45話 気持ちの整理
──ユランが呪いの首謀者である可能性が急浮上した日から十日経った。
祝勝パーティーまでは、あと二十日。
リズリーは研究棟内で術式絵師としての仕事に励みながら、パーティーに向けて着々と準備を進めていた。
「今日も頑張らないと……!」
以前、ルカとの話し合いから、クリスティアの洗脳魔法を解くことがまず第一だという結論に至ったリズリーは、既に洗脳魔法を解徐する術式を描けていた。
洗脳魔法が以前からあることと、解徐の術式も既に構築されていることから、難しいことではなかった。
解徐に際して最も懸念である膨大な魔力量を協力者であるルカが有していることから、ルカとクリスティアが接触さえできれば、洗脳魔法を解くにあたって大きな問題はないだろう。
パーティーにはクリスティアも参加するため、接触を図るという点においても、いくらでもやりようはある。
(洗脳魔法が解けたら、お姉様にはユランとの代償契約を破棄してもらわなきゃ)
そうすれば、クリスティアとユランの魔法間での結び付きは全てなくなる。
リズリーは相変わらず呪いを受けたままだが、クリスティアをルカの屋敷に張られた結界内に連れて来ることさえできれば、呪いに干渉されることなく話をすることもできるだろう。
(お姉様……もう少しだけ待っていてね。絶対に洗脳魔法を解いて、代償契約が破棄できるようにするから。そうしたら、昔みたいに……いっぱい、お姉様とお話ししたいな……)
しかし、うまくいくことばかりではなかった。
クリスティアの件はある程度目処がたったのだが、問題はリズリーにかけられた呪いについてだった。
リズリーの呪いの術式が分かり、その術式をルカが記憶しているというところまでは良かったのだが……。
「うーん……」
太陽はすっかり姿を消し、既に時計は深い夜を指している。
そんな中、リズリーは未だに研究棟の一室に引きこもっていた。
「やっぱり、これだとうまく術式が発動しないよね……」
日中に第二魔術師団から任された仕事をこなし、夕食を食べてから研究棟に戻る。
そして、自身の体力が持つ限界まで解呪の術式を模索し、ほんの二時間程度だけ仮眠をとって、また日中の仕事に戻る。リズリーはこんな生活を、もう十日も続けていた。
「どの付与を組み合わせれば、思ったような効果が発現するのか分かっていたつもりだったけれど、やっぱり呪いに関しての術式だと一筋縄じゃいかないみたい……」
実のところ、自身の呪いを解くためだけの術式ならば、数日前に完成している。
しかし、今、その解呪の術式を発動すると、代償契約のせいでクリスティアが呪い返しを受ける可能性が非常に高いため、解呪は行っていなかった。
──そう。再三だが、クリスティアの件さえ片付けば、いつでも解呪できる手筈は整っている。
あとは、祝勝パーティーを待つだけのように思えたのだが、リズリーにはまだ、やらなければいけないことがあった。自分で望んで、決めたことだ。
だから、リズリーは今もこうして机に向かい、魔法紙にペンを走らせている。
「絶対、諦めない」
手元を照らすオイルランプの炎が、ぼんやりと揺らめく。
寝不足で視界が霞んでいるのだろうか。
限界の一歩手前のリズリーに、正解は分からなかった。
ただ……炎のぼんやりとした輪郭を見ていると、何故かユランとのこれまでの日々が頭を支配した。
「ユラン……どうして……」
ユランは、本当に優しい人だった。いつでも笑顔で、穏やかで、呪いなんてものとは無縁の──正反対の人物のように思っていた。大好きな、従兄。
(ユランが私を呪うほど憎んでいたなんて……信じたくない。でも……)
これまでの話をすり合わせると、リズリーを呪った犯人はユランとしか考えられなかった。
今はまだ可能性の段階だけれど、パーティーの日になれば呪いの犯人が本当にユランなのかはっきりするかもしれない。
それがまだ、リズリーの不安を掻き立てた。
(本当に犯人がユランだったとしたら……これまでの日々は、何だったの……?)
