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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
Ⅲ 人形少女と二人の神子
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3-4 前兆 Ⅰ

 魔装の形態変化でその日の内に成果が出たのは、エリーだけでした。


 アルリオが言うには、エリーは彼女自身の〈才〉であるという【炯眼】――本質を見極める力――のおかげで、契約精霊との意思疎通が図りやすかったのではないか、との事。


 他の皆様についてはしばらく色々な方法を試すという形で解散しましたが、レイル様から赤竜騎士団内には形態変化についての講義が行われる事になったようです。


「面白いのね、これ」


「そうね~。今までなかった使い方ができて便利よねぇ~」


 所変わって、女性騎士舎。

 私がエリーを連れて行き、そのまま形態変化の話になったのでイオ様とアリサ様にも試してもらう事になったのですが、御二人とも揃って形態変化にはあっさりと成功してみせました。


 アリサ様は【属性/雷】の〈才〉と契約精霊も【雷】という事で、そもそも本質的に近いものがあったのではないでしょうか。

 手には紫電を纏った手甲に鉤爪がついた不思議な魔装が展開されています。


 対してイオ様ですが、イオ様は【風】を纏ったリーチのある剣を生み出しています。

 両手で持つような長さですが、イオ様曰く何も持っていないような軽さで扱いやすいとか。

 私にとっての大鎌みたいなものでしょうか。


「〈才〉と契約精霊の力って意外と密接していたりするのかしらね」


「言われてみればそうねぇ~。私は〈才〉が【剣術/上級】だから、どうしても魔装としては“自分にとって使いやすいもの”を想像してしまうもの~」


「私もそうよ。近接戦闘は体術しかできないけれど、これなら体術に組み込んで使えるし……うん、悪くないわ」


「エリーは【風】の精霊と契約しているのですよね」


「えぇ、イオ様と一緒よ。とは言ってもわたくしの場合、【炯眼】が〈才〉でも戦う力を求めたから最初から剣の魔装が出た、という事かしらね」


「なるほど~。私は剣では補えない中距離から遠距離を補える力を欲していた時期でしたからねぇ~。そう考えると、やっぱりルナの言う通りよねぇ。魔装は契約者と契約精霊がお互いに可能な範囲で望んだ力を具現化している、と考えられるもの~」


 分かりやすいと言えば分かりやすいものですね。

 でも、何故こうも分かりやすいのに魔装の形態変化に気が付いた方はいなかったのでしょうか。

 そんな事を呟くと、アリサ様が苦笑を浮かべました。


「単純な話よ。そもそも魔装の形が変わってほしいなんて思う人は少ないもの」


「何故ですか?」


 私のように、見た目がいかにも禍々しいものだったりすれば、そう願う人は少なくないはずです。それに加えて、「こういった能力がほしい」と考えたりする人だっているでしょうし。

 そう考えて問いかけたのですが、そんな私の問いに答えたのはアリサ様ではなく、イオ様でした。


「さっきも言ったけれど、魔装は私達契約者が欲しい能力を持ったものとして生まれてくるもの~。分かりやすく言うと、欲しいと思ったものが魔装になる、って感じかしらねぇ。そうして生まれてきた魔装に、変わってほしいなんてなかなか思わないわよ~」


「そもそも魔装が変わるなんて思ってもいないもの。それでも変わってほしいって思うって事は、新たな何かを渇望するだけの理由があったんじゃないかしら。単純に願う以上の強い感情が、ね」


 イオ様の答えを引き継いだアリサ様は、苦笑こそ浮かべてはいましたが、どこかで寂しげと言いますか、お世辞にも明るい表情とは言えないもので。

 イオ様もエリーも、アリサ様が言わんとしている事――力を渇望するという事が、前向きな感情ばかりではないという事を察したのか、どこか物悲しい雰囲気が漂っていました。


「やめやめ。それは置いておきましょ。私達はそういう環境じゃない訳だし、こうしてルナのおかげで形態変化ができたんだしね」


 努めて明るく振る舞ってみせるアリサ様の一言に、イオ様もエリーも同意して頷きました。


「そういえば、魔物の増加傾向はどうですの?」


「増えてはいるわねぇ……。幸い村や町に壊滅的な被害が起こる程ではないけれど、頭の痛い問題なのよ~。何せ原因がまだ分からないままだもの~」


「原因とは?」


「魔物の暴走(スタンピード)を引き起こすのは、必ず原因が存在しているのよ。強い魔物のせいで縄張りが変わって人の生活圏を脅かす場合や、単純に魔物が増加してしまう場合。最悪なのは、“王”が生まれている場合かしら」


「“王”の危険性については聞いた事がありますわ。知識ある魔物であり、通常の個体とは比べ物にならない程に強い異常進化した魔物ですわね。付近の魔物を配下のように操り、配下となった魔物を強化する存在――魔王」


「えぇ、そうよ。魔王が現れた場合、強い魔物に偶発的に追い込まれて人里に攻め入る魔物とは違って爆発的に魔物の数が増えるわ。人を滅ぼそうと意図的に組織化してくるのだから」


