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56話 一発触発

 

「クリスティアお姉様……! 大丈夫ですか……っ」

「…………」


 リズリーは急ぎ、クリスティアのもとに駆け寄り、地面に膝をついた。

 完全に意識を失ってしまっているのだろう。リズリーの声かけに、クリスティアはピクリとも反応を示さない。


「っ、お姉様……」


 リズリーは不安げな顔で、彼女の手をぎゅっと握り締めた。


「リズリー! クリスティア嬢は解除の際の負荷で一時的に意識を失っているだけだ!」


 洗脳魔法を精神にかなり負荷がかかる代物だ。それは解いた際にも同じことなのだろう。

 しかし、だからといってリズリーの不安がゼロになるわけではない。

 それを察したルカは、ユランへの警戒を続けながらも、柔らかな口調でこう言った。


「だが、リズリーはクリスティア嬢の側にいてやれ。この男のことは、俺が引き受けるから」

「ルカ様……」


 ルカはそう言うと、意識をユランに集中させる。

 ユランは「あー……もう」と声に苛立ちを隠さぬまま、自らの前髪をくしゃりと掻き乱した。


「ほんと、使えない上につくづく邪魔な女だな」


 嫌悪、苛立ち、憎悪。

 クリスティアを見下ろすユランには、それらの負の感情が混ざり合っている。


「……まあ、あんな奴のことは一旦良いや。アウグスト公爵、洗脳魔法の解除の術式まで準備しているなんて、えらく用意周到だね? 僕がしたこと、全て分かっていたのかい?」

「証拠はなかったが、確信はあった。一応聞くが、お前、洗脳されているクリスティア嬢に代償契約を結ばせただろ」

「ははっ、凄いなぁ。そんなことまで分かってるなんて。筆頭魔術師の名は伊達じゃないみたいだね。だけど……」


 ユランはルカから、心配そうにクリスティアを見つめたままのリズリーに視線を移した。

 愛おしげな──いや、恍惚さと狂気を兼ね備えたような、眼差しで。


「リズリーの呪いがまだ解けていないなら、何の問題もない」


 ルカと同様、ユランも懐から術式が描かれた魔法紙を取り出すと、そこに魔力を注ぎ込む。


「君を亡き者にしてしまえば、僕の計画には全く問題ないから」


 ユランが最も得意とする闇魔法。その中で最強とされる技が、ルカに向かって繰り出される。

 漆黒の靄のようなそれを、リズリーはこれまで何度か目にしたことがある。

 国や、仲間を守るために使われていたはずなのに、今はルカに向けられていて──。


「やめてユラン……!」


 それなりの使い手でなければ、簡単に命を落としてしまうようなユランの攻撃。

 ルカも手加減をする余裕はなく、片手で強固な結界を張りながら、もう片方の手で攻撃に特化した術式が描かれた魔法紙を手に取る。


「おい、なんだかあっちが騒がしいぞ!」

「……!」


 完全に応戦する構えのルカだったが、遠くからざわめいた声に、一瞬動きを止めた。


「魔物でも出たのか!? 早急に対処しないと!」

「お前たち! 指揮は私が執る! 続け!」

「「「ハッ!」」」


 おそらく、先程のルカとクリスティアの攻撃により、騒ぎに気付いたのだろう。

 こちらに走ってくるかなりの数の人影を目にしたリズリーは、ルカに向かって叫んだ。


「ルカ様、おそらく魔術師の方々がこちらに向かってきています!」


 今日のパーティーに第二魔術師団から参加しているのはルカだけだ。今向かってきている魔術師たちは第一魔術師団の人間ということになる。つまり、ユランの仲間たちだ。


(そんな彼らがルカ様とユランの戦闘を見たら、どう思うか……)


 ルカは第二魔術師団の仲間たちからは大変好かれているが、それ以外の人々には悪評を鵜呑みにされている節がある。

 クリスティアが倒れていることも相まって、ルカが第一魔術師団の人間──ユランに襲いかかっていると見られても、不思議ではない。


「これ以上戦ってはだめです……!」


 しかも、現在ルカとユランの状況を証言できるのは、意識を失っているクリスティアを除いてリズリーだけだ。

 呪われているリズリーの証言など誰も聞く耳を持たないだろう。今のリズリーの声は、ルカを守れるに値しない。


 それならばと、リズリーはルカに戦闘を止めるよう乞うことを選んだ。

 今ならばまだ、ルカの立場を悪くせずに済むから。


「しかし、ここでこいつを野放しにするのは──」

「それでも、ルカ様が謂れのない罪を着せられたりするよりマシです」

「……分かった」


 ルカは防御するための結界に意識を集中させ、攻撃用の術式を発動するのをやめた。


「あーあ、良いところだったのに……」


 残念そうにそう言ったユランも、攻撃の手を止める。


「さすがに、守りに徹する君を崩すのは骨が折れそうだ。君を殺せないからこんな茶番に意味はない。ここは一旦退散させてもらうよ」

「! おい、待て……!」


 ユランは懐から転移魔法の術式が描かれた魔法紙を取り出す。

 そして、視線をリズリーに寄せ、硝子が溶けたようなドロリとした笑顔を浮かべた。


「またね、リズリー。必ず迎えにいくから、待っていて」

「ユラン……っ」


 転移魔法が発動し、ユランは闇に消えるようにこの場からいなくなった。


 バタバタと、こちらに向かってくる足音が近付いてくる。


「潮時だな」


 ユランと同じ転移魔法の術式を取り出したルカは、クリスティアの側にいるリズリーの側に駆け寄る。


 現場に到着した魔術師たちの目の前には、僅かな戦闘の痕跡のみしかなかった。

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