3-8 冒険者 Ⅲ
「なんだぁ、嬢ちゃんども。こんなトコに来て、なんの用だ?」
筋骨隆々というのは、こういう方を言うのでしょう。
冒険者と言えば、比較的町中であっても武装しているような服装が多いものですが、比較的綺麗な服を着ていますね。ただ、身体の大きさやら鋭い目つきやらでどう見ても一般人とは言い難い雰囲気を纏っていますが。
じろりと私とエリーを見定めるように見つめていますが……ふむ。
これは敵対行為として受けて取っても問題はないのでしょう。
「――あん? おう、そっちの派手な嬢ちゃんは確か……」
エリーに目をつけたようですし、もはや迷う必要もないでしょう。
さっくりと魔装を展開させ――ようとしたところで、エリーが私の右腕を、ジーナさんが左腕をひしりと捕まえました。
「ちょっとルナ!? やめてやめて!? その人、そんな凶悪そうな見た目でもここのマスター! トップなの! お偉いさん!」
「あ、危なかったですわ……。あと少し遅れていたら、確実に攻撃していましたわね……」
左右で慌てる御二人の言葉を聞いて、改めて相手の顔を見ます。
何やら青褪めた表情と汗をかいているという、先程までの威圧しているような姿とはだいぶ印象が変わりましたが……ふむ、よくよく見てみると特にこちらに殺意や攻撃の意思があるようにも見えませんね。
敵と判断するのはどうにも性急過ぎたようです。
「すみません、ついうっかり首を――いえ、なんでもありません」
「ついうっかりで殺されかけんのか、俺は!? なんだ、この嬢ちゃん!? 今の殺気、やべー奴じゃねぇか! 首をどうするつもり――って言おうとすんな!? おいジーナ! なんなんだ、この嬢ちゃんは! あと助かったぞありがとよ!」
「あー……ははは……」
「お、お久しぶりですわね……ギルバート様」
「やっぱファーランドの嬢ちゃんか! コレお前さんの護衛か!? 俺久しぶりに自分の首が胴と泣き別れとかいう謎の幻覚に襲われたんだが!?」
「いえ、彼女はわたくしと一緒に冒険者登録に来たのですわ」
「――は?」
いかにも「何かおかしな幻聴が聞こえた」とでも言いたげにこちらを見つめ、その後で再びエリーを見やり、確認するようにジーナさんへと視線を動かす男性。
ぎる……えぇと、山賊のお頭風なのは赤竜騎士団の男性騎士舎で料理長を務めていらっしゃる方もいらっしゃいますし、もう面倒ですのでマスターさんでいいでしょう。
「……まぁ、別に出自やら家柄なんざ気にしちゃいねぇし、構わねぇんだが……マジか? そっちのやべー嬢ちゃんはともかく、ファーランドの嬢ちゃんはお偉いさんの娘だろうよ」
「ちょっとギルマス? アタシだって一応は貴族家の娘ですけど?」
ギルマス……? ギルなんちゃらさんがマスターだからギルマスなのでしょうか。
ふむ、私もそう呼びますか。
名前と役職を混ぜて省略するというのはなかなか覚えやすそうです。
「一緒にすんな。ジーナは貴族の娘っつっても長女でも一人娘でもねぇだろうが。おめーさんみたいな立場の連中は掃いて捨てるほどいるっつーの」
「ま、自分で言っておいてアレなんだけど、そうでしょうね。って事は、エリーが心配ってことですか?」
「ご心配はいりませんわ、ギルバート様。剣技には自信がありますし、魔物の危険性を甘く見ている訳でもございませんもの。ただの物見遊山でこうしてやって来た訳ではありません」
「いや、ファーランドの人間がそういう連中だってのは知ってるんだが、な。まさか一人娘の嬢ちゃんが冒険者になろうなんてのは、さすがに驚くってもんだ」
そこまで言ってから、ギルマスさんがこちらをちらりと見てから、親指で私を指差してジーナさんに向き直りました。
「こっちのやべー嬢ちゃんは何者だ?」
「その子もアタシと同じ騎士科の子ですよ。平民ですし、アタシとエリーよりも問題ない……はず、ですけど」
「言い淀む時点で問題しか感じねぇんだが……。はあ、まぁちょうどいいか」
「ちょうどいい、とは?」
「あー、なんだ。隠す事じゃねぇんだが、大っぴらに言う訳にもいかねぇんでな。受付で登録だけして、さっさと俺の執務室に移動するぞ。そっちで話してやる。ほれ、ついてこい」
ギルマスさんに言われるままに奥に並ぶカウンターへと近寄っていくと、それぞれの窓口がしっかりと分けられているようです。
依頼提出用窓口、冒険者用の依頼受付窓口に、買取用カウンター。その他にも相談窓口等もあるようで、その奥で事務作業をしている方々も見えますね。
やはり私が物語を基に想像していた風景とは違い過ぎて、肩透かしの感は否めませんね。
もっとこう、活気に溢れつつもどこか退廃的な空気が流れているべきです。
清潔感溢れるこの雰囲気は、私の想像に対する冒涜とすら言っても過言ではありません。
「あれ、マスター? どうなさったんですか?」
「王立学園でジーナと知り合いの騎士科生徒二人だ。登録を頼む」
「へー、ジーナちゃんと。分かりましたー、お任せください」
「頼んだ。その後は俺の執務室に案内してくれ」
「……犯罪に手を貸すのは、ちょっと」
「……いい度胸してるじゃねぇか……。来月の給料日、楽しみにしておけよ」
「やだなー、冗談ですよーっ! それじゃ、早速だけどそっちのお二人さん、登録しちゃいましょうか」
軽い物言いで接するお二人にくすくすと笑うジーナさんを見る限り、こういった付き合い方が日常なのでしょう。
空気を良くする上司は仕事がしやすい環境を作り、それが巡って好循環を生み出すと本で読んだ事がありますが、なるほど。
