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70話 ネックレスと心に込められた魔法

 

 一瞬だけだけれど、視線が重なったルカの瞳には、心配が色濃く滲んでいるように見えた。

 ルカに心配をかけてしまった。迷惑をかけてしまった。そのことに対して申し訳なさを抱くと同時に、リズリーは愛する人が助けに来てくれたことへの安堵で、胸が一杯になっていく。


「リズリー、怪我はないか……!」

「はい」

「無事で、良かった」


 ホッとしたのか、ルカが小さく息を吐く。


 その吐息を感じられることでさえ、リズリーは嬉しさを覚えた。


「ルカ様、また助けに来てくださって、ありがとうございます」


 ルカの胸から、トクトクと鼓動を感じる。温かさを感じる。

 もう二度と会えないのかもしれないと、そう思っていたから、気を抜くとまた涙が込み上げてきそうだ。


「あっ、そういえば……」


 そんなリズリーだったが、とあることを疑問に思い、ルカの胸から顔を離して、彼を見上げた。


「どうしてルカ様がこちらに? 公爵邸とこの別荘はかなり離れているはずですし、ルカ様はここをご存知なかったはずでは……」


 以前、参加した祝勝パーティーの時も、ルカは直ぐに駆け付けてくれた。

 あの時は、ルカは会場内、リズリー会場の外にある庭園におり、互いの姿を目で捉えることはできなかったはず。だからこそ、探し出してくれたルカを不思議に思ったものだ。


 ルカは少し間を置いてから、リズリーの背中に渡していた腕を解く。そして、観念したようにリズリーの手の中にあるネックレスを指さした。


「……実は、そのネックレスに仕掛けがあるんだ」

「え? これにですか?」 


 リズリーはルカから、ユニコーンのネックレスへと視線を移した。


「ああ。そのネックレスは俺のブローチと対になっているだけでなく、俺がブローチに魔力を注ぐと、リズリーの居場所が特定できるようになっているんだ」

「えっ」

「だから、転移魔法で飛んできた。あと、それと、一度だけだが、対魔法の結界が発動するよう施してある」

「あ……だから……」


 先程、ユランに洗脳魔法をかけられそうになった際に、発現した結界。あれは、ネックレスに組み込まれたルカの魔法のおかげだったらしい。


 リズリーは、自分を守ってくれたネックレスに、そして守ろうとしてくれたルカの気持ちに感謝し、再びネックレスをギュッと握り締めた。


「ルカ様、本当にありがとうございます」

「礼は良い。……むしろ、勝手にネックレスに魔法を施してすまない。本当は、できるだけこれに頼らずとも俺が守るつもりだったのに……。怖い思いをさせたな」

「いえ、ルカ様が謝ることなんて一つもありません……!」


 ルカは小さく笑うと、リズリーの頭に一度、ポンと手を置く。

 それから、リズリーをベッドから下ろし、自分の背中側に追いやると、ユランに対峙した。


「待たせたな、ユラン・フロイデンタール。前回は取り逃したが、今日はそうはいかない」


 ユランは未だに壁に背を預け、ルカの魔法攻撃によって負傷したのだろう肩を手で押さえている。

 だが、苦痛に顔を歪めながらもゆっくりと立ち上がった。ルカをギロリと睨みつける瞳は、極めて鋭い。


「また……またお前は僕の邪魔をするのか……!」


 そう叫んだユランは、懐から術式が描かれた魔法紙を取り出した。

 リズリーたちがまずい、と思ったのは束の間、いつもなら発動するはずの魔法がなぜか発動しない。


 リズリーが疑問の表情を浮かべると同時に、ユランは舌打ちをし、苛立ちを浮かべた。


「なぜ、魔法が……!」

「体内に宿る魔力を使いこなすには集中力を必要とする。が……それだけの傷を負ったんだ。強い魔法の術式に必要な分の魔力を上手く扱えないのは当然のことだ」

「くっ……」


 ユランは悔しさから、奥歯を噛み締めた。

 筆頭魔術師であるルカを相手に、深手を負い、魔法も発動しないのだ。打つ手がないのは、戦闘経験のないリズリーにでさえ容易に理解できた。


「もう諦めろ。お前では俺を殺すことはできないし、あとから第二魔術師団の団員たちもやってくる。ユラン・フロイデンタール……お前を拘束し、王の御前に連れて行く。呪いの術式を盗み、またそれをリズリーに使用したこと、クリスティア嬢に洗脳魔法を施し代表契約を結ばせたことや、今回の計画のためにお前が行った全ての罪を明らかにし、それ相応の罰を受けてもらうことになるだろう」


