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36話 必要とされる喜び


 ルカの両親の来訪から一週間が経った午後のこと。


『リズリーちゃん! 貴方は本当に、私達家族の光そのものだわっ! 本当にありがとう……! また会いに来るわね……!』


 数々の別れの言葉の最後は、ルカの母のそんな言葉だった。


 少し寂しさを覚えながらも、ルカと共にミリアムと彼女の両親を見送ると、ルカにポンと頭に手を置かれたリズリーからは「えっ……」と上擦った声が漏れる。同時に、頬がポッと赤色に染まったのだった。


「この一週間大変だっただろう。ありがとう。それと、お疲れ様」

「い、いえ! 大変楽しい一週間でしたわ……!」

「ふ、それなら良かった。俺は仕事に戻るが、リズリーはどうする?」



 ──この一週間、リズリーはミリアムと彼女の母とずっと一緒にいた。


 着せ替え人形になったり、庭園を散歩したり、お茶会をしたり、ただただ部屋でゆっくりと喋ったりなど。


 ルカの婚約者として態度に気をつけたり、ミリアムや彼女の母の体調が悪くならないかを気にしながらのその時間は多少大変だったものの、とても有意義で楽しいものだった。ときおりルカが仕事を抜けて、様子を見に来てくれたのもとても助かったものだ。


「問題がなければ、私もお仕事がしたいです。構いませんか……?」

「ああ、もちろん。あいつら──特にジグルドが、リズリーが居ないと仕事が回らないって愚痴っていたから、手伝ってやってくれ」

「かしこまりました……っ!」

「頼りにしている」


 それからもう一度、ルカにポンと頭を優しく叩かれたリズリーは、一足先に研修室へ向かう彼の背中を見送ると、シルビアと共に一旦自室へ戻った。


 目を瞠るほど美しいドレスに身を包むのは気が引き締まるのだけれど、如何せん働くという点では不向きだったからだ。



「あ〜勿体ないです……こんなに綺麗なのに着替えるなんて〜!!」


 自室に戻ると、そう愚痴るシルビアに、リズリーは少し困ったように微笑んだ。


「確かに綺麗だけれど、ほら、シルビアだって、こういうドレスを着ていたら術式を描きづらいでしょう?」

「それはそうですが……あっ、そういえばリズリー様、先程お手紙が届いておりました!」

「手紙……?」


 着替え終わり、髪の毛もいつものハーフアップに戻してもらったリズリーは、シルビアから手紙を受け取る。

 差出人を確認すれば、ユランからだった。何回かやり取りをしていたので驚きはなかったものの、どんな内容の文なのだろう。


(ふふ、ユランのことだから、きっと私の身を案じた手紙なのは間違いないわよね)


 そんな、優しくて大切な従兄のことを頭に浮かべながら、リズリーはその手紙を一旦テーブルの引き出しへとしまう。

 今日の分の仕事が終わってから、また夜にでも読もうと思ったからである。


(ルカ様のご両親が帰られたから、今日からはまた自室で眠ることになるのよね。それなら、夜にゆっくり読んだら良いわよね。……うん)


 そのとき、リズリーの心の中にはルカと寝所を共にしなくても良くなったことで、もう緊張をしなくて良いのだという安堵が浮かぶ。──けれど、それと同時に。


「どうして、少し……寂しいなんて思うんだろう……」

「リズリー様? どうかされましたか?」


 思うだけに留めるはずが、不意に声に出てしまっていたらしい。

 リズリーは胸の前で両手をブンブンと横に振ると、シルビアに対して笑顔を浮かべた。


「ううん。シルビア、何でもないの。今から研究室に行くわね」

「はい! かしこまりました! お供いたします!」



 ◇◇◇



「リズリーちゃん……もう俺、君なしじゃ生きられない」


 さあ、久しぶりの仕事頑張るぞ〜! と意気込んでいたリズリーだったが、職場に到着した途端、死相を浮かべたジグルドにそう言われ、口をあんぐりと開けた。


「えっと、ジグルドさん大丈夫ですか……? いつもの格好良いジグルドさんが……まるでやせ細ったお爺さんのようなお姿になって……」


 ジグルドもそうだが、何だが周りの団員たちの頬もやや痩けているように見える。テーブルの上の資料の山はいつもより数段高い気もするし、まさに異常事態と言えるだろう。


(皆、何かあったのかしら……)


 心配そうに周りを見回してから、改めてジグルドに視線を移す。

 するとジグルドは、手に持った研究資料を胸に抱きながら、バタリと倒れたのだった。


「リズリーちゃんの大切さを改めて知った一週間だった……一週間居ないだけで、この有様…………あとは、たの、んだ」

「ジグルドさん……!?」


(ジグルドさんからの体から、魂のようなものが抜けていくのが見えような気がするわ……!?)


 それくらい、憔悴しきっているのだろうか。

 何にせよ、とりあえずジグルドを医務室に運んであげないとと思うものの、リズリーだけでは大の男を運べるはずもなく、どうしようかと悩んでいると。


「リズリー、そいつは放っておけ」

「ルカ様……! けれど……!」


 一番奥の団長用のテーブルからこちらまでやって来たルカは、ジグルドに呆れたような一瞥をくれてから、リズリーに向き直った。


「よく見てみろ。寝ているだけだ」

「えっ……」

「リズリーは一週間職場にはほとんど来ないと伝えてあったのに、お前が居るのを想定したペースで研究資料を作っていたら、術式に躓いて結局間に合わず、ここ三日間完徹してこのザマだ。つまり阿呆だ。いつもリズリーに甘えているからこうなる。……まあ、リズリーの術式の知識や描く速さに甘えていたせいで、ここ数日死にかけていたのはこいつだけじゃないがな。……とにかく、あいつらの自業自得をリズリーが気を病む必要はない」


(し、辛辣……っ!)


 ルカの言うのはごもっともだが、ジグルドに対しては本当に辛辣である。

 まあ、それは今に始まったことではないので良いとして。


「──えっと、つまり、私が仕事を抜けていたから、この有様になっている、ということでしょうか?」

「……そうだ。情けない話だが、もうリズリーが居ないと上手く仕事が回らなくなるくらい、俺たちにとってリズリーは無くてはならない存在ってことだ」

「おれ、たち……」


 僅かに頬を朱色に染めたルカが、どこか気まずそうにそう言ってのける。

 その様子がどこか可愛くて、そして、皆に──何よりルカに必要とされているという事実が嬉しくて、リズリーは口元のニヤケが止まらなくなった。

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