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52話 ユラン・フロイデンタール

 

(クリスティアお姉様が、ルカ様とダンスを……!?)


 これも、クリスティアに施された洗脳魔法によるものなのだろうか。

 もしもそうだとして、その理由は? とリズリーは考えてみるけれど、確信を得られそうな答えは思いつかない。とはいえ、これが洗脳魔法によるものならば、何か裏がある可能性が高いのだが……。


「いや、俺は……」

「ルカ様」


 同じように考えたのだろう。断ろうとするルカの言葉を遮るように、リズリーは彼の名を呼んだ。


「私は待っていますから、ぜひお姉様と踊ってきてください」

「なっ」


 クリスティアは、第一魔術師団の副団長だ。更に美貌も兼ね備えている彼女は、社交場ではいつも注目の的だった。

 今もそう。クリスティアの動向を見守る貴族たちは多い。この状態で彼女の誘いを断って恥をかかせれば、ルカの評判は間違いなく落ちてしまうだろう。

 ルカはこれ以上落ちる評判などないと言うかもしれないが、リズリーは意思を変えるつもりはなかった。


「だが……俺が踊っている間、お前が一人になってしまう」

「大丈夫です。皆さん各々社交を楽しんでいらっしゃいますし、大人しく壁の花になっていれば、大したことは起こりませんよ。ね?」

「…………」


 ルカを安心させたいがため、リズリーはめいいっぱい笑顔を浮かべる。

 ルカは何か言いたげだったが、彼女の内心を悟ってか、しぶしぶ頷いた。


「分かった。直ぐに戻る。もしも何か言ってくる奴がいたら、俺の名前を出せ。そう変なことはできないはずだ」

「ふふ、分かりました」


 それから、クリスティアの「行きましょう」という言葉を最後に、ルカたちはダンスホールの方へ歩いていった。


 ルカたちの背を見送り、一人になったリズリーは早速壁の花と化した。

 当たり障りのない笑みを浮かべてぽつんと立ち尽くしていれば、露骨に絡んでくる者は少ない。

 ときおり聞こえてくる声も、「一人ぼっちで可哀想だ」というような類のものばかりだったので、それほど心が痛くことはなかった。


(それにしても、どうやってクリスティアお姉様を会場から連れ出そう?)


 ルカには事前に、クリスティアの洗脳を解く術式を描いた魔法紙は渡してある。

 あとはクリスティアを人気のないところに連れて行き、ルカが術式に魔力を注ぎ込むだけなのだが、失礼ながらルカが言葉巧みに彼女を誘導できるとは思えなかった。


(ルカ様はお優しい方だけれど、少し無愛想というか……こう、スマートな会話がとっても得意、というタイプではないものね)


 それに、心配性なルカのことだ。とにかく一人になったリズリーのもとに戻るということを優先させる可能性も高い。いくらリズリーがかりそめの婚約者でしかないとしても、彼はそういう人なのだ。


(……とにかく、ルカ様が戻ってくるまで、私はここにいよう。ルカ様が戻ってきたら、ユランを探しに──)


「リズリー」

「!」


 ぼんやりとそんなことを考えていたリズリーだったが、視界の端から突然名前を呼ばれてハッとした。

 男性にしては少し高めな、春の木漏れ日のような柔らかな声。


 少し前までは、彼の声を聞くと、まるで宝物のように名前を呼ばれると、心底安心した。世界で一人だけ、自分の味方でいてくれる人だと思っていたから。


(でも、今は……)


 リズリーは息を呑んでから、声の主の方へ体を向ける。掠そうになる声で彼の名を呼んだ。


「ユ、ラン……」

「やあ、久しぶりだね。少し表情が暗いけれど、大丈夫かい?」


 穏やかな笑みを浮かべていたユランの表情が、一瞬にして曇る。これまで何度も目にした、心配でたまらないといった顔だ。


(どうして……)


 呪いをかけるくらいにリズリーを恨んでいるのならば、そんな顔はしないはずだ。

 けれど、ユランの今の表情に嘘はないように見える。


(ユランは私を呪った犯人じゃないの……?)


