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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第一章 人形少女
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1-23 〈精霊の泉〉へ Ⅱ

 まるで泉の中が輝いているかのように、柔らかな青色が水面に揺れていた。

 幾つもの光の玉が踊るように湖面を舞っており、それらは幻想的でありながらも、やはり人ではない精霊達の住処のようなものなのだと、強烈にそんな現実を叩きつけてくるかのようだった。


 ――なんだ、これは。

 ロレンツォ、マルグレットの二人が抱いた印象は、まさにそれに尽きた。


 二人は精霊と契約している。

 赤竜騎士団に入った際に、実際にこの場所に訪れた事があるのだから、当然〈精霊の泉〉がどういった場所かは理解している。


 そう、本来〈精霊の泉〉はただ美しいだけの穏やかなものであったはずだ。


 茜色と濃い藍色、昼と夜の境界の時間を示す空、青く輝く〈精霊の泉〉に、踊る光の球体。いくら二人が闇の世界の住人であるとは言え、さすがにそれらの光景を前にして何も感じない等という事もなく、ただただ二人は言葉を失い、その光景に呑まれて立ち尽くしていた。


 やがて後方から足音が聞こえてきたが、それでも二人は振り返ろうとはしなかった。


「……〈精霊の泉〉が、呼んでいる、のか……?」


 それは二人にとっても仇敵と呼ぶに相応しい、赤竜騎士団団長にして王弟であるアランの呟きであった。

 そんなアランを守るように姿を見せたイオとアリサ、そしてその前にいたネロ。

 彼らが持つ精霊の力の化身とも言える魔装は淡く輝き、そこから光の球体が抜け出し、泉の上へと躍り出た。


「あれは全部、精霊、なのですか……?」


「そうみたい、だけど……可視化するなんて、初めてだわ」


 普段のイオには似つかわしくない、間延びしない物言い。アリサの固い口調。

 二人のそんな呟きが溢れる中で、彼ら彼女らに背を向け、泉に向けてルナが歩いて行く。


「――私を呼んでいたのは、どなたです?」


 誰もが思わず言葉を失う中にあって、しかしルナの問いかけは相変わらず平坦なものであった。


 いや、いっそ詰問している、とでも言うべきか。

 誰何する声はまるで、王が臣下へと問いかけるような、そんな物言いにすら聞こえてくる。

 しかし同時に、それがあまりにもぴたりと嵌っているようにさえ思えるのだから、奇妙なものであった。


 ルナの問いかけに呼応して泉は徐々に輝き、やがて光が爆ぜた。


 視界を真っ白に塗り潰し、思わず誰もがあまりの眩さに思わず腕で顔を覆う。

 何故かルナには眩しすぎるようにも思えず、いっそ心の何処かで懐かしいとすら思えるような、温かな想いが胸に満ちていくような気さえしていて、その正体を見極めんとするかのように真っ直ぐ光の中心を見つめ続けていた。


 光の中に、輪郭が生じていく。

 同時に、とてつもない重圧感がルナ以外の全ての者を襲った。

 息は苦しく、心臓は激しく鼓動し、急速に視界がきゅっと絞られるような感覚に襲われた。


 ――膝を折って頭を垂れよ、屈しろ。

 言葉にならずともそんな思念を直接叩き込まれてすらいるようで、すでにロレンツォとマルグレットは意思に関係なく崩折れ、頭を垂れている。ネロもまた、抗おうとはしたのであろうが、存在の格とでも言うべき力が放つ力を前に気を失ってしまったようであった。