このギルマスさんの犯罪者顔も、こういう風に利用する事ができるのですね。
「じゃ、クレアさん。説明してくれている内にアタシはフローラ呼んでくるわ」
「はいはーい。いってらっしゃーい」
「フローラさんと会う約束でもしていたの?」
「フローラだけじゃなくて、セーレもいるけどね。んじゃ、また後でねー」
さっさと外へと出て行ってしまったジーナさんを見送ると、受付嬢さんのクレアさんが小さく咳払いして、私達の注意を引くように声を漏らしました。
「さて、まずは冒険者について説明させてもらうわね?」
そんな一言を皮切りに、冒険者について説明が始まりました。
冒険者のシステムは、どうやらタイプ毎によって振り分けられ、さらにそこから階級を決められるという、なかなか複雑なランク付けが行われているようでした。
騎士科の中でもクラス毎に分けられているのと同様のようで、近接戦闘や遠距離戦闘はもちろん、採集などの知識が豊富ですが戦闘が苦手だったり、あるいは対人戦闘だけが得意であったりと、それぞれに特徴が分かれるため、予めそれらを分別しているという訳ですね。
「――最低ランクは十級。ここから九、八、と下がっていて、一級が最上位。それ以上の実力を持っていると私達――つまり冒険者ギルドが判断した冒険者は、特級冒険者と呼ばれるようになるの。とは言っても、一級冒険者になるのもなかなか難しいし、よっぽどの事がなければ特級扱いにはならないんだけどね」
特級と言うぐらいなのですから、当然と言えば当然なのでしょう。
私もエリーも、そこまでの説明に対して頷きをもって理解を示しました。
「ジーナちゃんと知り合いって事は、近接戦闘クラスだねー。そうなると、戦闘系に振られる事になるんだけど、人を相手にしたくないとか、逆に魔物を相手にしたくないとか、そういうのはない?」
「ありませんね。人だろうが魔物だろうが、敵に容赦も躊躇もするつもりはありませんので」
「まぁ、そういう意味ではわたくしもそうね。さすがに人をこの手で殺した事はないけれども、わたくしも躊躇するつもりはないもの」
「うんうん、そういう割り切り方ができているなら限定はつかないね。まぁ実践してもらう試験もあったりするけど、そういうのは五級に上がってからの話だし、気にしなくて大丈夫だからね」
実践というと、山賊や野盗を殺すような試験があったりするという事でしょうか。
魔物ならお肉様としてありがたくちょうだいしたいところではありますし、いっそ人を相手にしないと言った方が良かったかもしれませんね。
まぁ私はすでに、エリーを助ける時に人を殺した事もありますので、今更な気がしなくもないですが。
「戦闘以外で何か経験があったりはするかな? たとえば、薬草や希少な植物だったりに対する造詣が深いとか、あるいは斥候もこなせるとか。そういうのがあるなら情報登録するといいよ」
「そうなのですか?」
「さっきも言ったけれど、冒険者はそれぞれの得手不得手について情報を登録しておくものなのよ。そうする事で、自分達が求めている相手と組むよう冒険者ギルドが仲介してパーティメンバーを紹介したりもできるから。誰しも最初から組んでいる相手とだけ冒険者を続ける訳じゃないから、いざという時を考えると、こういう登録をしておいて実績を残しておくべきなのよね」
いざという時、ですか。
一緒に冒険者として活動していた相手と仲違いしたり、あるいは――不慮の事故で命を落としたり、という意味なのでしょう。
そうなった時、冒険者としての強みをしっかりと公表している方が、新しい仲間が見つかりやすいのでしょう。
とは言っても、私は登録内容に追加項目を入れるつもりはありませんが。
「わたくしも、近接戦闘だけで結構ですわ」
「本当に? 後から言われても、その時は実績がないから階級を上げた状態でスタートなんてできないけれど、それでもいいの?」
「えぇ、構いませんわ。わたくしはこの子と――ルナと一緒にしか冒険者として行動するつもりはありませんもの。万が一というお話が降り掛かったとて、わたくしは冒険者を続けなくなるだけですわ」
「……そう。あなた――ルナちゃん、ね。ルナちゃんはどう?」
「私も特に何かをアピールする必要性も感じませんので、このままで結構です」
「ま、そういう子もいるから否定はしないわ。でも、何かあったら、ちゃんとお姉さんに相談するように、ね?」
フレンドリーに話しかけてきてくれていたクレアさんではあるのですが、その一言を付け加えた瞬間、一瞬だけ覗かせた悲痛さを思わせる表情は、きっとクレアさん自身、何かあまりよろしくない経験をしていたからこそなのでしょう。
だからこそ、わざわざ私達に情報登録をオススメしたのかもしれません。
とは言っても、私もエリーに何かがあるとは考えていません。
最悪の場合はアルリオを通して精霊の力技でゴリ押ししてしまえば、大抵の脅威は打ち払う事ができると踏んでいますので。
「――よっし、これで必要な情報はもらったから、あとは登録しておくわね。今からギルマスの部屋に移動してもらおうと思うんだけれど、どうかしら?」
「ギルドの情報が載ったカードとやらがもらえるのでは?」
「えぇ、そうよ。そっちのお話が終わる頃には二人のギルドカードもできていると思うから、ここで待つ必要はないわ。私があなた達を案内したら、マスターの部屋まで持っていくから安心して」
そこまで言ってもらえるなら否やはありません。
私とエリーはクレアさんの提案に乗る形で、冒険者ギルドの奥――階段を昇った先にあるというギルマスさんのお部屋へと向かう事にしたのでした。




