2-16 混乱する王家
「――……なんですと!?」
「ふおっ!? ろ、ローレンス、何があった!?」
日頃より冷静沈着、彼が声を荒らげるとすれば国の一大事ぐらいなものだろうとまで言われる、寡黙な男――ローレンス・フォン・セリグマンの声に、同じ執務室で書類に目を通していたジークは思わず立ち上がった。
「……陛下、こちらをご覧くだされ……」
「う、うむ……」
手渡されたのは、ここ最近では定期的に送られてくる報告書。
アヴァロニア王立学園にいる、ローレンスの“影”から数日に一度、報告すべき事柄が起こった際に送られてくる代物である。
てっきりそれを見て、ジークがついに腹違いの義弟が何か決定的な大事をやらかしたのかと戦々恐々とする事になったのは仕方のない事だとも言えた。
何せローレンスが声をあげる程であったのだから、最悪の事態がついに引き起こされてしまったのではないかと考えるのも、無理からぬ事であったのだから。
しかし、報告書の最後の一枚に書かれていた内容を見て、ジークは己の身体が震えている事に気が付きもせず、ただただ内容を目で追った。
『――また、今回の協力者であるルナ嬢は古代精霊語を完全に解析、解読しているものと思われ、魔道具に描かれた魔法陣を見るだけで内容を解析する事に成功。彼女の手によって魔法陣が“意味を持つ式”として描かれたものだという事が判明。対処マニュアルにはない事態であると判断しましたので、至急指示をお願いします』。
そんな言葉で締め括られた報告書の内容に、ジークは何度かその一文を読み返すと、気を取り直すかのように眉間を揉みほぐしながら深いため息を吐き出した。
「……ローレンス、アランを呼べ」
短く告げられた一言にローレンスはすでにそのつもりであったのか、「すでに」と短く答えたのであった。
呼び出されたアランは内容までは知らされてはいなかったものの、己の副官でもあるイオとアリサの二人を連れて執務室へとやって来た。
いくらイオとアリサがアランとは気安い関係であるとは言っても、さすがに現王であるジークにまで気安い態度を取れる立場にはない。赤竜騎士団に所属する騎士としてしっかりと挨拶をしようと口を開きかけたところで、しかしジークによって「そんなものはいらん」とあっさりと遮られる事となった。
ジークとローレンスの二人が切迫した空気を醸し出している事も相まって、その場に呼び出されたアランとイオ、そしてアリサの三人もまた緊張した面持ちで息を呑んだ。
まさか暴走が起こったのかとも考えるが、それであればもっと早く彼ら三人のもとへと情報が渡され、即座に対応すべく動く事になる。それはないだろうと判断したところで、ジークが改めて口を開いた。
「急な呼び出しで悪いが、早速だがこれを読んでくれ」
言われるままに報告書を渡され、アランはそれを読んで目元を片手で覆った。
差し出された報告書を顔を寄せ合って読んだイオとアリサは「あぁ、ルナってば相変わらずね」といった感想を抱いた。
「古代精霊語を読破できる、という可能性について、どう思う?」
「あの子なら有り得るのでは、と」
ジークの質問に答えたのはアリサであった。
初めてルナと会話した頃を思い出す。
ルナはアヴァロニアという国を『守護者』であり『調停者』である、と語った。
しかしながらその言葉は現在ではアヴァロニア王国内――それも高位の貴族、歴史ある家柄の者達しか知らず、誰もが知る事実ではない。
しかしルナは、フィンガルにいながらアヴァロニアという国の真実を理解していたのだ。
元フィンガル王国はアヴァロニアと正式な国交を持たない国であった。
アヴァロニアにとっては特に旨味もなければ興味もない隣国でしかなく、有り体に言えば必要性もなく、ただただそんな国が存在している、という事実のみが伝わる程度でしかなかった。
まして、過去にはフィンガル王国は精霊を妬み、くだらない言いがかりをつけては戦争を吹っ掛けてくるような真似すらしてきた事もあったため、どちらかと言えば「考えたくもない愚かな国」という認識で止まったままであった。
しかしながら、それでもフィンガル王国はそれなりに長い歴史を持つ国だ。
腐敗した政治が横行し、民を民ではなく家畜や奴隷として扱うようになったのはここ数十年の話であったが、富んだ国ではあった。
その結果、古い書物が残っている可能性は大いに存在していた。
ルナが読んだというアヴァロニアの『調停者』としての役割について書かれていたものもまた、「現代語で書かれている書物には記述が見つかっていない。また、民や貴族の血縁者であっても、その事実を知る者はいないと思われる」という報告だけはあがっている。
腐っても歴史ある国であったため、その蔵書数は多く、つい先日になってようやくそこまでの情報を洗い出す事に成功した、とも言える。