 ユランが呪いの犯人である可能性は高いが、証拠も本人からも自白がない今、それは推測の域を出ない。

 ユランを疑いつつも、信じたいという気持ちが強いリズリーは、これ以上彼に心配させてしまうのが気の毒で、できる限りの笑みを浮かべた。


「え、ええ。大丈夫。少し休んでいただけなの。けれど、もう大丈夫」

「本当?」


 そう言って、ユランは壁に背中を向けるリズリーの目の前に立った。


「リズリーはいつも無理するからなぁ。今だって、無理して笑ってるでしょ?」

「! それは……」


 どうやら作り笑いはバレてしまっているらしい。

 もしかしたら、ユランへの疑念の気持ちにも気付かれてしまったかもしれない。

 さあっと顔を青ざめさせるリズリーに、ユランは優しく微笑んだ。


「大丈夫、分かってるよ。僕に心配かけたくなかったんだよね? でも、こうしていれば、僕に隠れてリズリーの姿はあまり他の人には見えないから、何か言われることはないと思う。安心して?」

「ユラン……」


 しかし、それは杞憂だったようだ。

 それどころか、リズリーが暗い顔をしていたのは、周りから嫌悪の言葉をかけられたからなのではとユランは考え、周りからあまり見えないよう気遣ってまでくれるなんて……。


(貴方やっぱり……)


 これまで、ずっと優しかったユラン。兄のように慕っていた、大好きなユラン。

 ルカとの話し合いの結果、リズリーもユランが呪いの犯人である可能性が高いと考えていた。

 でも、実際に彼を目にすると、彼の優しさに触れると、どうしてもそうは思えなくて──。


「ユラン、その、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして。そういえば、アウグスト公爵は? 一緒じゃないの?」

「うん。さっきクリスティアお姉様にダンスを誘われて、今はダンスホールの方に行ってる」

「あ、そうなんだ」


 ユランはそう言って、一度ルカたちが踊っているダンスホールの方に目を向けた。

 その自然な言動からは、彼が嘘をついているようには思えない。


(もしもユランがお姉様に洗脳魔法を施してルカ様をダンスに誘わせたなら、こんな態度は取らないわよね……?)


 リズリーの中にあったユランへの警戒心が、彼と言葉を交わすたびに薄れていく。

 顔の強張りを少し緩めたリズリーに、ユランはそっと手を差し出した。


「それなら、リズリーのことは俺がエスコートしても問題ないよね?」

「え?」

「せっかく久しぶりに会えたんだから、庭園でゆっくり話そうよ。アウグスト公爵とのことが書かれた手紙をもらった時から、ずっと心配してたんだ」

「あ、でも……」


 確かに、ユランへの警戒心は薄れた。どころか、こんなに優しい彼を疑っていた自分に、罪悪感を覚えるくらいだ。


 けれど、リズリーはルカと約束したのだ。

 ──ユランと二人きりならない、と。


「ユラン、あのね……」


 だからリズリーは断ろうと思っていたのだけれど、ユランの顔を見たら、それ以上は言えなかった。


「だめ、かな……?」 

「……っ」


 まるで、親に捨てられた仔犬のような顔だ。

 これまで何度も助けてくれた大好きなユランに、そんな顔をさせてしまっている。

 その事実に、リズリーの罪悪感はこれ以上ないほどに膨れ上がり、気付いた時には首を首をブンブンと横に振ってしまっていた。


「ううん、そんなことない。私もたくさん話したいことがあったから行こう、ユラン」

「良かった。それなら行こうか。さっきチラッと見てきたんだけど、ここの庭園は所々に明かりが灯してあるから、夜でも綺麗な花が見られるよ」


 その言葉を最後に、リズリーはユランから差し出された手を掴んだ。


(私にはどうしても、ユランが呪いの犯人だとは思えない)


 ルカとの約束を破ってしまったことを心苦しく思いながらも、リズリーは夜の庭園へと進む足を止めなかった。

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