8話 メイドのシルビア
おそらく数ある客室の中でも一番広いであろう角部屋には、落ち着いた雰囲気の家具や調度品が置かれている。
そんな中、どこか間抜けで、裏返ったリズリーの声が間違いのように響いた。
(私と公爵様が恋人……!? いやでも確かに、そう思われても致し方ない状況ではある……かもしれないけれど……!)
恋人なのかと、キラキラとした瞳で聞いてくるシルビアは、藍色の髪をポニーテールにした美しい女性だ。大体歳はリズリーと同じか、少し上だろうか。
ニッコリと浮かべた笑顔は人懐っこいが、質問が質問なので、その笑顔につられる訳にはいかなかった。
「違うの……! その実は……私はとある呪いをかけられていて、それで……公爵様が解呪に協力しようを仰ってくださったの」
「……!」
ルカが呪いに関することをエントランスで普通に話していたので、おそらく隠す必要はないのだろうと、呪われているという事実を打ち明けたリズリー。
するとシルビアは「そうだったのですね……」と一瞬悲しそうな顔をした。けれど、ずっと湿っぽいのはどうかと思ったのか、敢えて明るい声色で話を戻してくれたのだった
「旦那様が女性を連れていらっしゃるなんて初めてですし、何だかリズリー様にはお優しい気がしたので当たりかと思ったのですが……」
「公爵様はいつもお優しい方ではないの? 表情や口調は少し冷たい感じがするときもあるけれど、こんなに良くしてくださるお方なんだもの。根はお優しいお方なんだと感じたけれど……」
ルカの普段の態度を知らないが、屋敷に来ることになるまでの短時間で、リズリーは彼の優しさを少しは知ったつもりだ。
(公爵様の優しさは、ユランのような、穏やかで兄を思わせるようなものではないけれど……なんというか、こう、少しぶっきらぼうなあの優しさが、とても心地良くて、どうしようもなく嬉しい)
ルカの行動や様々な配慮にこれ以上ないほどに感謝しているリズリーは、自信を持って彼が優しい人だと言える。
たとえ悪逆公爵だなんて異名があろうが、だ。
むしろ、何故こんなに優しい人を怖がっていたのかと不思議に思うくらいだった。
リズリーがそんなことを思っていると、シルビアはそれはもう嬉しそうに笑って、リズリーの紅茶のおかわりを入れながら口を開いた。
「……いえ。旦那様はやや無愛想で、冷たそうに見えますが、実はとてもお優しいお方です。使用人の私たちにも良くしてくださって……」
「やはりそうなのね」
「はい! しかし、何だかリズリー様にはよりお優しいというか、そんな気がするのです。目がこう、優しくなっている? というか……うーん、うまく言えませんが」
言葉が上手く出てこないシルビアに、リズリーは問いかける。
「あ、あの短時間でそんなことを思ったの?」
「はい。女の勘でしょうか! もしくは、元部下の勘と言いましょうか」
「え? 元部下って……?」
リズリーが問いかけると、シルビアは快く答えてくれた。
どうやらシルビアは、元第二魔術師団の団員らしい。
第二魔術師団は普段あまり魔物の討伐などには出向かないのだが、過去に第一魔術師団のサポートで魔物の討伐に向かった際、シルビアは魔物の攻撃で怪我を負ってしまったらしい。
そこでの恐怖が忘れられず、魔物の討伐が少しでもあるならば、と第二魔術師団を脱退したそうなのだ。
「そうだったの……それは、大変だったわね」
「いえ。今は屋敷のメイドとして置いていただけて、私は幸せ者です! 第二魔術師団の研究室にも掃除やお使いに行くことがあるので、元同僚たちとも頻繁に会えますしね!」
「ふふ、それは素敵……! 公爵様は本当にいいお方なのね」
それからリズリーは、約三年ぶりの女性との談笑を楽しんだ。
呪いのことは話さずに、屋敷の詳しい話や、普段はどんな色のドレスを着るかなど。そして、他にも──。
