63話 宴
◇◇◇
「やっと完成した……!」
数日後。
空が茜色に染まる頃、研究室で机に向かっていたリズリーは、術式を前に笑顔を見せた。
「本当か? リズリー」
ルカが後ろからリズリーの手元の術式を覗き込む。リズリーはコクリと頷いた。
「はい! 術者に呪い返しが起こらない術式が、ついに完成しました……!」
目的の術式を試行錯誤してから、早一ヶ月以上。
数字や記号の様々なパターンを試したり、書庫にこもって文献を読み漁ったりした甲斐があった。
「本当か!? リズリーちゃん!」
「ようやくだね、リズリーさん」
「リズリー凄いわ! さすが私の妹……!」
そんなリズリーに、ジグルドやゼンなどの第二魔術師団の団員や、クリスティアが駆け寄ってくる。クリスティアに至っては、痛いほどに抱き締めてくれた。
最近はかなり根を詰めて術式を描いていたので疲労は溜まっていたけれど、皆の笑顔を見ているとそんなもの吹き飛んでしまいそうだ。
「皆さんのおかげです! 本当にありがとうございます……!」
「本当に良かったな、リズリー」
「はい! ルカ様も、たくさん協力してくださってありがとうございました……!」
リズリーが喜びに浸っていると、不意にクリスティアが腕を解いた。
「ということは……」と呟きながら、クリスティアはルカの方を見つめる。
「あいにく、私の魔力では足りないのでアウグスト公爵様にお任せするしかないんですが……これで、いつでもリズリーの呪いは解くことができるんですよね?」
「ああ、そうだ。ただ、今日は午前中の任務でかなりの魔力を使ってしまったから、少し時間を置いて魔力を回復させてから解呪に挑まなければいけないが」
「それなら!」
バシッと両肩を掴んできたジグルドに、ルカは何をするんだと言わんばかりに訝しげな顔を見せた。
ジグルドはニッと白い歯を見せ、嬉しそうにこう言った。
「術式が開発できた祝いってことで、夜に宴でもしようぜ!」
「は? いくらなんでもそんな急には無理だろ」
「そうか? シルビアとバートンなら、進んで準備しそうだし、俺たちも手伝えばできない話じゃないだろ?」
ジグルドはゼンや他の団員たちに目を合わせ、目配せで意思を確認する。
多くの団員たちはコクリと頷き、ゼンは「まったくもう」と口では言いながらも、袖をまくってやる気にみなぎっていた。
(こういうの、嬉しいな)
自分なんかのために……という気持ちは全くなくなかったわけではないけれど、この屋敷に来てから徐々に自分を卑下することが減っている気がする。ルカや、皆が大事にしてくれるから。仲間なのだと、実感させてくれるから。
「……ったく、分かった。リズリー、急な話で悪いが、今晩は宴だ」
「は、はい! むしろありがとうございます。嬉しいです」
リズリーが礼を伝えれば、ルカは彼女の額に手を伸ばし、軽く指を弾いた。
「それなら良いが。……一応言っておくが、術式に集中しすぎて残業するのはなしだからな」
「ルカ様は私を何だと思ってるんですか!」
「術式オタク」
「そ、それは……そうですけど……!」
くつくつと笑うルカの姿を見ていると、可愛いやら格好いいやら、もっと見ていたいやら煩悩がどんどん溢れてくる。
緩みそうな口元をリズリーが我慢していると、ジグルドに「おーい」と声をかけられた。
「いちゃついてるところ悪いが、ここ皆いるからな?」
「〜〜っ!?」
そういえばそうだった。そう思った時には時既に遅し。
ジグルドやゼン、クリスティアに温かな眼差しを向けられていることに気付いたリズリーの頬は、これ以上ないほど赤く染まった。
◇◇◇
「じゃあ今日は、リズリーちゃんの新たな術式の完成を祈って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
公爵邸の食堂。満天の星が輝く頃、第二魔術師団の中に混ざり、リズリーたち姉妹は宴を堪能していた。
乾杯の音頭を取ったのは、副団長のジグルドだ。
第二魔術師団では、こう言うときに音頭を取るのはジグルドの役割らしい。
そんなジグルドだが、やや酔っ払っているのか、若干いつもよりしつこくゼンに絡み、嫌がられている。ゼンが可愛いくて仕方がないのだろうが、しぶしぶ間に入ったクリスティアは呆れ顔だ。なんだか、もう数年は一緒にいるみたいに仲がよく見える。
クリスティアは一見気が強く見えるが、実は気さくで、彼女の周りには自然と人が集まるのだ。
「ふふ、お姉様はやっぱり凄いなぁ。……それにしても、凄い料理ばかり」
食堂に数多くあるテーブルの上には所狭しと様々な料理が並べられている。
リズリーはようやく一息つけた様子のシルビアのもとへ行き、彼女に話しかけた。
「シルビア、貴女も調理を手伝ったのよね? 急な宴だったから、大変だったでしょう?」
「いえ! 明日になればリズリー様が呪いから開放されると思うと喜びが強くて。それに、リズリー様やクリスティア様、皆さんが手分けして食材の手配や机のセッティング、配膳などをしてくださったので、大助かりでした!」
「シルビア……本当に、ありがとうね」
この屋敷に来てから、シルビアにはどれほど助けられただろう。偏見を持たずに関わってくれた上、第二魔術師団と繋ぐきっかけになったのも彼女だ。
いつも明るく、そして優しく寄り添ってくれるシルビアのことを、リズリーは友のように思っている。
大好きな、人だ。
周りを見渡せば、いつの間にか楽しげに話しているクリスティアとジグルドの様子が目に入った。
その近くには、今日は無礼講だからと酒を嗜むバートンの姿。ほんのり頬が赤いから、もしかしたらお酒に弱いのかもしれない。
その他には、食事に夢中になる人、酒を飲んで饒舌になる人、急に腕相撲を始める人々など、様々だ。
(あれ?)
皆が楽しそうなのは良いことだ。
だが、この屋敷の主であるルカが見つからない。乾杯の時はいたのに……。
リズリーがキョロキョロとあたりを見回していると、ゼンに話しかけられた。
「リズリーさん、団長探してるの?」
「あ、うん。いないから、どうしたのかなって。もしかしてどこか調子が悪いのかな……」
「違うんじゃないかな。ジグルドさんって酔うと僕と団長に異常に絡み始めるから、早々に逃げたんだと思う」
「そ、そういうこと……」
ルカが逃げる様子が目に浮かぶようだ。
ふふ、と笑みを零せば、ゼンが「これ」と言ってワインのボトルを手渡してきた。
「多分、団長は自分の部屋で飲んでると思う。このワイン団長がよく飲んでるの見かけるから、リズリーさんがこれ持っていってあげて」
「分かったわ。ありがとう、ゼン」
リズリーはゼンからグラスを受け取った後、ルカの部屋へと足を進めた。




