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50話 祝勝パーティー当日

 

 祝勝パーティー当日の夕方。

 支度を終えたリズリーは、黒色の正装に身を包んだルカに手を取られ、馬車へと乗り込んだ。


「旦那様、リズリー様、いってらっしゃいませ」

「バートン、屋敷のことは頼んだぞ」

「承知いたしました」


 馬車の前には、ジグルドやゼン、バートンやシルビアたち使用人の多くが並んでいる。

 リズリーが屋敷に張られている結界の外に出れば、呪いが効かないルカと呪いの首謀者だと思われるユラン以外には嫌われてしまうためだ。パーティー会場にはルカとリズリーのみで向かうことになっており、皆とはここで一旦お別れだ。


 心配そうにこちらを見つめるシルビアに気付いたリズリーは、優しく声をかけた。


「シルビア、そんな顔しないで?」

「申し訳ございません……。けれど、結界の外にでたらリズリー様は……」


 呪いが発動し、会場内の多くの貴族たちから嫌悪の視線を向けられたり、嘲笑に晒されるのは間違いないだろう。シルビアは、そのことを心配してくれているようだ。


「大丈夫よ。前まではずっとそうだったんだもの。慣れているし」

「けれど……」

「それに、今回のパーティーには絶対出席したいの。全ては私が望んだこと。覚悟もできているし、本当に大丈夫だから、ね?」


 リズリーができるだけの笑顔でそう伝えれば、向かいに座るルカが助け舟を出してくれた。


「シルビア、お前が心配するのは尤もだが、俺だけでは不足か?」

「……! いいえっ! 滅相もありません!」

「そうそう、大丈夫だって。リズリーちゃんには我らが団長のルカがついてるんだからよ」


 ジグルドがそう言うと、ルカが「何故お前が偉そうなんだ」と呆れ顔を見せた。それは、ルカが時折気を許した者に見せる顔だ。

 その場の空気が一気に明るく、そして丸いものになり、気付けばシルビアも自然と笑顔を浮かべている。


(ルカ様とジグルドさんに助けられちゃったな……。でも、シルビアが笑ってくれて良かった)


 それから、ルカとリズリーは屋敷に残る者たちといくつか言葉を交わしてから、会場に向けて出発したのだった。



 ◇◇◇



「ついに、到着しましたね……」


 馬車に揺られて一時間、すっかり空は暗くなっている。

 馬車から下りたリズリーは、会場を目の前にして足が竦んだ。シルビアにはああ言ったものの、やはり恐怖がないわけではなかったから。


(大丈夫、大丈夫)


 ここ三年間、姉や両親、同僚など、関わる人たち全員に嫌われてきた。終わりの見えない日々に、何度も絶望した。

 それに比べれば、今日はなんてことはない。うまくいけばクリスティアだけは救い出せるかもしれないのだから、怯えている暇なんてないというのに。


(私、いつの間にこんなに弱くなったんだろう)


 存在を否定されない、すれ違い側に悪口を言われない、嫌悪の眼差しを向けられず、慕われ、笑顔を向けられ、多くの人と関われた、ここ数ヶ月。温かなその時間は、再び幸せを知ったその時間は、確実にリズリーを弱くした。


「リズリー」


 続々とパーティー参加者が集まり、次々と会場へと入っていくの目をにし、リズリーはハッと目を見開いた。


「申し訳がありません、ルカ様……! 行きましょうか」


 急かすために名前を呼ばれたと思ったリズリーは、パッと目元に笑みを浮かべて歩き出そうとした。

 しかし、その手は捕らわれてしまう。くるりと振り向けば、ルカがこちらを真剣な表情で見ていた。


「これを着けてくれて嬉しい」


 ルカはリズリーから手を離すと、彼女の鎖骨あたりに手を伸ばした。

 胸元に光る真珠のネックレス。

 その下には、控えめな銀色のチェーンがあった。


「できるだけ肌身離さず着けておいてほしい」とルカに言われたこともあって、彼から受け取ったユニコーンのネックレスも重ねて着けているのだ。

 今日のところは真珠の邪魔になってしまうため、ユニコーンの部分はドレスの胸元の内にしまわれている。


「ルカ様からいただいた大切なものですから、当然です……!」

「そう言ってもらえると助かる。それと、以前試着の際にも見せてもらったが、そのドレスよく似合っている

「えっ、あ、ありがとうございます……っ」


 澄んだ青空のような柔らかな淡い青のドレス。

 シフォン素材は軽やかで風に揺れる。自然に広がるラインシルエットが体を包み込み、動くたびにふんわりと揺れる様子は、とても上品に見える。


 褒めてくれるのはとても嬉しいのだが、ルカの声がいつもより甘くて、リズリーは動揺した。


「なあ、リズリー」

「は、はい……!」


 先程までよりも低いルカの声が、夜空に溶ける。

 更に綺麗で長い指に顎を掬われてしまい、リズリーの心臓はドクリと跳ねた。


「今日のお前は美し過ぎて、他の野郎に見せたくないな」

「……!? なっ、なっ、何を……!」


 ルカは優しい。嫌われていないとも思う。

 けれど、今までこんなふうに情熱的な言葉を掛けられたことがあっただろうか。


(むっ、無理……! 恥ずかしさでどうにかなってしまいそう)


 恐怖心はどこへやら。

 リズリーは顔を真っ赤にしながら、眼尻にじんわりと涙をためた。


「ふはっ」

「!?」


 しかし、それが零れ落ちることはなかった。

 こちらをからかうような視線と、吹き出したように笑ったルカの声に、ひゅんと涙が引っ込んだからだ。


「えっと、あの……?」


 ルカはリズリーの顎から手を離し、やや眉尻を下げる。


「すまない。恐怖心や緊張を解そうとしたんだが、やりすぎた」

「!? そういうことだったんですね!?」


 どうりでルカにしては声が甘ったるく、褒め殺ししてくると思った。敢えての言動だったらしい。


「驚きました……。けれど、ありがとうございます。ルカ様のおかげで、もうすっかり大丈夫です」

「そうか。あと、リズリーは俺が守るから大丈夫だ。過度な心配はいらない」

「……っ、はい!」


 羽がついたかのように足が軽い。

 リズリーが目尻にしわをができるほどのくしゃりとした笑みをたたえると、ルカはエスコートのためか、さっと手を差し出した。


「では、今度こそ参りましょう! ルカ様、今日はよろしくお願いします!」


 ルカに腕を預け、彼を見上げる。

 応えるように柔らかな眼差しを向けてくれたルカとともに、会場へと歩き始めた。


「ああ、よろしく頼む。それと、さっきの言葉はお前の恐怖心や緊張を解すために言ったが、全て本心だからな」

「えっ」


 ……と、いうことは?

 そう冷静に考えてしまったら、またもや頬に熱を持ってしまうのは致し方のないことで──。


「……くく、間抜け面」 


 ルカの楽しげな声に、今度は耳まで赤くなった気がした。

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