第107話・レイ・イージスフォード
脳みその処理がオーバーフローするとは、まさしくこのことだ。
俺を兄と呼んでくる人間は、少なくともカレンくらいしか知らない。
だが、目の前の少女は明確に俺のことを”お兄ちゃん“と呼んだのだ。
「やっと、やっと会えたね……お兄ちゃん」
ほがらかな笑顔を向ける少女。
何かの間違いじゃないかと一蹴しようとすら考えたが、その顔を見ていると言葉が出ない。
実に簡単な理由だ……。
10年以上行方不明になっている俺の“母親の面影”が、レイ・イージスフォードを名乗る彼女にしっかりとあったからだ。
これって、いわゆる…………。
「あんのバカ親がああぁあッ!! 借金だけは押し付けたくせに、妹を隠してたとはどういう了見だ!!」
俺は久しぶりに周囲の目も憚らず、大声を上げた。
無論、レイを一旦喫茶店の離れた席に置いて来てだが。
「いや〜、しっかしアルスに実の妹がいたとはね〜。カレンちゃんの妹キャラポジション崩れちゃうな〜」
「テメェはずいぶん人ごとだなミライ……」
「いや実際人ごとだし、なんならわたしの妹分がまたできるから超ご機嫌よ。しかもめっちゃ可愛いじゃん」
「こっちは冷や汗止まんねーよ、隠し子とかフィクションでしか知らねーっつの」
そう、隠し子である。
どうして今まで互いに会えてなかったのかは不明だが、こうなっては認めざるを得ない。
カレンみたいな何となく義妹とは違う、ガチの血の繋がり。
どうするか? 思考の末に俺は答えへ行き着いた。
「…………とりあえず、旅行続けるか!」
「う、うん!? そうだね!!」
後回し––––!!
難攻不落の課題にぶつかった人間が多く取る手段であるが、実際効果的なのも事実。
さらに言えば“気がかり”を証明するためにも、ひとまず通常運転を演じてみる。
「ヤッホー! ごめんねレイちゃん、お待たせー」
「ううん、全然! それよりデートに混ぜてもらっちゃって良かったんですか? わたしなんか放っといてもらってても全然大丈夫なのに」
「なに言ってんのよ、アルスの妹はわたしの妹。誰だろうと平等に接するのが自分のモットーだから!」
レイはひとまずとても素直だった。
キチンと言うことは聞くし、言葉遣いも良い。
そして––––わかっていたが凄まじい才能の塊に思えた。
「わぁ! 見て見てお兄ちゃん! いっぱい取れたよ!!」
空中に水槽を設けた屋台、そこで水属性魔法を使った魚取りをしたのだがレイは凄かった。
言うなら俺と似ていて––––出力はたぶん魔人級よりちょい上、かつ使い方がかなり器用なのだ。
「やっぱアルスの妹だけあって、魔法能力はさすがね!」
「えっへへ〜、ありがとうミライお姉ちゃん」
ミライに頭を撫でられるレイは、すっかり打ち解けているようだった。
……いやマジでカレンの立場が消えるな。
俺が最初に抱いた感想はやはりそれだった。
ここまで属性が被ってると、アイツの妹キャラなど吹き飛んでしまうだろう。
マンガや小説なら、作者のセンスが狂ってもない限りありえない展開だ。
故に思う。
フィクションですら滅多に起こり得ないのだから……、こんな筋書きが“現実で容易に起きるはずないのだ”。
たまたま旅行先でかち合って、向こうは一方的に俺を知っていて、実は妹でした。
物語が大好きなヲタクだからこそ、雑なシナリオは否応でも先が読めてしまう。
「今日は人生最高の日だったよ……! お兄ちゃんに会えて、こんな素晴らしいお姉ちゃんに巡り会えるなんて」
「大袈裟よレイちゃん、わたしも凄く楽しかった。今までファンタジアにいたの?」
「うん、あるギルドのお世話になっててね。そこで暮らさせてもらってるの」
「そうなんだ! ねぇ、今日わたしたちの泊まってるホテルに来ない? レイちゃんならきっと生徒会のみんなとも仲良くなれるって!」
「うん! 超会いたいッ!」
時刻は夕方。
そろそろ縁もたけなわという時間、女子2人でとても楽しそうにしゃべっている。
さて、予想通りなら––––“そろそろ”だ。
「あっ、ミライお姉ちゃん。背中に汚れがついてるよ」
「えっ、マジ!?」
「マジマジ! ほら、こっち来て、あのガラスなら鏡みたいに背中が見えるから」
そう言って、レイはミライを押して上層階がまだ建築中の建物に近づかせた。
「おい、あのクレーン揺れてないか?」
「ホントだ、大丈夫かよ……」
通行人が口々につぶやく。
見上げれば、建築用クレーンに吊るされた鉄柱が大きく揺れていた。
たしかに揺れているが……、あの高さの風で切れるワイヤーの太さではないだろう。
だが、一際大きな風が吹いた瞬間だった。
––––ブチンッ––––!!
高強度であるはずのワイヤー、それが大きな音と共にちぎれたのだ。
「おいッ! 危ないッ!!!!」
通行人たちが逃げ惑う。
落下した大量の鉄柱は––––ミライとレイの直上へ一斉に降り注いだ。
……今判明した、やはり我が妹にシナリオを書くセンスは全くないようだ。
鉄柱が降るのと、俺の身体から金色の魔力が燃え上がったのは同時だった。




