第105話・二度と旅行先で酒は飲まない
普段と違うベッドというのは、やはりどうにも慣れない……。
硬さか? それともシーツの感触か……? いずれにせよ熟睡はできなかったなと思う。
「ん〜……、あっちぃ」
ベッドの上、俺は貪っていた惰眠からゆっくり目覚める。
体がとにかく暑い、ひたすらに暑かった……おかしい、布団はかぶってなかったはずだぞ。
そう思いながらまぶたを開くと、眼前に茶髪と肌色が映っていた。
「……」
これは……アレだ、布団の重みや感触じゃないな。
妙に暖かくて、良い匂いで––––
「っておわぁッ!!?」
それを知覚した瞬間、俺は思わず飛び起きる。
体に乗っかっていたのは、寝間着姿のミライだったのだ。
「ん〜……? なにすんのよ……、人がせっかく寝てたのに」
ベッドから落ちたミライが、眠そうに起き上がる。
「こっちの台詞だ!! なんでお前が俺のベッドにいる!?」
「んぇ……?」
「んぇ? じゃねえ! 説明を要求する!!」
「説明もなにも、昨日話したじゃん––––“2つしかなくてベッド足りないからわたしと一緒で良い”って」
一緒……? はっ?
こいつ何言って……いや待て、そもそもそんな話カケラだってしたか?
混濁する記憶は、鈍い頭痛に妨害されてなかなか出てこない。
痛み……頭の痛み。
チラリと横を見れば、テーブルに酒類がこれでもかと並んでいた。
刹那、俺は昨夜の情景を脳裏で蘇らせる。
「まさか俺……、酔ってたのか!?」
段々思い出してきたぞ。
たしかアリサが興味本位で冷蔵庫を開けたら、ルームサービスのワインがこれでもかと置いてあったのだ。
興奮しまくるアリサに流され、控えめだが俺も多少口にした。
してしまった……っ、その結果がこれか!
「おっはようアルスくん、ミライちゃん! 遅起きだねぇ〜」
既に起きていたらしいアリサが、とっくに着替えてソファーでくつろいでいた。
俺は全力で走り寄り、全ての元凶––––彼女の頬をグニグニとつまみ倒す。
「お前のせいだろうがぁ〜ッ!!」
「にゃははは〜! ごめんゴメン〜! でも楽しかったじゃん〜!!」
「そうだけども!! 確かに酔っ払って遊ぶゲームは楽しかったけども! 俺がすぐ酔う体質なの知ってて飲ましただろ!」
一通り確信犯の頬をつねった頃、ムクリと金髪に覆われた頭が起き上がった。
「おはようごじゃいましゅ〜……」
部屋で一番最後に起きたのは、意外なことにユリアだった。
彼女は彼女で、中央に『おバカちゃんです』と書かれた例のネタシャツを着ている。
そうだ思い出した……! 罰ゲームでアレを着回して、最後に負けたのがユリアだったのだ。
午前2時くらいだったか? とにかく4人で深夜まで遊び倒したのだけは覚えている。
「今は……7時か、とりあえず––––」
まだ寝ぼけているミライ&ユリアを、セットで洗面台へ引っ張った。
「顔洗って飯だっ!!」
慌ただしく顔を洗い、全員着替えて朝食のバイキングを済ませる。
二度と旅行先で酒は飲まないと誓いながら。
「さーて! 旅行2日目! 張り切って行くわよっ!!」
ファンタジア・ツリーの広場、陽光の下ですっかり目を覚ましたミライが意気込んでいる。
街は豊水祭のおかげか、相変わらず凄まじい活気だ。
「そういえば特に予定立ててなかったな、4人で街巡りするのか?」
俺の言葉に、ユリアとアリサが首を横へ振った。
「すみません会長、この後フォルティシア師匠との約束があって……」
「わたしも、実は行きたいお店予約してあるから別行動希望ー! マジごめんっ」
なんだ、しっかり予定組んでるのか。
であれば訝しむ理由もなし、俺たちは人混みに消えていく2人を見送った。
っとなると––––
「さぁさアルス! 行くわよ! 絶対に退屈なんてさせないんだからっ!」
ミライと2人っきり、もはや実質デートか。
まさかアイツらこれを狙って……いや、流石に気にしすぎだな。
俺はミライの手をグッと握ることで、彼女の言葉に応える。
「それはこっちも同じだ、俺との旅行で退屈なんてさせねぇよ」
この時は全く思っていなかった。
今日という1日が……文字通り世界規模、このミリシアや超大国すら巻き込む歴史的大事件になるなど。




