第106話・ユリアの想いは胸中で
「フッフ……、計画通りですね」
家の影から半身だけヒョッコリ出し、ユリアは歩き去る2人を見ながら頬を吊り上げた。
彼女は大賢者フォルティシアと会う約束をしていると言っていたが、実際のところそんな予定は存在しない。
ガッツリ嘘である。
真の目的は、くっつきそうでなかなかくっつかない、アルスとミライをデートさせてみることだ。
「わざわざこんな嘘ついてまで尾行か……、ユリもだいぶん歪んでるよねぇ。アルスくんに公式戦負けたとき、色々ねじ曲がっちゃったのかなぁ」
ニマニマしながら、同様の嘘をついたアリサがついてくる。
そんな彼女へ、ユリアは軽めの腹パンを打ち付けた。
すぐさま双眼鏡を取り出し、尾行を再開する。
「アリサっちほどじゃない」
「み、みぞおちはさすがに痛いんだけど……」
「ご褒美でしょ、貴女殴られるの結構好きじゃない」
「そうだけどさ、ユリア以外に殴られるのは嫌だから、実質まだそんなに歪んでないと思うんだ」
「はいはい、歪んでないですね〜」
適当に流す。
いかにもミライが好みそうなお土産店へ、2人が入って行くのをユリアは双眼鏡で追いかける。
「まぁでも……実際そうなのかもしれませんね、わたしは会長に誰より幸せになって欲しいんです。そのためならきっと……何だってしますよ」
「献身ってやつ? 健気だねぇ」
「半分正解です。たしかに尽くしたいと考えていますが……“献身”とは一方的な概念でしょ? 相互に幸せを願ってこそ真の関係じゃないですか」
「ユリっていつも難しいこと言うよね〜、要は互いに求め合いたいってことでしょ? 友達がそうじゃん」
「そうですね……そういう意味では、わたしは会長の“友人”止まりなのでしょうね」
若干声が沈んだのを、アリサは聞き逃さなかった。
「––––ホントにそれで良いの?」
5秒の沈黙の後、ユリアは声を震わせた。
「…………やはり、貴女は鋭すぎますよ。もう少しくらい遠慮してみては?」
「あいにくと、空気を読む文化なんてわたしの母国にはないからさ。こうしてストーカー紛いのことしてる時点で気づいてるって」
嘲笑気味に微笑む。
壁にもたれつつ、アリサは日陰で涼みながら続けた。
「自分は会長の恋人になれないんじゃないか。そう思ってるから、カプ厨なんざ気取ってミライさんをくっつけようとしてんでしょ?」
顔を真っ赤にしたユリアが、超絶動揺しながら振り返った。
「た、ただの慰みですよっ! 告白なんてあんなのは天上の昇華しきった人間がすることです! わたしがやっても噛みまくって終わるのがオチじゃないですか!?」
「わかってないな〜ユリは、そこが逆に萌えるんじゃん。ギャップだよギャップ、アルスくんも小さい男じゃないんだからグイグイ行けば受け入れてくれるよ」
「それができたらこんなことしてませんっ! わたしはまだ会長に勝ててもいないんですよ!? もし弱い女が嫌いだったら100パー振られるじゃないですか!」
ユリアで弱いとなると、大陸から候補が全滅するんだけどな〜っという言葉を、アリサはギリギリ飲み込んだ。
そして、青色の瞳がアルスに近寄る人影を捉えた––––
「あれ、あの女の子……知り合いなのかな?」
傍目で見てわかったのは、洋服店から出たアルスの表情がひどく強張っていることのみだった。
◆
ユリアらと別れてすぐ。
俺たちは流行り物を見るでも、ファンタジア名物を見るでもなく1つのコーナーを出た。
「うーんダメだ〜! 大陸屈指のイベント期間だから、手がかりくらいあると思ってたんだけどなぁ〜……」
地図売り場を見終わったミライが、大きく肩を落としていた。
「まっ。そう簡単に黄金の国が見つかりゃ苦労しないわな」
今回探しているのは、ミライのもう1つの母国––––”日本“が載った地図。
明確にあるとされているのに、肝心の本土が全く見当たらない謎の存在。
今回見た地図にも、日本らしき場所は微塵もなかった。
島国らしいが……マジでどこにあるんだよ。
「いつになったら、わたしゃ里帰りできるんだろうね〜」
「死んで転生でもすりゃあ、行けるんじゃないか?」
「それだっ、ちょっとそこの魔導トラックに轢かれてくる!」
「冗談だよ、マジで行こうとすんな」
彼女の襟首を掴みながら出口へ向かう。
ミライは日本へ行くのが目標の1つなので、こうして手伝っているわけだが……やはり上手くいかないな。
ってかこいつハーフなんだから、母親にでも聞けば良いのでは?
っと……そんな野暮は胸中に留めておいて、俺たちは再び灼熱の太陽に照らされる。
「こうなりゃ総当たりよっ! 心あたりのある店全部回ってやるんだから!!」
「はいはい、付き合いますよ」
いざ歩こうとした時だった––––
「っ……」
群衆に紛れて、足音が聞こえる。
それは、ふいに俺の真後ろで止まった。
「誰だ……?」
振り返ると、そこには––––俺と同じ“灰髪“の少女が立っていたのだ。
目が合った瞬間、俺を見上げるその顔が……水を得た花のようにパッと明るく輝いた。
「やっぱり……! やっぱりだ! ……やっと見つけたよ、アルスお兄ちゃんッ!」