 それでもアランやイオ、アリサの三人はどうにか抗っていたのか、顔色を悪くしながらも光の向こう側に現れた何者かから目を離そうとはしなかった。


 そんな三人が面白くなかったのか、更に強い思念を飛ばそうと何者かが光を強めようとした、その瞬間だった。


「――いい加減にしてください。消せるか試してあげても良いのですよ?」


 あまりにも平坦な、何も気負いすらしていない物言いで告げられたルナの言葉に、ピタリと動きが止まり、みるみる光が萎んでいった。


 そうしてようやく正体が視認できると、泉の上へと集まる視線。

 そこに映ったのは――妙にもふもふとしていそうな、ふわふわの毛が印象的な兎の幻獣が、プルプルと震えながらルナに向かって土下座している姿であった。


「……兎って土下座できるんだ」


「土下座というより、前足をぐっと伸ばして倒れているようにしか見えませんね」


 誰かが思わずぽつりと呟いた言葉に、ルナはただただ見たままの光景をそんな言葉で表したのであった。







 ◆ ◆ ◆







 泉の上で土下座か何かをしている真っ白な兎さんは、ふくふくと育ったようでまん丸く、実に美味しそうでした。

 ……そんな感想を抱いた途端、ビクッと身体を震わせ……あれは確か五体投地というヤツでしたか。


 そのままぐるりと反転してお腹まで見せて、完全に降伏しているようにしか見えません。


「調子に乗りましたごめんなさいっ!」


「素直に謝れる子は良い子です。とりあえず泉の上で寝そべるのはシュールだと思うので、お座り」


「はいっ!」


 即座にくるんと態勢を変えて、兎さんはこちらを見上げました。

 ふむ……兎と言えば赤い目というイメージがあったのですが、この子は金色のくりくりとした目をしていますね。


「お会いできて光栄です、神子様!」


「……巫女、ですか?」


「違います! 神子様とは神様の器として生まれ変わった御方です! そのお姿、纏う魔力、取り戻された御力は、紛れもなく月の女神様であらせられるルナリア様そのものです! この僕が見間違える事は有り得ませんッ!」


 ……はて。

 ちょっと何言っているのか分からないです。


「お、お待ち下さい、精霊様!」


「気安く僕に話しかけるな、たかが『精霊王』程度と縁を持つ者がッ! そもそもたかが人間風情が何を気安く僕とルナリア様の再会に水を差しているつもりだッ! この場で切り刻んでやっても――!」


「兎さん、アラン様は私の恩人です。そんな私の恩人に何か――」


「は……――ハハッ、そうならそうと言ってよ、アランくん! 僕らはマブダチさっ!」


「酷い変わりっぷりだわ……」


「そうねぇ~……。あれ、どう見てもルナちゃんの事を怖がっているわよねぇ~……」


「そこの女共、何か文句でも……――あ、いえいえいえ、うん、大丈夫! キミ達だってボクの友達さっ!」


 なんでしょうね、このノリ。

 こう、なんと言いますか、偉いらしいのですが、その威厳が皆無と言いますか。

 見た目も見た目ですけど、中身もかなり残念と言いますか。

 さっきから私をチラチラ見ながら「これなら大丈夫ですよねっ、ねっ!?」みたいな感じで訊ねてきていますが、そもそも別に私の機嫌を気にする必要はなさそうですが。


 だって、『精霊王』とも呼ばれる御方を「『精霊王』程度」と断言していますし。

 それなりに偉い精霊……精霊? いえ、兎さんなのでしょうし。


「えっと、精霊様?」


「神の眷属、天使です、て・ん・し! 精霊なんかみたいに量産型じゃないんですー!」


「は、はあ。では、天使様。神子とは、一体どういう事なのですか……? 彼女は“精霊の愛し子”なのでは……?」


「フン、たかが人間程度がそれを知る必要は――あ、はい。いえいえ、ルナリア様の恩人でマブダチだからね、うん。しょうがないから特別に教えてあげてもいいけど……そっちの二人はどう、なんですかね……?」


「そっちの二人は私をここに誘拐してきてくれただけなので、路傍の石みたいなものです」


 先程から空気に徹していようとしているらしい優男さんとメガネ美人さんですが、どうも兎さんは気になっていたようです。

 アラン様の方にもクールさんはいるのですが、あれはもう完全に気を失っていらっしゃいますし、気にしなくていいでしょう。


「あ、そう、ですか。え、誘拐!? 神子様を誘拐!? 拉致っちゃったっての!? 不敬、不敬だよ、キミら! 殺すよ!?」


「さっさと説明してくださいね、兎さん?」


「あ、ハイ。いえ、うん、まぁルナリア様が構わないのなら構いませんけど……はい。えぇえぇ、大丈夫です。分かっておりますとも。僕ってば空気を読めるもの」


 コホン、と兎さんが咳払いしました。


「キミら人間が言う“精霊の愛し子”ってのは、神子様だよ。神が生まれ変わる際に人間の姿になった器だ。だから、神子様は人間でありながらも“権能”を〈才〉という形で取り戻し、再び神へと昇華するんだ。もちろん、その権能は弱体化してしまっているけれどね」


「は……?」


「んで、精霊は神の下にいる天使である僕らの、更にその下位の存在でしかない。精霊が神子を守ろうとするっていうのは当然な訳だよ。数百年ぐらい前に神子様に危害を加えたらしいじゃん? でも、世界が死に絶えていない。なら、せいぜいその神子様は天使が仕えていない下級神の神子だったんじゃない? 良かったね、人間」


 ――僕だったら、一度は間違いなく人間を殺し尽くして、作り直すよ。

 そう付け加えて、兎さんはくすくすと笑ったのか、口元をふわふわの前足で押さえて目を細めました。


 ふむ……やはりさっさと接触したのは正しかったようです。

 下手をしたら世界を滅ぼすなんて、迷惑極まっていますよ。


「兎さん」


「はいルナリア様!」


「私はルナですので、ルナで結構です。――それより、そういう危なっかしいのは禁止でお願いします」


「はい喜んで! ――って、えええぇぇぇっ!? な、ななななんでですか!?」


「人には良いも悪いも、善も悪もあります。それは結局、境遇や立ち位置、考え方が違うからでしょう。あなたが言う作り直しによって造られる人間はきっと、それはもはや人の姿をしているだけの別物でしかありません」


