49話 対
「これを私に……?」
ルカが手渡してきたのは、ユニコーンがモチーフの銀色のネックレスだった。
ユニコーンは、ここミーティア王国の国獣であり、ルカが持っている筆頭魔術師の証──ブローチのデザインとよく似ている。
「なんだか、ルカ様がお持ちのユニコーンのブローチとよく似ていますね……?」
素直な感想を口にすれば、ルカは少し恥ずかしそうに口を開いた。
「実はこれも、俺が筆頭魔術師になった際に陛下に賜ったものだ」
「え!?」
「俺が持つユニコーンのブローチとは対になっていて、歴代の筆頭魔術師たちはネックレスの方を妻や婚約者に渡していたらしい」
「!?」
ただでさえ、国王からものを賜るなんて、貴族であっても多い話ではない。
その上、筆頭魔術師の証であるブローチの対となるネックレスなんてあまりに貴重で、その価値は計り知れなかった。
「そんな重要なもの、いただけません……!」
リズリーは冷や汗をかきながら、ユニコーンのネックレスが入った箱ごと、優しくルカに押し返す。
すると、その手は優しくルカに掴まれてしまった。
「俺はリズリーに受け取ってほしい」
「だめですよ……! 確かに私は今ルカ様と婚約していますが、それは一時のこと……。そんな私が、このような品を受け取るわけには……わっ」
瞬間、ルカに手首を取られたリズリーは、半ば無理やりソファに座らされた。
続いて隣に腰を下ろしたルカは、彼女の顔を覗き込み、じっと見つめた。
「リズリーの言いたいことは分かった。だが、これを受け取るか否かは、俺の話を聞いてからにしてくれないか?」
◇◇◇
あれは、四年以上前。
筆頭魔術師として活躍していたルカが第二魔術師団に移って一年が経とうとした頃。
ルカはどうしても参加しなければならない舞踏会の最中、うんざりしていた。
「おいおい、あれ見ろよ」
「うわ、呪いの研究してるっていう第二魔術師団に移った、アウグスト公爵じゃないか」
「せっかく筆頭魔術師になったのに、あんなところに移るなんて、おかしな方よね」
「呪いを研究して一体どうするつもりなのかしら? もしかして、呪いたい人がいるんじゃない? 怖いわぁ……」
聞こえてくるのは、恐怖が色濃く滲んだ自分の噂話。いや、陰口というべきか。
第二魔術師団に移って呪いについて調べるようになってから、こういう声は度々聞こえてくる。正直、もう慣れたものだ。
それに、周りが恐ろしいと思うことは理解できるので、ルカが腹を立てることはなかった。
(だが、やはりいい気分はしないな)
秘密裏に呪いについて調べる。そして、必ずミリアムにかけられた呪いを解く。
それはルカにとって最も重要なことで揺るがないことだ。けれど、他人からの声はほんの少しずつルカの心を蝕んでいった。目的のためならば周りに何を言われても……と思おうとしても、そう毎度自分の気持ちをコントロールできるものでもない。
(最低限の挨拶は終えた。舞踏会が終わるまで、バルコニーで時間が経つのを待つか)
本音はすぐにここを立ち去りたかったけれど、立場上そうはいかない。
人が少ないだろうバルコニーに向かったルカだったが、二人の先客を目にして、足を止めた。
「あれは……」
そこにいたのは、ラグナム侯爵家の姉妹だった。
姉のクリスティアは第一魔術師団に所属しており、今後が期待される有望株。妹のリズリーは最年少術式絵師として活躍しており、最近では彼女の描く術式に注目が集まっているのだとか。
姉妹揃って優秀であること、姉妹仲がとても良いことから、貴族たちの中で彼女らは有名だった。
「ねぇ、リズリー聞いた? 今回の舞踏会にアウグスト公爵が参加してるって話」
そんな姉妹の姉──クリスティアが何気なくリズリーに振った話題を耳にしたルカは僅かに眉を顰めた。
(ああ、彼女たちもか)
知らぬところで自分の話をされる事自体、良い気分はしない上に、どうせリズリーの返答は先程の貴族たちと大差変わらぬものだろうと、ルカは思っていたから。
「うん。周りが公爵様について色々噂をしているのも聞いたけれど……」
──そう、思っていたというのに。
「酷いよね。呪いの研究をしているだけで、あんなふうに言わなくてもいいのに。だって、呪いを妨げたり、解いたりする研究をしているかもしれないわけでしょう?」
「確かに、そうね」
「うん。もしそうなら……とっても素敵なことだと思う!」
「もうっ、リズリーったら良い子なんだから! 貴方のそういうところ、大好きよ!」
クリスティアはそう言うと、リズリーを抱き締めた。
リズリーは嬉しそうに「きゃー!」と言って笑っていて、その笑顔にルカは目が離せなくなった。
(リズリー・ラグナム──。彼女のような人もいるんだな)
ルカはその時確かに、厚い雲に覆われていた心に、光が差すのを感じたのだ。
◇◇◇
「思い出しました……! あの時の会話をルカ様は聞いていらっしゃったんですね……」
「ああ。当時、心が沈んでいた俺は、リズリーが何気なく言った言葉に救われた。そんなお前が呪われていると知った時は放って置けなくて、どうにか助けてやりたくて……半ば無理矢理この屋敷に連れてきたんだ」
「ルカ様……」
ミリアムの件で、ルカが呪いを憎んでいることは分かっていた。
だから、解呪に協力してくれるのだろうと思っていた。
けれど、何故ここまで真摯になってくれるのだろう、何故こんなに優しくしてくれるのだろうという疑問をずっと持っていたリズリーは、ルカの話を聞いて納得した。
「だからリズリー、このネックレスを受け取ってくれないか」
「けれど……」
「リズリーに、持っていてほしいんだ」
「……っ」
切実な声でここまで言われて、断れるはずがない。
リズリーがコクリと頷けば、ルカに後ろを向くよう指示された。
「付けるから、髪の毛を少しまとめてもらえるか?」
「はっ、はい」
背中に流していた髪の毛を胸の方にまとめ、ルカに項を晒す。
ルカの手が時折首筋に触れるのをドキドキしていたリズリーは、「できた」という彼の声に胸元に視線を運んだ。
ルカのユニコーンのブローチの対になっている、ユニコーンのネックレス。
嬉しくもあり、同時にかりそめの婚約者の立場で……と申し訳ないような気持ちになる、けれど。
「よく似合っている」
「……っ、ありがとうございます。大切に、します」
いつもより少しあどけないルカの笑顔に、リズリーもつられるように笑みを零した。