 呪いは、人生を変えてしまうくらいに強力で恐ろしいものだ。それは、被害者であるリズリーが誰よりも一番分かっている。

 ユランの罪が決して軽くないことも、罰が非常に重たいものになることも。


(ユラン……)


 ルカは術式を発動し、鎖のようなものでユランの手を拘束した。

 ユランはカクンと膝から崩れ落ちた。俯いているため顔を伺うことはできないが、リズリーが大好きだった木漏れ日のような笑顔をしていないことだけは確かだった。


「なあ、ユラン・フロイデンタール」


 ルカは、先ほどまでよりも幾分か怒りを含まない声色で、ユランを呼んだ。


「俺は、お前の過去を知らない。お前にどんな事情があったのか、リズリーを呪うに至るまで何を考えたのか、いかなる葛藤があったのか、知らない。……それでも、お前がリズリーを愛していることくらいは分かる」

「…………」

「だが……いや、だからこそ、愛する人をこれ以上傷付けるな……! リズリーは、お前が犯人だと分かってからも、恨みと戦い──そして、解呪した際、お前に呪い返しが起きないような術式を考えていた」

「……!」


 ゆっくりと、ユランが顔を上げた。

 そこには、心底驚いた彼の顔があった。


「そんなリズリーを……俺の大切な人を──これ以上苦しめるな……!!」

「っ、ルカ様……」


 ユランの拘束されていた両腕が、力なくプランと落ちる。

 彼からは苛立ちも嫌悪も悔しさも感じられず、ただそこに喪失感のようなものだけがあった。

 そんなユランは、やや掠れた声でこう零した。


「もう、殺してくれ……」

「「!」」

「リズリーが手に入らないなら、もう生きてる価値なんてないんだ」

「……っ、ユラン!」


 ルカの背に隠れていたリズリーだったが、数歩前に出て、ルカの斜め前に出る。

 ユランの生気を感じられないような瞳が、時間をかけてルカからリズリーへと向けられた。


「死ぬなんて、許せない! お姉様にも、私にも、ちゃんと謝って! そして……生きて、ちゃんと罪を償って……!」

「……はは。本当、リズリーは愚かなほどに甘ちゃんだなぁ。そんなんだから、僕みたいな悪い男に付け入られるんだよ。でも、僕はそんな君が──」


 ユランは、言いかけた言葉を呑み込む。

 そして、背中側に拘束された腕をぴくりと動かし、僅かに光った瞬間、彼はぽつりと呟いた。


「リズリー、未だに呪いに縋って、自らで解いてやらない僕のことなんて許さなくていい。……でも、君が寂しくないように、僕もすぐに逝くから」


 その瞬間、ユランから細く鋭い刃の魔法攻撃が、リズリーの心臓へと向かって目も眩むような速さで伸びていく。

 それほど多くの魔力が必要な魔法ではないが、それはリズリーを葬るには十分な意力だった。


「リズリー!」

「……っ」


 まさかユランがリズリーの命を狙うとは考えてもみなかったルカは、彼女の後方にいたこともあって反応が送れた。

 魔法紙は取り出したものの、このままでは防御が間に合わない。


 リズリーはすぐさま訪れるだろう痛みと死に恐怖を抱きながら、ギュッと目を閉じた。


「…………?」


 しかし、いつまで経っても痛みは来ない。

 ルカが守ってくれたのだろうかと徐々に目を開けば、目の前には自身の心臓の直前で止まる魔法の刃があった。ルカが魔法で刃を止めたわけでも、結界を張ってくれたわけでもない。


 ユランの魔力が尽きたのかと思って、視線を彼の顔に移せば、そこには一筋の涙を流す彼の顔があった。


「あの世でリズリーを僕だけのものにしようと思ったのに、無理みたいだ」

「ユラン……」

「君をどれだけ傷付けることになっても自分のものにする道を選んだのに、最後の最後にリズリーの甘ちゃんが移ったかな」


 魔法の刃が、パリンと割れる。

 それはまるで、呪いから解放されたようなユランの心のよう──そんなふうに、リズリーには見えたのだ。


「……ルカ様、魔力はまだ残っていますか?」

「ああ」

「私にかけられた呪いを、解いてほしいのです」


 何度も何度も試行錯誤した、術者に魔法返しがいかない解呪の術式。

 それが描かれた魔法紙を取り出したルカは、コクリと頷いた。


「今から呪いを、解く」

「はい」


 ルカは術式にありったけの魔力を注ぎ込む。

 リズリーの体内にあった黒い靄のようなものが溢れ出し、同時に強力な光が彼女の体を包み込んだ。


(呪いよ、さようなら──)

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