48話 ドレスを選びましょう
数日が経ち、完全に体調が回復したリズリーは、各所へ挨拶へ回っていた。
大変迷惑をかけてしまったルカはもちろん、主に世話をしてくれたシルビア、バートン、その他の使用人たち、体に優しい料理を作ってくれたシェフや、屋敷に駐在している医者、そして、第二魔術師団の団員たち。
皆から一様に優しい言葉をかけられた。更に、これから無理はしないようにと心配されたリズリーは、自身の無茶を心から反省すると同時に、誰かに大切にされる喜びを再度痛感した。
そんなリズリーは現在、第二魔術師団の団員たちとともに、研究室で仕事に励んでいた。
「リズリーさん、この術式なんだけど、うまく付与の効果が発動しなくて」
「ああ、これはね──」
ルカにパーティーが終わるまでは自分のことにのみ集中してはどうだと言われたが、さすがにそれは申し訳ないからと断った。
こうして、ゼンや他の団員たちの役に立てるのが純粋に嬉しいことと、この屋敷で世話になっている分は仕事で返したかったからだ。
とはいえ、無茶をした前例があるので、以前よりも格段に仕事は減らしてもらっている。
その上、ルカに「俺が休めと言ったら必ず休むこと」という命令を下された。
その甘やかな命令にリズリーの胸が疼いたのは内緒だ。
「リズリー、少し良いか?」
「あっ、はい」
頭に思い浮かべていた人物に背後から声をかけられ、僅かに声が上擦る。
大げさに肩もビクついたせいで、ルカは一瞬目を丸くした。
「すまない、驚かせたか?」
「いえ、そんなことはありません! それで、何かご用ですか?」
「今日の午後なんだが、悪いが時間をくれないか?」
「それは構いませんが……」
仕事も減らしてらっているし、何よりルカの頼みだ。
断る理由もないので承諾したリズリーだったが、ルカが理由を言わないことが気になった。
(もしかして、この場で言いにくいことなのかな?)
ジグルドやゼン、多くの団員たちがいる研究室。
ただでさえ婚約者の二人は温かい目で見られることが多いため、リズリーは詮索しないほうが良いだろうと判断した。
「それじゃあ、また声を掛ける」
「はい、分かりました」
午後から何が待っているんだろう?
気になりながらも、リズリーは一旦意識を仕事に戻して、手を動かした。
◇◇◇
昼食をとってからルカに連れてこられたのは、屋敷内にある衣装部屋だった。
多くの衣装はもちろんのこと、小さなテーブルに革張りの座り心地の良さそうなソファー、部屋の一角には試着するスペースも備えられている。
一緒に入室したシルビアは、ルカの目配せにコクリと頷いてから、リズリーをずらりと並ぶドレスの前まで案内した。
「わあ……! 素敵なドレスがたくさん! って、そうじゃなくて。ルカ様、どうして私をここに……?」
ドレスからルカに視線を移して問いかければ、ルカはさらりと答えた。
「ん? 今度のパーティーで着るドレスが必要になるだろう? 前にオーダーしておいたパーティードレスが昨日届いたから、気に入るものがあるか見てもらおうと思ってな」
「!? 待ってください……! ドレスなら以前にたくさんいただきました!」
さあっと顔を青ざめさせるリズリーに、ルカはため息をついた。
「たくさんじゃない。お前があまりにも申し訳無さそうにするから、最低限しか見繕ってないだろうが」
「うっ……」
ルカの発言に、シルビアは深々と頷く。
元来リズリーは術式オタクの気質が強く、あまり自分を着飾ることに興味がなかった。
もちろん、美しい物自体は好きだし、綺麗なドレスや華やかなアクセサリー、可愛らしい靴を身につけると気分は向上する。
だが、それも手元にあるドレスで十二分だったというのに……。
「リズリー様、お気持ちはお察しします。が、以前のドレスはパーティーに着ていくにはやや華やかさが足りないものが多いのです。アウグスト公爵家当主の婚約者たるもの、パーティーに似合う、一流のドレスを着ていただかないと」
