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47話 その罪は、重く、深い

 

 リズリーを起こしてしまわぬよう、ルカは慎重に扉を閉めて、彼女の部屋を出た。


 仮眠程度しか眠っていないが、すっかり目が冴えてしまっている。

 これまでの経験上このまま自室に戻っても眠れないだろう。


「……少し歩くか」


 勝手知ったる屋敷だ。ぼんやりしながら歩いていても迷うことはない。 

 静かに歩けば屋敷の者たちを起こすこともないだろうと、ゆったりとした歩調で足を進めれば、着いたのは屋敷と第二魔術師団の研究施設を繋ぐ渡り廊下だった。


 屋根はあるが壁がないそこは、邪魔されることなく風が吹き抜ける。決して薄着をしているわけではないのに、肌がぶるりと震えた。


(あまり長居すると風邪を引いてしまいそうだな)


 あれだけリズリーには無理をするな、心配するからと言ったのに、張本人が風邪を引いては元も子もない。

 眠れないにしろ早く部屋に戻らなければと思うのだが、この冷たさが今のルカにはちょうど良かった。


 眠りにつく直前、朦朧とした意識の中で弱々しい言葉を吐き出し、涙を流したリズリーを見て、酷く乱れた心を落ち着けるためには──。


「リズリー……」


 ぽつり。かりそめの婚約者の名前を呼んだ自分の声は、まろやかなものだった。

 笑顔や、夢中で術式を描いているところ、恥ずかしそうに顔を赤くするところや、誰かのために必死になる一生懸命なところ。そんなリズリーを思い出すと、自分でも恥ずかしくなるくらいの声が出るらしい。

 我ながら呆れるほどに惚れているのだな、とまざまざと自覚させられる。


 だからこそ、先程のリズリーの本音には、胸が痛んだ。


(あいつは、あまり弱音を、本心を吐かない。俺に気を遣ってなのか、もとからそういう性分なのかは分からないが……)


 そのことを、ルカは少し寂しいと感じていた。リズリーに頼られていないのだと、突きつけられるように思えたから。


 けれど、実際それを耳にした今は、そんな浅はかな考えはどこかへ行ってしまった。


(……愛する家族に、突然嫌われる)


 優しい母にしっかり者の父、明るい妹。ミリアムが呪われたことで家族内がギスギスしたこともあったが、それなりの愛情を受けて育ったルカは、リズリーの辛い思いが痛いほどに分かった。


 当たり前だった「おはよう」が無視され、これまで皆で囲んでいた食事が一人きりになり、最も愛する家族に憎しみの籠もった目を向けられる。


 そんな生活を三年続けて、リズリーの心はどれだけ痛み、すり減ったのだろう。


(……早く、昔みたいに戻りたい、か)


 それは先程、リズリーが吐露した言葉だ。

 そんな些細で、当たり前の望みをリズリーはどれだけ持ち続けてきたのだろうと考えたら、鈍器で殴られたみたいに、胸が苦しくて、痛くて──。


「ユラン・フロイデンタール」


 言葉では表せないほどの怒りが、ルカの心を支配した。

 リズリーは、ユランが呪いの首謀者だと信じたくないようだった。リズリーの中には、ルカの知らないこれまでのユランとの宝石みたいな思い出があるのだろうから、彼女の気持ちは分からないでもない。


(だが、俺は……)


 ユランが呪いの首謀者であるという証拠があるわけではないが、おそらく間違いはないだろう。状況が全て、ユランを黒だと示している。


 幼い頃からリズリーの側にいたはずなのに、リズリーがどれだけ姉のクリスティアを、そして家族を、術式絵師という仕事を大切にしているか知っているはずなのに。

 それを全て壊したのであろうユランを、ルカは憎まずにはいられなかった。


(何故リズリーを呪った。……何故、リズリーを傷付ける)


 ギリリ、と奥歯を噛み締めれば、研究施設に伸びる通路側から足音が聞こえてきた。


「よう、ルカ」

「……ジグルド」

「今にも人を殺しそうな面して、どうしたんだ?」


 ジグルドは昨日、自身の屋敷に帰るのが面倒だと言って、研究室の隣にある仮眠室で寝泊まりしていた。

 仮眠室にあるのは、体格が大きな男には少し小さなシングルベッドしかない。


「ベッドが小さくてよく眠れねぇんだよな〜」といつぞやジグルド愚痴っていたので、きっとこんな朝早くにここにいるも、そういう理由なのだろう。


「というか、えらく早いな。眠れなかったのか?」

「昨晩、リズリーが体調を崩してな。さっきまで看病していたんだ」

「! リズリーちゃんは大丈夫なのか?」

「ああ。すでに医者には診せた。風邪らしいから、少し休ませてやれと言われた」

「それなら良いが……。お前が怖い顔してってから、てっきり症状が重いのかと思った」


 ジグルドは安堵の表情を浮かべてすぐに、「ん?」と小首を傾げた。


「夜通し看病って……。お前、夜の密室に、リズリーちゃんと二人きりで過ごしたってことか!?」 

「だから看病だ。……って、おい。何故そんなにニヤニヤしているんだ、ジグルド」

「いやぁ、なんかいやらしいなぁと思ってさ」

「は? お前は看病って言葉を知らないのか? それとも、一週間はまともに寝られないくらい大量の仕事を振られたいのか?」


 背後にグォ……! という音が聞こえそうなほどにルカは怒気を滲ませる。

 ジグルドは「冗談だろ!?」と焦って弁明し、ルカの機嫌がおさまるのを待ってから、再び口を開いた。


「まあ、何にせよ、ルカは早く寝ろよ。俺ももうちょい寝るし」


 仮眠室へと戻るように元の道を引き換えたジグルドは、数歩歩いたところで、はたと足を止めた。

 足音でそれを察知したルカは、視線だけジグルドの方へ移した。


「お前が何でそんな怖い顔してるか、理由は知らねぇけど、大方リズリーちゃん絡みだろ?」

「…………」

「なら、さっさと寝て、その怖い顔はちょっとはどうにかしろよ。リズリーちゃんがお前のそんな顔見たら、多分……いや、絶対心配するぞ」

「……分かってる」


 ルカの返答に納得したからなのか、ジグルドはここに来た時よりも、やや弾んだ足取りで仮眠室へと歩いていく。


「無駄に察しのいい奴め」


 ルカは先程までの表情とは一転してくつくつと笑ってから、自室へと足を進めた。

 肌は少し冷えているけれど、この分から風邪を引かずに済みそうだ。

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