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46話 おでこと、おでこ

 

 ◇◇◇



「ん……?」


 薄っすらと目を覚ましたリズリーは、僅かな光が差す窓の方を見つめた。

 カーテンの隙間から漏れる光は、朝と断定するにはやや弱い。夜から朝に切り替わる頃だろうか。


 ぼんやりとそんなことを思っていると、肌触りがよく、人肌に温まったシーツが全身を包んでいることに気付いた。


「えっと……?」


 少し動くと軋むスプリング、見慣れたカーテン、家具。ここが自室で、ベッドの上にいるというところまでは理解できた。


 しかし、昨夜は自分で自室まで歩いてきた記憶がない。どころか、研究室でルカと話していたあたりから、すっぽりと記憶が抜け落ちてしまっている。


「確か、ルカ様が私の体調を心配してくれて、熱があるんじゃないかって言われて、それから──……」

「んん……」

「!」


 一人だと思っていたリズリーは、突然聞こえた自分以外の気怠く、低い声を目を見開いた。

 なんだか聞き覚えのある声だ。それも、とても近くから聞こえた気がする。


 リズリーは、まさか……と思いながら、上半身を起こしてベッドサイドに目をやった。 


「リズリー……? 起きたのか」

「ルカ様……!?」


 そこには、膝を床につけ、ベッドにもたれ掛かるようにしているルカの姿があった。気怠げな声と目を細めている様子から、起きたばかりなのだろう。


(もしかして、私の声で起こしてしまった!?)


 と、リズリーはそんなことを思う一方で、何故ここにルカがいるのだろうと動揺を露わにした。

 目を丸くしながら「え? え?」と驚くリズリーの姿を見たルカは、一度両腕を天井に向けて伸ばしてから立ち上がる。

 ふう、と息をついたルカは、そっと腰を折ってリズリーとの距離を詰めた。


「おはよう、リズリー。熱はどうだ?」

「ひゃいっ!?」


 ルカの大きな手に前髪を上げられたと思ったら、ぴたりとくっつく額と額。

 自分より低い温度のそれに気持ちいいなんて感情が芽生えるよりも先に、予告なくルカの顔が近付いて来た上に、額で熱を測られるという状況に、リズリーは羞恥心でいっぱいになった。


「ル、ルカ様……っ!?」

「……よし、少しはマシになったみたいだな」


 慌てるリズリーに対して、ルカは冷静に、そして端的にそう述べて額を離した。


「一応、昨夜のうちに医者にリズリーを診てもらった。疲労や寝不足から免疫が落ちたことによる風邪症状だろうとのことだ」

「えっ、あ、風邪、ですか?」

「ああ。休養を取ればすぐに良くなる。体内の菌やウイルスに関しては魔法では対象できないから、しっかり休めよ」

「分かりました。ありがとうございます。……って、そうではなくて!」


 体の調子から、ルカの言う通り風邪を引いているのだろう。寝起きとはいえ、そこは理解した。

 しかし、未だに昨夜の途中から記憶が抜け落ちてしまっているリズリーとしては、自分の症状よりも、この状況についての説明が欲しかった。


「どうして、ここにルカ様が……? おそらく、かなり早い時間ですよね? それと、昨夜は途中から記憶がなくて……。もしご存知でしたら、そのあたりも教えていただけると嬉しいのですが……」

「ああ、そういうことか。昨夜は、研究室で倒れたリズリーを俺が部屋に運んだ」

「え!?」


 大きな声で驚くリズリーに、ルカは「まだ早い時間だ」と諌めるように言って、自身の口元に人差し指を当てる。


「それから医者に診てもらって、熱で苦しむお前を一人にするのはどうかと考えた俺は、看病がてらこの部屋で世話になった。……少し眠ってしまったがな」

「つ、つまり、ルカ様は私をこの部屋に運んでくださった上に、夜通し看病をしてくださったんですか……!?」

「まあ、そんなところだ」


(そ、そんな……!)


