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69話 優しい笑顔

 

 リズリーの言葉に、ユランは表情を歪めた。

 苛立ちや嫌悪ではない。まるで捨てられたと言わんばかりの、悲しそうな顔だった。


「お願いだから、そんなこと言わないでくれ……! 僕にはリズリーしかいないんだ、君を、愛してるんだ……っ」

「それでも、私はユランを許せない……! 貴方なんて──」


 嫌いだと、口にしてしまいたかったはずなのに、言葉が詰まった。


(なんで、こうも幼かった頃のユランを思い出すんだろう)


 外で遊ぶよりも、部屋で本を読むほうが好きなユランとは、よく気が合った。木漏れ日のように、優しく、穏やかにな笑顔が印象的な男の子だった。

 話し始めると時間を忘れるくらい楽しくて、魔術師を目指し始めてからは、一生懸命修行している彼を尊敬していた。

 風邪を引いた時はいつも見舞いに来てくれたし、誕生日は毎年祝ってくれた。ユランは、優しかった。


 そんなユランに「リズリー」と名前を呼ばれるのは、ふわふわの雲に包まれているくらいに心地良かった。


 恋心ではなかったけれど、ユランのことは、大好き、だった。


「……お願い、ユラン……っ、昔みたいな、優しいユランに戻ってよ……」

「…………」

「貴方を、嫌いになりたくない……っ」


 心の底からユランを憎らしいと思ったのも本心だ。けれど、嫌いになりたくない、許したいと思うのもまた、本心だった。


 もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく思考が回らない。感情的になった分、嗚咽だけはいやという程に溢れてくるのに。


「……ごめんね、リズリー、苦しませて。……でも」


 ユランの手が、今度こそリズリーの涙を拭う。


 その手つきは、昔の彼を思い出させるくらいに優しかったけれど、その声に、瞳に、昔のような温かさはなかった。


「自分でも、もうどうにもできないんだ。君が愛おしくて、僕だけのものにしないと、生きていけないんだ」

「ユラン……」


 ユランはそう言うと、腰を丸めてリズリーの額に触れるだけの口付けを落とす。

 それは、ほんの僅かな時間だった。


 ゆっくりと離れたユランは、未だに手に持っている洗脳魔法が描かれた術式に、魔力を注ぎ初めた。


「本当にごめんね、リズリー。僕が一生……君を守るから……幸せに、するから……」

「やめて、ユラン、お願い……っ」


 もう逃げられないと悟りながらも、リズリーは縋るようにして、持っていたネックレスを力強く握り締めた。


(ルカ様……!)


 ユランの手にある魔法紙が夥しい光を放つ。


 リズリーが、愛おしい人の顔を思い浮かべながらギュッと目を瞑った、その瞬間だった。


「な、何故……!」

「!」


 困惑したユランの声を耳にしたリズリーは、バッと目を開く。

 既に洗脳されているはずなのに、頭に靄がかかったような感覚はない。その代わりに、光を帯びたガラスのようなものが、ユランの魔法から守るように自身を包みこんでいた。


「これって、対魔法の結界……?」


 ユランの洗脳魔法を跳ね返していることから、ほぼ間違いないだろう。


(けれど、どうして……?)


 リズリーは魔力を持たない。自分で魔法を扱うなんて不可能なのだ。


 そんなふうに疑問に思ったリズリーだったが、自分の手を見てハッとした。

 この結界の発生源である光が、自分の手の中から漏れ出していたから。


「もしかして、このネックレスが守ってくれているの……?」


 どうして? どういうこと?

 この状況下で冷静に考えられるはずはなく、目を見開くリズリーの一方で、ユランの眉間には深い皺が刻まれていた。


「……っ、あの男──ルカ・アウグストめ! また僕を邪魔するのか……!」


 そうユランが叫んだ時、今度は窓の方からガシャンと激しい音が鳴った。顔だけそちらに向ければ、窓ガラスが割れて部屋に散乱している。


「な、に……?」

「何故……」


 リズリー同様、ユランも窓の方を見て驚いている。


(ユランが割ったわけではないようだけど、一体どういう──)


 自分の上に乗るユランと窓の方を、リズリーが交互に見ていた、その瞬間だった。


「カハッ……!」


 窓の方から突然繰り出された魔法が、ユランを壁まで吹き飛ばす。


 同時に、素早く近付いてくる足音。

 リズリーは優しく上半身を起こされ、気付いた時には力強く抱き締められていた。


「リズリー!」

「っ」


 切望していた相手──ルカの背中に、リズリーも縋るように腕を回した。


「ルカ様……!」

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