44話 二人は異なった理由で蓋を閉じた
おそらく、今までならばジグルドの発言にそれほど過度な反応はしなかったのだろう。
けれどこのときは何故か、ひょっこりと現れたジグルドの発言にこれ以上ないくらい顔を真っ赤になったリズリーは、「イチャイチャなんてしていません!」とだけ答えて、咄嗟に走り出していた。
「おい、リズリー!」
「申し訳ありませんが、失礼いたします!! 少し頭を冷やして参ります!!」
それからリズリーは一心不乱に庭園を駆けると、薔薇で作られたアーチの下で息を整えた。
ついでに冷静さも取り戻し、誰に聞かせるわけでもなく、ポツリと問いかけた。
「ジグルドさんったら、私とルカ様がイチャイチャしているように見えたのかしら……?」
名ばかりの婚約者だと言うのに、あんなことを言われてルカに申し訳無い。そんなふうに思うというのに。
「何で嬉しくなってるのよ。……私、やっぱり最近変だ」
主にルカに対して、感謝とか、尊敬以外の感情が芽生えているような気がしてならない。
そしてリズリーは、その感情の名を、もう気付かないふりは出来なかった。
「……ダメダメ。今はそんなこと考えている余裕はないもの。クリスティアお姉様のためにも、自分のためにもしっかりとやることはやらないと」
リズリーはブンブンと首を横に振って、浮ついた感情を胸の奥に追いやる。
「そうよ、ルカ様は気にしなくて良いと言ってくれているとは言え、私が呪われたままじゃルカ様の評判に傷を付けてしまう。早く呪いを解いて、婚約者としてルカ様にご迷惑をお掛けしないよう──」
しかし、その瞬間だった。
自分を戒めるよう言い聞かせた言葉だったというのに、リズリーはルカとの約束を思い出してしまったのだ。
リズリーの呪いが解けたら、婚約を解消するという、そんな約束を。
「そっ、か……呪いが解けたら、もう、ルカ様のお側には居られない……あはは、私ったら、そんな大事なこと忘れていたなんて……あ、はは……私の、バカ……っ」
全身の力が抜け、ドサリと両膝をついたリズリーは、両手で顔を覆い隠した。
「私って、本当に、バカで、最低……っ」
呪われた日々は、本当に辛かった。大好きな姉や家族、信頼していた職場の人間に嫌われるのは心が抉られるようだった。
その犯人が信じていたユランかもしれないなんて、なおさら苦しくて、代償契約を結ばされているのだろうクリスティアのためにも、術式絵師としてやらなければいけないことは沢山あるというのに。
──それなのに。
「ルカ様の側に居られないなら、このまま呪われたままで良いかもしれないと考えてしまった私は……っ、本当に、最低だわ……っ」
いつから、自身にとってこれほどルカの存在が大きくなったのだろう。失いたくないと、離れたくないと思うようになったのだろう。
──いつから、こんなにも尊くて、それでいて醜い感情が自身の中で芽生えたのだろう。
「こんなのは、だめ……」
呪いを解く手伝いをしてもらうばかりでは申し訳ないからと提案された仮初めの婚約者という立場なのに、本物の感情を抱くことなど、ましてや伝えることなんて許されるはずもない。
「そう、許されないんだから──……」
──だから、蓋をしなければ。
ルカのことを困らせたくないし、これ以上自身の中にある醜い感情を思い知りたくもない。
呪いを解いて、ルカにありがとうを伝えて、潔く彼の元を離れられるように、この思いには。
「しっかりと、蓋を、しなくちゃ……っ」
人生で初めて恋心を自覚したリズリーは、直後自身の恋心にきつくきつく蓋をした。
──何故なら私は、名ばかりの婚約者なのだから。
◇◇◇
一方その頃ルカといえば。
研究のことで少し聞きたかった事があるからと訪れたジグルドにその説明をしたルカは、ユランやクリスティア、慰労パーティーについてのことを話していた。
「……なるほど。まあ、色々とあったものの、呪いを解く算段はついたってところか」
「ああ、そうだ。……だから、リズリーは色々と忙しくなるだろうから、仕事の方はあまり頼り過ぎるなよ」
油断すると、ジグルドは直ぐにリズリーに頼ろうとする。
リズリーも人が良いため全て仕事を請負おうとするので念のために釘を刺せば、流石のジグルドもことが事なので愚痴を漏らすことはなかった。
