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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第二章 人形少女と悪役令嬢
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2-18 人形少女の反撃 Ⅱ

「ルナ、あんな真似をしたらあなたが標的にされますわよ!?」


 囲まれた状況から脱し、人の視線がなくなった頃。

 私の後をついて歩いていたエリーが私の腕を掴んで声をあげました。


「エリー」


「な、なんですの?」


「先程の騒動を見ていた内の何人が、これまで通り殿下や他の方々に正義がある等と言っていられると思いますか?」


「え……?」


「私は正論しか口にしていません。対して、向こうは私の正論を崩そうと躍起になり、最終的にこちらの言葉を邪魔しました。雄弁に語らずとも、どちらが間違った真似をしているのかは目に見えたでしょうね」


 たとえば、これが本当にエリーに非があったとして、私が間に入っていたのなら。

 きっと野次馬は観客という立場ではなく、非難するという形で参加し、私に悪意を向けてきた事でしょう。

 ですが、これまで残念殿下側についていたはずの“ただの観客”でしかなかった方々は、私と残念殿下一行との間で起こった舌戦を見た結果、『どちらが悪か』の判断がつかなくなってしまったでしょう。


「殿下と不愉快な下僕である彼らは『被害者という立場の強者』を装ってきましたが、その条件が足元から崩れてしまったのです。となれば、今後彼らが同じ方法に出る可能性は低くなるでしょう」


「……まさか、ルナ……。あなた、そこまで考えて……?」


「いえ、副産物ではありましたよ。ただ、あの場で当初の問題だった“誰かがアメリアさんの私物にちょっかいを出した”という点と、“アメリアさんをイジメている犯人はエリーである”という点をお互いに証明し合おうとしても無駄でしょうから、他の場所を突いてみただけです」


 そもそもあの状況での議題と言いますか、話題はアメリアさんに対する嫌がらせです。

 それをエリーがやったという証言者がいるからこそ、彼らはわざわざ白百合寮に足を運んでまで、エリーを糾弾しに来たのでしょう。

 その原動力と言えるのはアメリアさんに対する愛情なのかもしれませんが、行動を起こすに至った大義名分の多くは“義憤に駆られた”というものでもあります。


 あの場でやったやらないの言い合いをしたところで、ただの水掛け論でしかありません。

 やった証拠――もとい証言者はいようと、やっていないという証拠や証言者はいないのですから、続けたところで数的不利を抱えているエリーが状況から見て不利になるのは自明の理です。


 フィンガルで私が受けていた多くの口撃と攻撃の中で、私は他者を蹴落としたがる人種というものをまざまざと見せつけられてきましたが、その中でもそういった行いをする方の多くに共通する点というものはありました。

 詰まるところ、ああいった形で声高らかに行動をする者の多くは、自らが正しいと思い込み、『問題を解決する為に動く』のではなく、ただただ『正しい行いをしていると思い込み、自分に酔っている』行いでしかありません。


 そういった者の多くは、まるで薄氷のように突けば壊れてしまう前提条件で理論武装している事が多いのです。

 それを指摘すれば、すぐに手が出てきましたから。


「ところで、アメリアさんは何故白百合寮にいたのですか? 彼女は白百合寮所属ではないと思いましたが……わざわざ連れて来たのですか?」


「え、えぇ。殿下達に付き添われてやって来ただけよ」


「やはりそうですか」


 残念殿下はもちろん、ジャック様、シリル様のような高位貴族家の方々が本当にアメリアさんを救いたいと考えているのであれば、あのような場にアメリアさんを連れてくる必要性もなければ、他者が見える場でわざわざ糾弾するような真似をする必要もありません。


 そもそも、アメリアさんを守りたいのであれば連れてくるという選択は論外です。

 本当にエリーが残念殿下らが言うような相手であったのなら、嫌がらせとやらは加熱しかねませんし。

 問題を解決し、アメリアさんを助けたいのであれば、エリーを呼び出して事情を訊ねるなり、やっていないと言うのなら協力を促すなり、他に手はあったのですから。


「疑いの眼差しを向けられる中、ジャック様とシリル様、それに殿下はそれぞれがそれぞれにアメリア嬢に好意を寄せているのだと敢えて言葉にしました。ついでに、証言者が本当に事実を証言しているのかと、彼らが行動する上で裏打ちされていた根拠を否定しました。さて、これから向こうはどうなると思いますか?」


「……ッ、ルナ……。あなた、まさか……」


「殿下の“外側”の求心力が先程の一件で下がった以上、“内側”にいる彼らは揺らがずにはいられません。エリーという共通の仮想敵がいたからこそ一致団結していましたが、一夫多妻は可能でも一妻多夫は不可能なのが現実です。そうなると、状況を操ろうとしている黒幕にとっては面白くない状況に陥るのは間違いありません。そうなれば……」