「実は私今、メイドをしながら術式絵師になる猛勉強をしているんです! 元から術式は描けるんですが、術式絵師になるには到底技術も知識も足りず……。それで、あの! リズリー様は術式絵師なのですよね!?」
「えっ……いや、術式絵師なのは、そうなのだけれど」
今やリズリーの噂なんて悪評ばかりだ。三年以上前の良い噂は全て悪評に打ち消されてしまったと言ってもいい。
それなのに、シルビアはキラキラとした瞳を向けてくるものだから、リズリーはどんな態度を取れば良いのか分からずたじろいでしまう。
「不躾なお願いだとは承知しております……けれど、お暇なときで良いので、私に術式を教えてくださいませんでしょうか? お願いします……!」
「頭を上げてシルビア! 私で良ければもちろん良いんだけど……その、私の悪い噂を知らないの?」
誰だって、他人の術式を自分の手柄のようにしてきたと噂される人間に習いたいなんて思うはずがない。
もし後で噂を知り、落胆されるくらいなら今のうちにきちんと話をしておかないとと思っていると、そんなリズリーの手は、いつの間にやらシルビアの手にぎゅっと包まれていた。
「存じておりますが……噂は信じられません。私は目の前のリズリー様を信じたいです」
「……っ、どう、して?」
シルビアに真っ直ぐな目を向けられ、リズリーは眉尻を下げながら問いかけた。
「誤解されやすく、悪逆公爵の異名を持つ旦那様のことを、リズリー様は優しいと仰いました。それだけで、リズリー様が誠実であることを知るには十分でございます。そんな方が、噂にあるような──お姉様の術式を盗むようなお方だとは到底思えません。……それに、そんな方が術式絵師になれるとも思えませんし」
「シルビア……」
(……私、今日こんなに幸せで良いのかしら……)
リズリーは自身の心の傷がほんの少しだけ薄くなるのを感じながら、信じてくれたシルビアにお礼を言うと、近いうちに術式を教える約束をした。
それから、別のメイドが食事の準備が出来たというので、リズリーはシルビアに勧められて簡単なドレスに着替えると、部屋を出る。
落ち着いたラベンダー色の、レースが多く使われたドレスで身を包んだまま、ルカが待つ部屋へと足を踏み入れると、一瞬彼が目を見開いた気がした。
「あの、お待たせしてしまいましたでしょうか……? 申し訳ありません」
「……いや、問題ない。さっさと座れ」
テーブルには既に前菜やメイン、スープなどが置かれている。
仕事終わりということもあって空腹だったリズリーは口の中に涎が湧いてくるのを実感しつつ、シルビアに椅子を引いてもらって腰を下ろした。
「俺の自己紹介は……必要か」
「い、いえ! 公爵様のことは存じておりますので、大丈夫です。むしろ、私ったらきちんと挨拶もせずに申し訳──」
「別に謝らなくていい。だが一応簡単な自己紹介を頼む。お前が侯爵令嬢で術式絵師であることしか知らないからな」
(そ、それで十分では……?)
「それと、この屋敷にいるものは最低限の呪いの知識はあるから呪いについて隠さなくともいい。因みに、シルビアとバートンは元第二魔術師団の団員だ」
「えっ、バートンさんもですか……?」
「シルビアからは聞いたらしいな。バートンもそうだ。……と、話が少し逸れたな。お前のこと、話してくれるか」
「わ、分かりました……」
それならば、とリズリーは、三年前に呪われたこと、呪われたことに対する影響を改めて話した。
「そんな……っ」と動揺を浮かべるシルビアの声と、悲しそうに表情を歪めるバートン。
悲しんでくれる二人に、リズリーは申し訳無さそうに微笑んだとき、ルカが顎のあたりに手をやって、薄っすらと目を細めた。
「なるほど、理解した。では一番大事なことを聞こう。お前が呪われたのは、何かトラブルに巻き込まれての偶然か? それとも、誰かに意図的に呪われたのか?」
「そ、れは──」