「分かったって。けどさ、お前はこのままで良いわけ?」
「は? 何のことだ?」
「だから、リズリーちゃんの呪いが解けて良いのかって聞いてんだよ」
質問の意味が分からずジグルドに聞き返せば、「呪いが解けたら婚約解消するんじゃねぇの?」と言われ、その返答にルカは僅かに目を見開いた。
「そう言えば、そうだったな……」
「良いのか? リズリーちゃんのこと好きなくせに」
「………………。は?」
「んん?」
二人の間を、刹那の静寂が包み込む。
それを打ち破ったのは、「待て待て待て待て!!」と叫びながら顔面蒼白になったジグルドだった。
「ルカお前……無自覚だったのかよ!? リズリーちゃんにだけすっげぇ優しいし、俺に嫉妬してたくせに!!」
「……確かに、リズリーのことは素晴らしい術式絵師だと思っているし、努力家なところや優しいところ、ミリアムや両親とすぐに打ち解けてくれたり、笑顔が可愛かったり、照れ屋なところも人の為に一生懸命になれるところも大変好ましいし……何故か俺以外の男が彼女に触れると苛立つこともあるし、ときおり物凄く抱き締めたくなるが……そういう感情では──」
「いやもうそれ好きじゃん。無自覚こっわ!!」
ジグルドの言葉に、再びルカからは「…………は?」という乾いた声が漏れた。
(俺が、リズリーのことを好き……?)
自問自答すると、何故かその言葉胸にストンと落ちてきた。
そしてルカは、それを改めて口に出すのだけれど。
「──俺は、リズリーのことが好き」
「……どう見てもそうだろうがよ。例えば俺がリズリーちゃんと結婚したいっつったら、お前どうすんだ?」
「は? お前を殺す」
「はい即答!! 流石に好きなの自覚したかよ!?」
流石にここまで来ると、ルカも自身の感情を見て見ぬふりすることは出来なかったらしい。
腕を組みながらじっと考え込んでから、コクリと頷いた。
「ああ、俺はリズリーが好きだ。やっと自覚した」
「はぁぁぁ……。俺が言ってなかったらずっと自覚してなかったのかと思うと恐ろしいわ。……んで、気持ちは伝えねぇのか?」
ガシ、と肩を組んできたシグルドの腕を、ルカは鬱陶しそうに引き剥がす。
「いてててっ」とわざとらしく叫ぶジグルドに対して、ルカは呆れたような目を向けてから、冷静な声色で呟いた。
「伝えるわけがないだろう。今リズリーは姉やユラン・フロイデンタール、呪いに関することで頭がいっぱいのはずだ。余計なことを伝えて、リズリーを混乱させたくない」
「なるほどな」
「だから、全てが落ち着いてから気持ちは伝えるつもりだ。本当の婚約者になって欲しいとな」
先程まで無自覚だったとは思えないほど、清々しくそう言い放つルカに、ジグルドは口を大きく開いて笑う。
そして、ルカを見つめながらポツリと呟いた。
「ルカの場合……好きだって言わなくても行動に出そうだけどな」
「何か言ったか?」
「いんや、何にも」
その会話を最後に、ルカは休憩は終いだと言って立ち上がり、ジグルドと共に研究室へと歩き出す。
「あ、そういや、恋愛童貞卒業おめでとう」
「八回くらい死ね」
「何だよその微妙な数は!?」
そんな他愛もない話をしながら、ルカはリズリーの負担になりたくないからと、一旦自身の感情にそっと蓋をした。
リズリーとは同じ思いなのに、異なった理由で蓋を閉じたルカは、脳裏に愛おしい彼女の笑顔を思い浮かて、穏やかに目を細めたのだった。
〜第一章 完〜
読了ありがとうございました!
ここで第一章完結となります。第二章の更新再開まで、しばしお待ちいただければ思います(T_T)
そして皆様、ここで一つご報告があります!
なんと『呪われ才女』ですが、コミカライズが決定しました!!!!
やったー!皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます(๑˙❥˙๑)♡詳細は後日発表いたしますので、お楽しみに……!
第一章完結祝い、コミカライズ決定祝いに、ご祝儀としてブクマや評価★★★★★などいただけますと、とっっっても嬉しいです(*´ω`*)
ぜひ『呪われ才女』を応援してください♡なにとぞよろしくお願いします……!ここまで読んでくださった皆様に、心から感謝を……!