「……状況を打破する為に、確実に動いてくる、と?」


「はい。加えて、彼らには時間も多く残されていません」


「時間?」


 先程のやり取りで誰が一番慌てるかと言えば、シリル様でしょう。

 これまでは余裕ぶっていたのかもしれませんが、今回の騒動がローレンス様にとって看過できるものではないと暗に告げた以上、ローレンス様に情報が漏れる前に早急に決着をつけてしまいたいところでしょう。

 まぁもっとも、とっくに情報が漏れている、とまでは考えてはいないようですが。


 対して、殿下やジャック様、その他の方々はお互いに牽制し合うしかありません。

 アメリアさんに対して彼らが“ただの義憤で動いている”と思い込む事はもはやできず、それぞれが恋敵なのですから。

 私がした事は、そういった現実を突き付けただけに他なりません。


 その程度で揺らぐ結束、その程度で行動ができないとなると、彼らや状況を操っている黒幕は、これまで裏方に徹してきたかもしれませんが、多少強引な手を使ってでも動いてくるでしょう。

 数年かけてエリーを孤立させ、残念殿下らを骨抜きにするところまではうまくいったのですから、多少のリスクを背負ってでも、あとひと押しで目標は達するのですから、ここで素直に手を引こうと欲を捨てられる者は存在しません。


 たとえば黒幕が余程上位の存在であって、そちらから手を引くよう命令されるのなら、おかしな真似はせずに臍を噛む思いをしながらも諦めるかもしれませんが、それならそれでアルリオが黒幕に辿り着きます。


 要するに、詰んだ、という訳ですね。


 そうしたところをエリーにつらつらと説明していくと、何やらエリーは呆れたようにため息を吐き出しました。


「……あなたが味方でいてくれて良かったわ」


「そうですか? しがないただの元奴隷ですが」


「何を言っているのよ、ルナ。――あなたはわたくしの大事なお友達ですわ。そんな自分を卑下するような言い方、許さなくってよ?」


 お嬢様然とした物言いで敢えて強調するかのように告げてきたエリーは、一緒に行動するようになってから時折見せる、年相応の晴れやかな笑顔でそんな言葉を私に向かって告げたのでした。







 ◆ ◆ ◆







 ――なんなのよ、あの女は……ッ!

 野次馬の一人として騒動を眺めていた一人の少女は、胸に渦巻いた困惑と怒りを表には出さないよう、必死に噛み殺していた。


 白百合寮に残される形となったジェラルドら一行とアメリアに対する視線の色が、今回の騒動で変わってしまったのは明白であった。

 これまで、どうにかエリザベート・ファーランドが“悪”であり、か弱いアメリアを助けるジェラルドら一行が“正義”であるという構図を噂や騒動を遠巻きに見せつける事で引き立てていたが、たった一度の、今回の舌戦によってその構図が崩れた事を悟る生徒は多い。


 しがない観客であり、同時に傍観者でしかなかった他の生徒らは気が付いてしまったのだ。

 ルナが言った通り、ジェラルドらがやっている事は『悪に対抗する見目麗しき王子様とその仲間達の活躍』という劇ではなく、『婚約者を無視して一人の女性に入れ込み、騒ぎを大きくしている』という喜劇か何かのような現実に。


 そうなってしまえば、手のひらを返すのは早い。

 すでにアメリアに対する印象は、これまで築き上げてきた『悲劇のヒロイン』ではなく『ただの泥棒猫』でしかなく、『嫉妬に狂った悪役令嬢』であるエリザベートは『くだらない言いがかりを相手にしていない女傑である』という印象に変わる。


 ――早く手を打たないと……!

 三々五々に散っていく生徒達の視線が消えない内に、どうにか印象を操作する必要があると判断して、少女はアメリアに向かって今にも騒動を聞き付けてやって来たかのように駆け寄った。


「――アメリア!」


「あ……エレオノーラ様!」


「大丈夫? 怪我は、なさそうね……。良かった……!」


 少女――エレオノーラは、アヴァロニア王国貴族令嬢。ランベール子爵家の娘であった。

 波打つ柔らかなくるみ色の髪に丸く垂れ下がった目は優しげに見え、アメリアを心配してやって来たと言わんばかりのエレオノーラの目は涙さえ浮かんでいた。

 もしも彼女の本性を、その本音を知る者がいれば「大した役者だ」と感心すらしただろうが、それは彼女が持つ〈才〉のおかげでもあった。


 エレオノーラの〈才〉は【扇動者(アジテーター)】。

 周囲の感情を己の言葉で誘導する事のできる、指導者にも詐欺師にもなれる特殊な〈才〉であり、中でもかなり強力な力を持っている。


 故に、エレオノーラは今回の計画に絶対の自信を抱いていた。

 己の家にいる老齢の家宰リゲルから告げられた、『王家の威信を揺るがすべく、平民を利用して殿下を籠絡せよ』という命令は、二年前からエレオノーラに与えられている命令であった。