 王女様や取り巻きの貴族様みたいな人もいれば、アラン様やイオ様、アリサ様や他の皆さんみたいな方だっている訳です。優男さんやメガネ美人さんだって、境遇が違えば優秀な力を持った御方だったりもします。

 それはあくまでも私が知っている範囲だけでの話でしかありません。

 世界全てを含めれば、その多種多様さはまさに人の数だけあって、だからこそ世界は成り立つのですから。


「あなたがもし、人間を作り直すと言うのなら、それは他ならぬ世界を作った神様が許さないはずです」


「……ルナ様も、だからダメだ、と?」


 絞り出すように問われた問いかけに、私は――小首を傾げました。




「さあ?」


「「「「……はっ?」」」」




 おや、息ピッタリですね。


「私は特に、好き嫌いや得手不得手、興味がありませんから。ただ、そこにいらっしゃるアラン様や皆様に危害を加えられるというのは……ハッキリ言って、私としても不愉快ではあります」


「ルナ……!」


「ルナがそんな風に思ってくれていたなんて、知らなかったわ……!」


 感極まったらしいイオ様とアリサ様に抱き着かれて、思わずぐふっと息が漏れました。

 御二人とも、ぎゅうぎゅうと抱き締めたがるのは私も嫌いではありませんが、鎧を外してください。

 走ってくる鈍器が相手では、さすがに遠慮したくもなります。


「……分かりました。ルナ……様がそう仰るのであれば、僕も従います!」


「ありがとうございます」


「いえいえ、僕はルナ様に仕える天使ですから! でも、代わりにと言うのも烏滸がましいのですが……その、ちゃんと僕とのパスを繋げてもらえると、嬉しいです」


 もじもじしながら言われると、なんだかいやらしい事を言われている気分になるので、とりあえず却下しておきたくもなるのですが。


 とは言え、どうしたものでしょうか。


 なんだか私がこのまま「遠慮します」と言っても結局はなんだかんだとついて来そうな気配がヒシヒシと感じられます。しかもこのまま放っておくと、下手したら暴走して「てへぺろ」で許しを乞われてしまいそうな気もします。


 目の届く所にいた方が良いのか、それとも放っておいた方が良いのか。

 私としては後者の方が気楽だったりするのですが……ふむ。


「……人前で喋らず、愛玩動物のように振る舞ってくれるのであれば、連れていってあげます」


「ホントですかっ!? 任せてください! 僕の演技力は“天界”でもトップレベルですから!」


「“天界”の演技力が甚だ疑わしくなりましたね……まぁいいでしょう」


 まさかさっきの姿を演技力のトップだとするのであれば、“天界”とやらの演技力には衰退を通り越して滅亡の一途を辿りそうな気しかしません。


「ところで、パスとは?」


「僕に新しい名前をください! そうすれば、僕は天使としてルナ様と繋がる事ができますし、パスもしっかり通ります!」


「精霊契約と似ているんだな……。では、真名は別に用意した方が良い、という事ですか?」


「は? 僕の真名は言語にないし、そもそも人間に発音できるはずないに決まってんじゃん。バカなの?」


「バカはあなたのようですね、兎さん?」


「ごめんなさい調子に乗りましたっ! とにかくルナ様、名前! 愛くるしい名前をください!」


「愛苦しい、ですか……」


「なんかちがう」


 そもそも名前をつけるなんて初めてですし、そう言われても困るんですよね。

 以前一度、赤竜騎士団の団員さんがくれた「大福」という東の国の菓子を思い浮かべているので、私の中ではもうそれでもいいかな、と。


 ですが、ちゃんとした名前をあげるべきなのでしょう。

 では、せっかくですので……。


「あなたの名前は、アルリオで」


「アルリオ……僕はアルリオだね! うん、気に入りました!」


 なんだか大喜びな様子でその場で跳ね始め、兎さん――改めアルリオの額から放たれた光が、私の胸と繋がるように伸びました。


 良かったですね、気に入ってもらえて。

 ぶっちゃけ、アラン様とイオ様、アリサ様と私から一文字ずつ拝借してひっくるめてそれっぽくしただけです、とは言いません。

 これは秘密にしておきましょう。


 そこまで考えている間に光は消え、「契約完了です、ルナ様!」と叫んでアルリオが私の足元まで跳んできて、頬を押し付けてきました。

 ふむ、柔らかくていい感じですね。


「……無事に全てが片付いて、一件落着ですね。では、帰りましょうか」


 ………………おや、なんだか凄く呆れたような目を皆様から向けられているような。


「ルナ~? 誘拐されたのに大団円っぽく纏められても、そうはいかないものよ~?」


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