「それは、そうかもしれないけれど……」
シルビアの言うことがもっともなのは分かる。
かりそめとはいえルカの婚約者として、美しいドレスでパーティーに参加するのは大切な仕事の一つだ。
(けど私は、この屋敷に張られている結界の外に出たら、皆に嫌われてしまうのに……)
どれだけ美しいドレスで着飾ろうと、凛とした振る舞いをしようと、囁かれるのは悪口と嘲笑ばかりだろう。
リズリーは当事者として、誰よりもそのことが分かっている。だからこそ、自分が着るドレスで出費させてしまうのはとても心が痛んだ。
しゅん……と眉尻を下げるリズリーに、ルカは空色のドレスを一着手に取り、それを彼女の体に合わせるようにして口を開いた。
「やはり、よく似合うな」
「ルカ様……?」
「リズリー、何もお前が気に病むことはない。パーティーに必要だからという理由が半分、もう半分は俺が着飾ったリズリーをまた見たいと思っただけだからな」
「……っ」
顔はいつもと変わらないのに、黒髪から覗く耳を真っ赤にするルカを見て、リズリーの体温は急激に上がった気がした。
まるで風邪がぶり返したかのようだ。そうではないとリズリーが一番よく分かっているけれど、満足げに微笑んでいるシルビアの顔を横目に見ると余計に恥ずかしくて、むしろ風邪ならば良かったのにと思ってしまう。
「わ、分かりました……。ルカ様、たくさんご準備してくださって、ありがとうございます……っ」
「ああ」
「ですが、こんなにたくさん揃える必要はなかったのでは……? 今回のパーティーでは一着しか着ませんし、これらのドレスは普段用にするには不向きですし……」
ルカはきょとんとしてから、さも当たり前かのように言い放った。
「今回着ないドレスはまた今後のパーティーで着れば良いだろう?」
「……!?」
「社交はあまり好かないが、今後も参加しなければならないものがあるだろうからな。婚約者として頼むぞ、リズリー」
リズリーは緩む頬を隠すために咄嗟に顔を下に向け、その上でコクコクと頷く。
表情筋が言うことを聞いてくれないのは、ルカの発言のせいだ。
(今、今後って言った……)
リズリーの呪いが解けたら、もうかりそめの婚約者ではいられない。
同じ屋敷にいるのはもちろん、もう頻繁に会うこともないだろう。
呪いを早く解きたい、クリスティアを早く助けてあげたい。そう思いながらも、未来の見えないルカとの関係に、リズリーは胸を締め付けられていた。
だというのに、ルカが『今後』なんて言うから、つい期待してしまう。
(ルカ様が、私と同じように思ってくれていたら……。って、だめだめ。それは期待しすぎというものよ、リズリー)
自らを諌めれば、自然と緩んだ頬ももとに戻る。
顔を上げれば、「では早速!」とシルビアが試着の準備を始めたので、リズリーもそれに続いたのだった。
「ふぅ……。無事ドレスが決まって良かった」
リズリーのドレスが決まったのは、試着を初めて二時間が経った頃だった。
シルビアに試着を手伝ってもらい、ドレス姿をルカに見てもらうという方法を取っていたのだが、どれを着てもルカは「似合っている」と褒めてくれるので、なかなか決められなかった。
結局、初めに着た空色のドレスが一番良く似合っているのではないかとリズリーとシルビアの意見が一致し、ドレス選びは終わりを迎えた。
その後、ドレスに似合う靴、髪飾りも既に選び終え、あとは首元のアクセサリーを決めるだけとなった、のだけれど。
「リズリー、疲れているところ悪いが、渡したいものがある」
「はい、何でしょう?」
シルビアに一旦退室を命じたルカは、懐から手のひらサイズほどの長方形の白い箱を取り出した。
その箱には、王家の紋章らしきものが刻まれている。
(な、何だろう……?)
緊張の面持ちでいると、ルカはその箱を開き、中には入っていたそれを取り出した。
「これを受けとってくれ」




