37話 あの日の出来事を話そう
結局団員の何人かによってジグルドは医務室に運ばれ、リズリーは自身のテーブルにつくと急ぎの仕事を片付けていく。
(やることが沢山あるわね! けれど、沢山の術式に触れられて楽しい……!!)
満面の笑顔を浮かべながら術式を描いていくリズリーに、そんな彼女の横の席で業務に当たるゼンが話しかけた。
「リズリーさんってさ、ほんとに楽しそうに術式を描くよね」
「嘘、顔に出てる?」
「うん。ほら、団長も見てるよ」
「えっ」
ゼンがそう言ってルカの方を指差すので、リズリーはつられるように指された方向に顔を向けると。
(…………っ、何、その顔)
いつからそんなふうな顔で見ていたのだろう。まるで愛おしいものを見るかのような柔らかな瞳で、こちらを見つめているルカとバチッと目が合ったリズリーは、堪らずそっと顔を背けた。
「リズリーさん、顔赤いよ」
「……ソンナコト、ナイトオモウワ」
「何でカタコト? 別に婚約者なんだから、見つめられてもおかしくないのに」
ゼンがさらっと言ったその言葉に、リズリーは「本当の婚約者じゃないもの」と誰にも聞こえないような声で呟いた。
(……痛いな、何だか)
そしてその言葉は、自身の心を抉った。それが何故なのか、リズリーは気付かないふりをした。
「リズリー、まだここに居たのか」
それからしばらく。久しぶりに思う存分術式を描けるからか、ほとんどの時間を仕事に打ち込んでいたリズリーは、ルカの声にパッと顔を上げた。
ルカは公爵としての仕事で午後から外に出ていたのだが、どうやら帰ってきたらしい。
「ルカ様……! お出迎えが出来ずに申し訳ありません……!」
「そんなことは良い。だがもう良い時間だから仕事は切り上げろ」
「……えっと」
そうは言われても、手元にはまだ真っ白な魔法紙が残っている。
まだ仕事をしている団員もいることだし、もう少し術式を描いていたい。何なら一食くらい食事を抜いても問題はないだろうと思っていたのだけれど。
どうやら、そんなリズリーの思考は、ルカにはお見通しだったらしい。
「とにかく今日は終いだ。このままだと、食べるのを忘れて術式を描き続けそうだからな」
「うっ……かしこまりました」
「……それと、食事は一緒に摂ろう。資料の片付けを手伝うから、さっさと行くぞ」
「えっ、申し訳ありません……! 急いで片付けます……!」
──うわぁ……団長、やっぱりリズリーさんにだけやっさしいわぁ。
団員たちはそう思ったけれど口に出すことはなかった。
その代わり、「お前たちはさっさと仕事をしろ」といつもの強面で命じてきたルカに、団員たちは何度も壊れたおもちゃのように首を縦に振ったのだった。
◇◇◇
(さて、早く行かないと……)
ルカと食事を摂ってから湯浴みを済ませたリズリーは、ナイトドレスの上に羽織を着てから、ルカの部屋へと歩いていた。
(今日から夜は自分の部屋で過ごす予定だったけれど……あまり先延ばしにはしてはいけないものね)
というのも、食事の際、ルカがとある話題を出したことが始まりだった。
『リズリー……、お前さえ良ければ、今夜あの話をしよう』
含みをもたせた表現だったが、それが何を示しているのか、リズリーには手に取るように分かった。
ルカの両親が来訪する直前しようとしていた話──三年前、リズリーが呪われたときのことについて話をしようと言うのだ。
──コンコン。
「ルカ様、リズリーです」
「ああ、入れ」
「失礼いたします」
緊張のせいか口をキュッと結んだリズリーは、ルカに促されるまま、この部屋に唯一ある二人掛けのソファに腰を下ろした。
簡易ベッドは既に撤去されているが、昨日までこの部屋で朝まで共に過ごしていたことを思い出すと、何だか気恥ずかしい。
「茶を入れる。何が良い?」
「ルカ様にそんなことはさせられません……! 私が……!」
「良いから座っていろ。好みを言わないなら俺が好きな茶を一緒に飲んでもらう。それとも、俺が入れた茶は飲めないか?」
そんなふうに言われて、これ以上何か言うことができる者なんてほとんど居ないだろう。
リズリーは「ルカ様と同じものをお願いします」と言うと、ルカの横顔をぼんやりと見つめた。
(格好良いな……って、私は何を考えているの!)
今から大切な話をするというのに、最近ルカが関わると、少し思考がおかしくなる気がする。
(ハァ……しっかりしなさい、私)
リズリーは自らを律するように頬を軽くパチンと叩く。
すると、ルカが紅茶をテーブルに置いてから自身の隣に腰を下ろした。
少し寄れば密着しそうな距離感にドキドキしつつも、リズリーはルカが入れてくれた紅茶で喉を潤した。
「美味しいです……ホッとします……」
「そういえば以前、バートンがリラックス効果が高い茶葉だと言っていたな。気に入ったのなら良かった」
それからルカも紅茶を一飲みすると、ソーサーにティーカップを丁寧に置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「リズリー、早速で悪いが、呪いを受けたときのこと、話してもらって良いか」
「……はい。もちろんです」
「ゆっくりで、構わない」
「……!」
そのとき、自身の右手に乗せられたルカの左手。
その温もりに安心感を抱きながら、リズリーは三年前のあのときのことを語り始めた。
「あれは約三年前──私が十五歳になる誕生日の、前日のことでした」