そんな訳で、一度は棚上げにしていたのだ。
ルナが古代精霊語で書かれた本を解読し、読んでいたかもしれないという可能性も。
厳密に言うのであれば、「現代語で書かれた本にない記述ならば、どの本からその情報を得たのかを訊ねようとしていた」とでも言うべきであろう。
アリサによって齎されたルナの話を聞いて、ジークとローレンスはもちろん、アランもまた苦い表情を浮かべた。
「……確かに、不確定情報までいちいち報告されては困るが……」
アリサが「ルナは古代精霊語を読める可能性がある」と報告したところで、実際にジークやローレンスが「素晴らしい!」と称賛し、信じるかと言えば、その可能性はほぼほぼ皆無である。
何せアヴァロニア王国内では古代精霊語で書かれた本が現存していた事さえ大発見の類に含まれ、ましてや、それを解読できる者などいるはずもないのだから。
加えて言うのであれば、ルナの立場――つまりは人形少女として元王女に飼われていた、という現実が、ルナがそんな叡智とも呼べる代物を持っている事を否定する。
そんな立場にいる者が、よりにもよって誰よりも深い知識を有していると言われても、到底信じられるはずもなかった。
「……悲観する事ではないのだが、どうしたものか」
幸い、アヴァロニア王立学園内に設けられている研究室は、国営という立ち位置にある。論文の発表はもちろん、研究成果の発表は全て国を通して精査された上で行われる事になり、当然ながらそれらの知識を勝手に市井へと流そうものなら、それは知識の横領とも言える程度には重罪に値する。
要するにルナの知識が外へ漏れる可能性、独占される可能性は極めて低い環境であると言えた。
「プレストン嬢の証言もある以上、おそらくルナ嬢は古代精霊語を極めて正確に解読しているのでしょう。であれば、陛下」
「うむ。ルナ嬢が所属したという『魔法研究室』については、学園の中でも厳重な、独立した建物に用意し、完全に国営研究室として独立させるしかあるまい」
それはある意味では、王立学園内で研究室を持つ研究者にとっての夢の環境でさえあった。独立した建物となれば、当然専用の実験室が備え付けられ、正式に国から安定したお金と資金援助が確定し、一介の研究者を超えて“宮廷研究者”と呼ばれる地位も与えられる。
夢のような環境と安定した将来が確約される、とでも言うべきか。
もちろん、研究費用は成果に付随して上下するという現実は付き纏うが。
「魔石の採掘量はどうなっている?」
「現状、不足する事はございません。いっそ技術の進展が見られなかったため、魔石自体が飽和し、価値が下がりつつある傾向にさえありましたからな」
魔石とは、魔力を含んだ特殊な鉱石だ。
超古代遺物の核としても使われていたため、現代の劣化模造品とも言える魔道具にも核として使用されてこそいるものの、需要と供給という観点で見れば釣り合いが取れていないのが実状であり、若干ダブついているとも言えた。
しかしながら鉱石の採掘量を減らしたり、経費を下げれば、路頭に迷う鉱夫もいるだろう。
なかなかに頭の痛い問題であったが、今回のルナが原因となった騒動――要するに、新たな魔道具を作り出せる可能性があると言うのであれば、その実験材料として提供するには余裕がある状況であるとも言える。
いっそこのままルナが新たな魔道具を次々と開発してくれるのであれば、アヴァロニア王国内は非常に豊かになる事も考えられる以上、ここで支援を渋るという選択はジークとローレンスの頭にはなかった。
「良かろう。もしも失敗したとしても、ルナ嬢が古代精霊語の翻訳表でも作ってさえくれればお釣りが出る程だ。環境を整えてやれ」
「かしこまりました。早速ですが、こちらで手配致しましょう」
――国が後押しする事業の始まり。
そんなものを目の当たりにした事に、本来ならばアランはともかく、イオやアリサならば思わず目を輝かせ、興奮さえする事もできただろう。
しかし、イオとアリサが抱いた感想はただ一つ。
――またやらかしたのね、あの子。
それに尽きた。
ともあれ、こうした王城内での騒動と顛末が『魔法研究室』に知られるのは、この話し合いより僅か三日後のお話。
三日後、突如として王家の封蝋が押された手紙を手渡され、「キミのトコの研究室、そういう事になるから。よろしく☆」といった内容を堅苦しく書かれた手紙を前に卒倒し、その騒動を持ち込んだルナに今更単位を渡すもへったくれもなく、いっそ本気で主任研究員の座をルナに丸投げしようとするニーナの姿が見られる事になるなど、アヴァロニア王立学園にいる誰も知る由はなかった。
しかしそんな騒動が起ころうとしている学園の一角では、現在。
ルナはエリザベートと共にジェラルドら一行と、泣き崩れるアメリア、野次馬である生徒らに囲まれ、糾弾されている真っ最中であった。