 確かに、そう聞くとかなり意味合いが変わってきますね。

 魔王というのはかなり厄介な存在のようです。


「でも、問題はそれだけじゃないのよねぇ~」


「物価の上昇ですわね……」


「えぇ、そうよ。行商だって命がけになるんだもの、必然的に護衛の数は増えるし、荷物を軽めに積んで、いざという時に速度を出せるように工夫しているわ。必然的に物価は上昇するし、食糧が足りなくなる場所も出てくるわね。外からの食糧に頼る寒村や、塩が足りない山間の村なんかじゃ、物資が足りなくなるわ」


「騎士団は動けませんの?」


「赤竜騎士団は対魔物部隊とも言えるけれど、散り散りになって動いていく訳にはいかないわね~。暴走(スタンピード)の明確な前兆が見え次第即座に動く必要があるから、どうしたって待機するしかないのよ~」


「歯痒い状況ですのね……」


「青竜騎士団、それに諜報部隊が動いているから多少はマシよ。先王の時代に比べれば、遥かに被害は少なく済むはずだもの」


 先王についての評価は低いというのは知っていましたが、アリサ様が明らかに表情を歪ませて言い切るのは意外ですね。

 アラン様は王弟様で、ジーク陛下は先王の嫡男なのですから、その父親です。

 遠慮して表情には出さないように努めるものかと思いましたが、そんなつもりはないようですし。


「先王陛下は何か問題を起こしたのですか?」


「いいえ、“何もしなかった”の。民の生活が困窮すると分かっていながら、それでも主要都市以外に防備や食糧を回そうともせず、ただただ待つだけ。馬鹿な貴族に踊らされて、自分達だけが助かるように手配した」


 間延びした喋り方すらせず、イオ様が冷たい雰囲気を放ちながら答えてくれました。

 アリサ様も眉間に皺を寄せていますし、エリーは当時の先王の対応をどこかで知っていたのか、居心地が悪そうにしていますね。

 高位貴族家の令嬢だったのか、守られている側でしかなかったからでしょう。


「まぁ、結果として団長が“竜殺し”になったんだけどね」


「“竜殺し”?」


「あら、ルナ知らないの? 八年前――前回の暴走(スタンピード)では、飛竜がいたのよ。魔王がいるケースではなくて、飛竜に魔物が追いやられたっていうケースだったんだけれど、そこに偶然アラン殿下が鉢合わせて、飛竜を倒したのよ」


「確か当時は学園の行事で騎士科の合宿があったのよね。それで偶然飛竜と出くわしてしまったの。団長も私達もまだ中等科の生徒だったけれど、団長は当時から強かったし、騎士科の合宿に王族の視察という体裁で参加していたのだけれど、そこに運が良かったのか悪かったのか、飛竜が登場したってわけ」


「……よくよく考えると、当時のアラン殿下はわたくし達より一つ年下でしたのね。それでよく飛竜を倒せたものですわね……」


 飛竜と言われてもあまりピンと来ないのですが、話を聞く限りでは強いのでしょうか。


『あんなの飛ぶ蜥蜴ですっ!』


『飛ぶ蜥蜴ですか。美味しいのなら、是非一度はお肉様を味わいたいものですね』


 蜥蜴肉は比較的パサパサとした食感で、フィンガルの平民にはそれなりに好かれていました。もっとも、私は食べた事がありませんでしたし、他の人が食べているのを見かけたぐらいですが。


 しかし、魔物の暴走(スタンピード)、ですか……。

 食べた事のないお肉様と出会えるのであれば、それはそれで……。


「ルナ、食べた事のないお肉と出会えるとか喜んでいないでしょうね?」


「何故バレたのです?」


「あなた……いえ、あなたらしいと言うかなんというか……。こういう異常事態は無辜の民の生活を脅かすのだから、そういう考えは不謹慎とも言えるわよ?」


「ふむ、そういうものなのですね」


「そういうものよ」


 エリーの言い分は、私にはあまり理解できるものではありません。


 さすがに口にはしませんが、私の場合、自分が関わり合い、守りたい相手でなければ他人がどうなろうと興味はありません。それこそ、苦しんでいようが楽をしていようが、生きていようが死んでいようが、です。


 手の届く範囲を守れるのであれば、そこには手を伸ばしもしましょう。

 ですが、まったく無関係の相手の為に手を伸ばす事は、私にはないでしょう。


 ――何故、私が人間の為に犠牲になる必要があるの?

 だって、“アレ”らは醜くどうしようもない存在。放っておけばいい。


 私の中で、私とは違う“私”がそんな言葉を呟いたような気がして、頭が割れそうな痛みに襲われました。


「――ルナッ!?」


 エリーの叫び声を最後に、私の意識は闇に吸い込まれるように落ちていき。


 ――触れるなッ! 人間風情がッ!


 誰かが叫んだような声だけが、真っ暗な闇の中に響いているような、そんな気がしました。


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