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64話 タイムリミット

 

 部屋を訪ねれば、ルカは驚きながらも快く部屋に通してくれた。

 黒を基調としたシックな部屋。ルカと向かい合わせになるよう、テーブルを挟んだソファにリズリーは腰掛けた。

 ワインを手渡せば、ルカは「ちょうど取りに行こうと思っていた」と笑みを浮かべた。


「それなら良かったです。ルカ様は本当にお酒が強いですね」

「ああ。だが、お前は良いのか? こんなところにいて。今日の宴の主役はリズリーだろ?」

「それは……あの、少し疲れてしまって、休憩したいと思っていたので、大丈夫です」


 ルカを探していたので、会えたからむしろ嬉しい……とは言えず、リズリーは下手なりに誤魔化した。

 額にじんわりと汗が滲む。


「なるほど。つまり俺はリズリーの休憩のだしに使われたってことか」

「! そういうつもりでは」

「ははっ、冗談だ。焦りすぎだろ、お前」

「……っ」


 誂うような、けれども優しいルカの瞳と声色。

 リズリーは胸辺りがきゅうっと疼くのを感じた。


 ルカとこうして二人きりになるのは、少し久しぶりだ。

 クリスティアをアウグスト邸へと連れてきた日から、リズリーは仕事をしている以外の時間のほとんどをクリスティアといた。クリスティアが慣れない環境で困らないようにという思いもあったが、主には離れていた時間を埋めたかったからだ。

 同じテーブルで食事を囲んだり、どの服装をしようかともに悩んだり、同じベッドに横になり、朝まで色々なことを話し合ったり……。


(クリスティアお姉様との時間もとても幸せだった。けれど、こうしてルカ様とゆっくり過ごせるのも嬉しいな。……緊張、するけど)


 好きだからというのもあるが、近々想いを伝えようと思っている相手なのだからなおさらだ。


「なあ、リズリー。ワインを届けてくれたついでに、一つ頼みがあるんだが」

「は、はい。なんなりと」


 ルカが改めて頼みなんていうのは珍しい。

 リズリーが二言返事で返すと、彼は先ほどまで合わせていた視線を逸らした。何か言いづらいことなのだろうかと、リズリーは小首を傾げる。


「呪いが解けたら、少しだけ俺にリズリーの時間をくれないか?」

「え?」

「話したいことがあるんだ」

「話したいこと……」


 考えられることといえば、仮初の婚約者の契約についてだろう。これは、リズリーの呪いが解けるまでという条件だったので、タイミングからしてかなり可能性は高い。


「分かりました」


 明日には、仮初という名を借りた婚約者でなくなってしまうのだろう。


「あの、呪いが解けたら私もお話したいことがあるんです。よろしいですか?」


 けれど、それでもリズリーは自分の思いを伝えようと心に決めていた。

 ルカの話を受け入れる覚悟も、もうとうにできている。怖いけれど、自分の選択に後悔はなかった。


「もちろんだ。それじゃあ、もう一回乾杯でもするか」

「はい!」



 それから、リズリーたちは乾杯を済ませた後、話題は術式へと移った。


「改めて、目的の術式が完成して良かったな。これで、ユラン・フロイデンタールが呪い返しによって死ぬことはない」

「私の我儘に付き合ってくださり、本当にありがとうございました」

「これくらいなんてことはない」


 優しかったルカの眼差しに、次の瞬間、僅かに影が指した。


「それに、解呪の後にはユラン・フロイデンタールは拘束され王城に連行される手筈になっているからな。おそらくだが、呪いに纏わる一連のことを全て吐かせた後は、罰を受けることになるだろう」

「はい……」

「……誰かを呪うのは重罪。本来ならば死刑は免れないところだが、被害者であるリズリーが呪い返しが起こらない術式まで考え、加害者の死を望んでいないことから、幽閉などの減刑の対処はされるはずだ」


 ルカの言う通り、いくらリズリーが新たな術式を作ったところで、ユランの罰がなくなるわけではない。

 陽の光が当たらないようところで、一生を過ごすことになるのだろう。


(ユランのことは、憎い。でも、貴方のそんな姿を想像するのは、正直辛いものがある……)


 しかし、ユランは禁忌とされる呪いに手を出してしまった。これは、謝って済むような話ではない。被害者であるリズリーも、そこはきちんと理解しなければならなかった。


「……辛いよな。だが、そんなに悲しそうな顔をするな」

「え」


 向かいのソファに座るルカの手が、こちらに伸びてくる。

 髪の毛を優しく掬われたと思ったら、次は優しく頬を撫でられていた。


「ルカ様……?」


 上擦った声が出てしまう。

 ルカの頬はうっすらと赤く染まり、切なげに眉尻が下がっていた。


「あの男がリズリーにとってどれだけ大切な奴だったか、なんとなく分かっているつもりだ。……だが、あいつのために、お前がそんな顔をするのは気に食わない」

「急にどうしたんですかっ」

「急じゃない。前から、思ってた」


 僅かにカサついた指の腹。すりすりと撫でるルカの手つきは優しく、まるで壊れ物に触れるかのようだ。


(こんなふうに触られると、期待してしまう……でも)


 リズリーの顔が真っ赤に染まる。

 酒を飲んでいれば酔っ払っていると言い訳も立つのに、残念ながらリズリーのグラスに入っているのは果実のジュースだ。


「リズリー……俺は──」

「っ、ルカ様、珍しく酔っているのでは……!? そろそろ失礼します……!」


 期待よりも恥ずかしさが勝ったリズリーは、急いで部屋を出た。

 パタンと扉が閉まった瞬間、「伝えるのは呪いが解けてからだろうが……」とルカが嘆いたことを、リズリーは知る由もない。



「ハァ……夜風に当たろうかな」


 その後、リズリーは火照った顔を冷ますべく、近くのバルコニーへとやってきていた。

 夜風がとても気持ちいい。それに、夜空には数え切れないほどの星々が散らばっていて、ずっと眺めていられそうだ。


「さっきのルカ様、何だったんだろう」


 一瞬自惚れてしまったが、おそらく酒に酔っていたのだろう。普段は一切酔わないらしいが、今日は宴だ。


 ルカだってたまには気を抜いて酔ってしまうことくらいあるのかもしれない。


「うん、きっとそうよね。でも、実際のところ、ルカ様は私のことをどう思ってるのかな」


 考えたところで解決などしないと分かっているのに、堂々巡りしてしまう。

 とはいえ、何にせよ、呪いが解けてルカに思いを伝えれば、自ずと結果は出るというもの。


(少しでも、ルカ様の中で私が特別であるといいな。呪いが解けた未来でも、ずっとルカ様のお側にいたいな……)


 そう願ったリズリーだったが、突然の激しい風に驚いて、ギュッと目を閉じる。バルコニーの手摺がガタンと揺れた。


「お待たせ」


 瞬間、聞こえたのは穏やかなのに、どこか狂気をはらんだ声。

 手摺に立ち、こちらを見下ろす人物の姿に、リズリーの顔色からはさぁっと血の気が引いていった。


「迎えに来たよ、リズリー」

「ユ、ラン」


 ──どうしてここに、貴方がいるの?

 それは言葉になることなく、リズリーは瞬く間に意識を失った。

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