 気の長い命令ではあったものの、しかしエレオノーラには己の〈才〉と演技力には自信があった。

 事実として、そんな自分の力があったからこそ、現王ジークが行った粛清からは逃れられたと信じており、自分ならば全てうまくやれると全能感に酔い痴れているのも事実であった。


 そんなエレオノーラがその為の駒に選んだのが、アメリアだ。

 見目も良く、扱いやすい程度に夢見がちな少女であり、家柄が良くない為に苦労せざるを得ない、悲劇のヒロインがお似合いな少女。


 そんな少女とジェラルドを誘導するのは容易かった。


 一見すれば深窓の令嬢とも言える容姿もあって、エレオノーラの人気は高い。

 社会階級に拘らず、誰とでも気安い関係を築ける心根の優しい令嬢、という周囲からの評判もあってか、子爵家令嬢でありながらも一目置かれている少女を演じているからこそ、両者と接点を持つのは容易かった。


 それでも、苦労はしたのだ。

 頭の中がお花畑のアメリアと、優秀な兄達に対して劣等感を抱くジェラルドや、自分が優秀であると信じてやまない高位貴族子息達をうまく引き合わせるために、骨を折る羽目になったのは事実である。


 ――――故に、エレオノーラにはここで手を退くという選択肢は在り得なかった。


「アメリア、事情は耳にしたわ。辛かったわね……」


「そんな……エレオノーラ様が気にする事じゃないです! 私が、平民なのに殿下に近づいたから……」


「いいえ、それは違うわ。殿下や他の皆様があなたを守ってくださっているのは、平民でありながらもあなたが頑張っているからよ。心優しい方々だからこそ、その頑張りを無下にはすまいと動いてくださっているのだから」


「……そうだ、アメリア。エレオノーラ嬢の言う通り、私達はキミのような子を放っておけないから力になろうとしているんだよ。ジャック、シリル、そうだろう?」


 先程までの意気消沈ぶりからは一転、ジャックもシリルもジェラルドの一言に力強く頷いてみせるのだから、エレオノーラは密かに嗤った。


 ――あぁ、相変わらずおだてやすい方々だこと。

 ジェラルドらにとって都合の良い言い回しをすれば、こうしてすぐに自己を正当化して動くのだから、エレオノーラにとっては面白い存在でしかなかった。


 エレオノーラ自身、己の家であるランベール子爵家が窮地に陥っている事ぐらいは理解していた。

 アレッタ――つまりは麻薬漬けとなり、もはや人としての思考すら失いかけている父と、そんな父の窮地に自分は関係ないとばかりに相変わらずの生活を送る第一夫人である義母。


 もともとは妾腹から産まれたエレオノーラだが、珍しい〈才〉を持っていたからこそ、執拗な嫌がらせもなく、過不足なく育てられてきた。

 だが、物心つくまで実母に育てられてきた彼女が覚えているのは、みすぼらしいあばら家での生活といつまでも付き纏う空腹感。お世辞にも幸せな暮らしではなく、それでも実母と暮らした日々は相応に幸せではあったのだ。

 そんな実母が困窮しているのは他ならぬ義母の差し金によるものであり、死ぬまで一切の援助すらもなかった事を彼女は知っていた。


 だからこそ、リゲルから伝えられた作戦は渡りに船というものだった。

 アメリアを利用してジェラルドに取り入る事ができれば、いざとなればランベール子爵家を切り捨ててしまえば良い。自分は特別な〈才〉を持っていて、他者を意のままに誘導する事ができるのだから、いっそ豚のように肥えた父も愚かな義母も陥れ、自分だけは助かれるように誘導してしまおう、と。


 家からの監視は学園で寮生活をしている事もあって、なかなか届く事はない。

 きっかけこそランベール家からの命令ではあったものの、エレオノーラの一番の目的は己の身の安全と、愚かな両親への復讐だ。


 そんなエレオノーラが、多少旗色が悪くなったところで手を引くという選択は有り得なかった。


「可哀想なアメリア……。あなたや優しい殿下がたを否定するなんて……。あなた達を苦しめる者が相手ならば、天罰が下ってもおかしくはないわ……」


「天罰……?」


「えぇ、そうよ。罪人には天罰が下るものだわ」


 具体的に何が起こるか、”何をするべきか”は口にしない。

 それでも、ジェラルドの奥に立っていたシリルが何やら考え込むような素振りを見せた事に、エレオノーラはアメリアを抱き締める事で周囲の視線を切りつつ、ほくそ笑んだ。


 窮地に追いやられ、正常な判断すらできない彼らを誘導するのであれば、その程度の言葉で十分であった。




 ――――しかし、エレオノーラは知らない。

 いや、正確に言えば、その場にいる誰もが”その存在”には気が付いていなかった。





『――なるほど。確かに天罰(・・)が相応しいねー。もっとも、神は天罰を受けるものではなくて、下す側だけど、ね』





 姿を消して状況を洗い出すべく推移を見つめていた、中空に浮かんだ白い兎が笑う。

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