これまで過ごしてきた日々は、ユランにとって苦痛だったのだろうか。見せてくれた笑顔は、偽りだったのだろうか。
今までリズリーが見てきたユランが、本当のユランなのか。
リズリーは羽根ペンを持ったまま、未だにゆらゆらと揺れる炎に視線をやる。
(……それに、ユランが呪いの首謀者だった場合、どうして洗脳魔法の対象者をクリスティアお姉様にしたんだろう)
分からないことが多すぎて、考えがまとまらない。
それでも、はっきりしていることがある。
もしも、ユランが本当に呪いをかけた首謀者ならば、その選択肢を選んだ理由を知りたい。
たとえそれが、どれだけ自分を傷付けることであったとしても。リズリーにとって、ユランは大切な人だから。
「リズリー」
「!」
考え事をしていたため、ノックの音に気付かなかったのだろう。
いつの間にか扉の前にいたルカに、リズリーは目を見開いた。
「やはり、まだここにいたのか」
「ルカ様……」
「何度も言ってるだろ。あまり無理はするなって」
「分かってはいるんですが、その、いてもたってもいられなくて……」
リズリーが困ったように笑うと、ルカは反対に苦虫を噛み潰したような顔をして、彼女のもとに近付いた。
「あれを完成させることができるのがリズリーしかいないことは分かってる。だが、いくらなんでも無茶しすぎだ」
ルカはそっと手を伸ばし、リズリーの目の下を優しく撫でた。朝に化粧で隠したが、おそらくこの時間だと隈が見えてしまっているのだろう。
ルカの長い指に触れられると、心臓が激しく脈を打つ。こんな静かな部屋では、鼓動が聞こえてしまうのではと不安になるほどに。
「ご心配をおかけして、本当にすみません」
謝るものの、「はい」とは言わないリズリーに、ルカはリズリーから手を離し、ため息を漏らした。
祝勝パーティーまでの間、リズリーがユランやクリスティアに関することに集中できるよう、ルカは第二魔術師団の仕事を手伝わなくても構わないと言ってくれた。
しかし、リズリーはそれを断った。せっかく請け負った仕事は最後までやりきりたいとか、ルカやジグルドたちの助けになりたいとか、忙しいことには慣れていて体力はある方だからとか、そんな理由を言った気がする。
結果、あまりにリズリーが必死に言うので、ルカは承諾してくれた。できるだけ無理はするな、という命令付きで。
できるだけ、というあたり、リズリーが無理をしないという考えはルカの中になかったのだろう。
頭を下げたままのリズリーに対して、ルカは自身の髪の毛を無造作に乱すと、おもむろに口を開いた。
「ジグルドやゼン、シルビア……屋敷の者も団員たち……皆がお前を心配している。もちろん、俺もだ」
顔を上げれば、これ以上ないくらいに心配げなルカの瞳が目に入る。
ルカへの気持ちには蓋をしたはずなのに、彼を前にすると簡単に空いてしまいそうになるから恐ろしいものだ。
「……っ」
そんなリズリーの内心など関係ないというように、ルカの手が再び伸ばされる。
今度は手のひら全体で優しく頬を撫でられ、リズリーは緊張と羞恥と困惑から、はくはくと口を開いては閉じてを繰り返した。
「お前……」
「いえ、あの、これは、少しびっくりしているだけで」
自分の気持ちに勘付かれてしまったのかもと焦るリズリーだったが、ルカは驚いた顔を一瞬見せたあと、すぐに彼女の額に手を伸ばした。
「リズリー、お前、熱があるんじゃないのか?」
「えっ……?」
言われてみれば、体が熱いかもしれない。
さっきは寝不足で視界が霞んだのかと思っていたが、もしかしたら熱に侵されていたのだろうか。
(あ……これ、だめだ)
熱を自覚すると、途端に体が悲鳴を上げ始める。
「リズリー!」
ルカが必死に呼んでいる声を聞いたのを最後に、リズリーはその場で意識を手放した。