 あまりの申し訳なさに、リズリーはぐぐっと眉尻を下げた。

 これまでもルカに世話になりっぱなしの自覚はある。その上、意識を失ったところを運んでもらい、夜通し看病させるなんて笑い話にもならない……。


「申し訳ありません……。大変ご迷惑を……」


 謝罪するリズリーの、汗をかいてややしっとりした前髪にルカは手を伸ばす。

 突然のことに驚いたリズリーはぴくりと体を揺らしてからそろりと顔を上げた。


「何にでも一生懸命なところも、他人のために頑張れるところもリズリーの長所だ」

「!」

「倒れたお前を運ぶのだって、看病だっていくらでもしてやる。だが……無理をしすぎるな。心配するだろう」

「……っ」


 ルカはそう言うと、リズリーの前髪から手を離し、彼女の肩を優しく押した。

 リズリーは再びベッドに沈む。

 先程よりも少しひんやりとしたシーツは心地良いはずなのに、ルカの優しさに触れたせいか、胸は炎が宿ったように温かい。


「分かったか? 本当に無理をしないといけない時は、俺を頼れ」

「はい……っ、申し訳ありません……」

「そういう時は、ありがとう、だ」

「ありがとうございます、ルカ様」


 リズリーがふにゃりと微笑めば、ルカは満足そうに微笑んで、彼女の肩まで布団をかけた。

 そして、事前に用意しておいた水が張られた桶に術式を発動させる。

 桶の中の水が程よく冷えたのを確認したルカは、そこに手ぬぐいをくぐらせて絞り、そっとリズリーの額への乗せた。


「気持ちいいです……」

「マシになったとはいえ、まだ熱があるからな。あとで食事と薬も用意するから、まだ寝ておけ」

「はい……」


 優しさと心配が混じり合ったルカの表情や声色。

 リズリーがコクリと頷いた頃には、眠気がすぐそこまで来ていた。


(そういえば、昔風邪を引いた時……)


 そしてリズリーは、現実と夢の狭間で、自分が幼かった頃に体調を崩した時のことが頭を浮かんだ。


(お父様とお母様とクリスティアお姉様も、こうして看病してくれたな……)


 滋養強壮を考えて食事を作ってくれた母に、リズリーが淋しくないようにぬいぐるみを沢山持って部屋まで来てくれた父、早く元気になってリズリーの術式を見せてねと笑うクリスティア。


 それは、呪われていたここ三年間では信じられないほどの、幸せな記憶。


「お父様、お母様……クリスティア、お姉様……早く、昔みたいに、戻りたい……」

「……!」 


 目を瞑りながら嘆くように呟くリズリーに、ルカは切なげに眉を顰めた。


(けれど、そのためには呪いを解かなければいけない……)


 そして、現状から考えると、呪った犯人はユランである可能性が極めて高くて──。


「……ふっ、う……っ」

「リズリー……?」 


 リズリーは頬には、一筋の涙が伝う。

 ルカはそれを目にすると、拳をぎゅっと握り締めた。


「ユラ、ン……違うって、言って……っ」

「……!」


 ユランを疑っている気持ちは、リズリーの中に確かにある。でも、それでも……。


「信じ……たいよ……」

「…………」


 子どもじみた希望を抱いてしまうのは、風邪で気が滅入っているからなのか。

 熱でうまく感情が制御できないからなのか。

 それともルカの優しさに当てられたせいなのか。

 リズリー自身にも、それは分からなかった。


「ルカ、さま……」


 ただ、完全に夢へと誘われる一歩手前。

 涙を拭ってくれた手から伝わる優しさに、クリスティアや家族、ユランへの思いとは別に、抑えていたはずのルカへの思いが込み上げてくるのをリズリーは感じた。


(叶わない恋だと分かっているのに、この思いには蓋をしなきゃと思っているのに、もっともっと好きになってしまう……)  


 ──ああ、なんて残酷なんだろう。

 リズリーの意識はそこで、完全に夢へと誘われた。

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