兄さんの心配は無しなんですね」
ハッと正面を見ると、暗がりに立つ少女がこちらへ視線を向けていた。
ショートヘアの金髪を片方だけシュシュで括る、容姿端麗な女の子。
低身長だが、放つ覇気はミライと全くの別次元だった。
「あ、あなたは……? どなたですか?」
「わたしはユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルト。王立魔法学園の生徒会副会長を務めています」
「あっ、もしかしてユリアさん!? お兄ちゃんから話は聞いてましたぁ! すごく強くて、立派な方だと伺って––––」
駆け寄ろうとした瞬間、レイの前方でバチッと火花が散った。石畳が砕ける。
指先から魔力弾を放ったユリアが、碧眼で冷たく見つめていた。
「貴女は演者としてならまぁ及第点でしたが、シナリオは0点ですね。今日1日ずっと見ていた上での感想ですが」
「い、いきなり何するんですかユリアさん!! 初対面でいきなり不意打ちだなんて……! それが魔法学園生徒会のすることなんですか!?」
「不意打ち……、よくもまぁいけしゃあしゃあとそんなセリフを言えますね」
ユリアの語気が強まる。
「……どういうことですか、わたしは事故に巻き込まれた不運な妹なんですよ!?」
「不運ね……、たとえそれが“仕組まれたもの”だとしても?」
「なにが言いたいんです?」
「貴女さっき、駆け寄った救急隊員に催眠魔法を掛けてたでしょう? ごく短時間の小さな記憶操作と一緒に」
「ッ……!!」
レイの顔が僅かに歪んだ。
「大方、事故現場に自分はいなかったという偽の記憶を刷り込んだところかしら? 当然ね……だってあの事故は全部貴女がやったことですもの」
「言いがかりも甚だしいですッ!! わたしはやっとお兄ちゃんに会えたのに、だけどこんな不運な事故に遭って……! 本当に今疲れてるんで! これ以上関わらないでもらえますか!?」
踵を返そうとしたレイは、すぐさま立ち止まる。
背後の大通りでは、さっきの救急隊員がまだ作業をしていたのだ。
ユリアは口角を吊り上げる。
「やっぱり……戻れませんよね。今貴女が彼の前へ行けば、せっかく掛けた催眠魔法にほころびが生じますから」
「ッっ……!! なんでそう言える……ッ」
「いえ、わたしも貴族の端くれ……自分を利用しようとする悪人には嫌と言うほど出会いました。だからこそ––––すぐにわかってしまうんです」
ポケットから100均ショップで買ったナイフを取り出す。
「建前を使いこなす貴族だからこそ、雑な“キャラ設定”なんていう化けの皮……一瞬で見破れるのですよ」
「……」
「会長はお優しいですからね……知ってて1日黙っておられたのでしょう。だからこそ、あなたのような救いようのない“嘘つき”は見過ごせません」
ナイフを向けられたレイは、しばらく硬直した後––––
「あーあ、やっぱ上手くいかないかぁ〜……。アルスお兄ちゃんの周りにぼんくらはいなかったわけだ」
おぞましい笑みを浮かべながら、魔法陣を展開した。
中から夜闇色の大剣が取り出される。
切っ先をユリアに向けながら、レイはドス黒い魔力を放出した。
「じゃあさぁ……、憧れのお兄ちゃんに見られることなく––––この路地裏で悲惨な悲惨な肉塊になりなよぉ。きっと可愛いって思ってもらえるからさッ!」
まばたきするより早く、レイはユリアのふところへ肉薄していた。




