35話 二人きりの寝室で、話そうか
ルカとリズリーに対して、『任せて!』と言わんばかりの目配せをしたミリアム。
確かにミリアムはリズリーとルカは相思相愛で、特にルカが溺愛していると勘違いしている節はあったのだが、まさかこんなこと言うなんてリズリーは思わなった。表情からして、おそらくルカもだろう。
とはいえ、ルカの両親たちが婚前でそんなことはいけないじゃないかと言ってくれれば、これ以上大事にはならずに済んだかもしれないというのに。
『そうだったの! 本当はまだ未婚の二人にそんなこと許してはいけないのだけれど、目を瞑っておきましょう』
『まあ、そうだな』』
まさかの彼の両親の発言にリズリーとルカはどうしたものかと思案した。
もちろん、ルカはそんなことはできないと拒絶を示しているけれど、酔っ払いの父には届いていないし、折角元気になった母を落ち込ませるのはこちらとて気は進まない。
一体、この話題をどう躱せば良いだろうか。リズリーたちは頭を悩ませるのだけれど、名案は浮かばなかった。
その代わり、リズリーの頭にはとある懸念が思い浮かんだのだった。
(あまりにも頑なに拒絶したら、ルカ様のご両親に名ばかりの婚約だということがバレてしまうのでは……!?)
──そうして現在。
「あの場でルカ様に相談もなく、一緒の部屋で寝させていただきますと宣言するのは、軽率でした。申し訳ありません……」
「リズリーの考えは分かっているから気にしなくていい。むしろ、発端のミリアムもそうだが……両親を上手く説き伏せられなかったが俺が悪い」
結果的にルカと寝所を共にすることになったリズリーは、部屋の隅っこに立ち尽くしたまま、分かりやすく落ち込んでいた。
ルカが励ましてくれているが、その優しさがむしろ心を抉る。
「申し訳……ありません……」
「気にしなくて良いと言ってるだろ。むしろ、こんなことまでさせて済まないな」
「いえ、それは構いませんが……」
「……そもそも、いつまでお前はそこにいるつもりだ。何もしないから、こっちに来い」
「……っ、は、い」
ベッドの縁に座るルカが手招きをしてくるので、リズリーはどこか覚束ない足取りで彼の近くまで歩いて行く。
自身の隣をポンポンと叩くルカ。おそらくそこに座れと言っているのだろうと、リズリーはおずおずと彼の隣に腰を下ろした。
そんな中、ルカは、少し考える素振りをしてから、ポツリと呟く。
「両親たちが屋敷を出ていくまでは、今みたいに俺の部屋で夜は過ごさないと怪しまれるな」
「……そうかもしれません。ご迷惑をおかけ致します……」
「迷惑じゃない。ただ、あまり緊張されると俺も居心地が悪いから……楽にしてくれ。ほんとに、何もしないから」
「……っ、それは、信頼しております、けれど」
ルカの言う何もしないの意味を理解出来てしまったがゆえ、リズリーは恥ずかしさで頭がどうにかなってしまいそうだ。
(ルカ様が私なんかに手を出さないことは分かっているけれど……! この年になって殿方と同じ部屋で寝るなんてことないから、意識をしないのは無理……っ!)
湯上がりでラフな格好をしているルカの姿も、彼の部屋に二人きりでいるという事実も。ギシ、と軋むベッドが普段ルカが寝ているものだという事実も、リズリーの心を乱していく。
バートンが気を利かせて簡易ベッドを用意してくれてあるので、同じ寝具で眠る心配はないものの、動揺が鎮まることはなかった。
(本当にルカ様と一緒の部屋で眠るのね……っ、緊張して気が休まらない……っ)
そんなリズリーの内心を知らないルカではあるが、彼も気まずさは感じているのか、いつもより口数が多い。おそらくこちらの緊張を解そうという意図もあるのだろうと察したリズリーは、平然としなければ! と思うのだけれど。
「……それで、以前行った新しい実験ではゼンが──」
「ひゃいっ!」
「そのときの術式の知識はリズリーから教えてもらったと言っていて、凄く感謝し──」
「ひゃいっ!!」
「………………」
(だ、だめだわ……! 平然としなければと思えば思うほど、相槌さえまともに打てない……!)
ルカから向けられる視線はひしひしと感じるが、いっぱいいっぱいのリズリーにはそれを確認する勇気はない。
(どうしましょう……! ルカ様に変な女だと思われる……! かと言ってここから逃げ出して、そのことがルカ様のご両親にバレるのもまずい……)
逃げ道もなく、極限の緊張状態に陥ったリズリーの額には大粒の汗が浮かぶ。
しかし、ルカから「術式について色々話を聞かせてくれないか?」と問い掛けられた瞬間、そんなリズリーの態度が一変するのだった。
「そもそも術式というものが生まれたのは今から──それでその人物が──しかも! 術式は人々の生活を豊かにするだけじゃなくて──あ……」
術式のこととなると夢中になって喋り過ぎてしまう……と反省したのは時すでに遅し。
リズリーは窺うようにルカを見つめると、彼は白い歯を見せて笑っていた。
「……本当にお前は、術式のことになると人が変わったみたいになるな。……くくっ」
「……っ」
「さっきまであんなに緊張していたのに、今は……ははっ」
「ルッ、ルカ様笑い過ぎでは……!?」
腹を抱えて笑うルカの姿に、何とも言えない気恥ずかしさが込み上げてくるけれど、それと同時に自身の緊張が解けていくことが分かる。
(そうよね。これから一週間はこうやって一緒に過ごすんだものね。緊張していたって仕方がないわ)
ルカの大笑いにスッと肩の力が抜けたリズリーは、それからルカと穏やかな時間を過ごした。
ルカの家族の話、ここ最近あったジグルドの失敗談や、魔法に関する真面目な話など。それは時間の経過を忘れるくらいに楽しいものだった。
「さて、そろそろ寝るか。俺は簡易ベッドを使うから、リズリーもしっかり休めよ」
「はい、ありがとうございます、ルカ様」
少し前に繰り広げられた簡易ベッド争奪戦に負けてしまったリズリーは、申し訳無さを感じながらもふかふかのベッドに体を滑らせる。
暗闇になれば再び緊張が襲ってきそうになったのだけれど、ふととあることを思い出したので、リズリーは「あっ」と声を漏らした。
「そういえばルカ様、こんな状況でする話ではないのかもしれませんが、一つご報告があります」
「どうした?」
簡易ベッドのスプリングがギシ……と軋む音が聞こえる。
おそらくルカが寝返りを打ったのだろう。リズリーもつられるように体を横に向けてから口を開いた。
「一昨日のことなんですが、呪いの術式が描かれた資料を読んでいたとき、ページが飛んでいる箇所を発見しました」
「……!」
「ルカ様はとても忙しそうだったので、ジグルドさんには報告をしたんですが……ジグルドさんも多忙な様子で忘れている可能性もあるなと思って、今お伝えしました」
「そうか……」
ルカの声色から察するに、おそらくジグルドは伝えていなかったのだろう。
しかし、その割にルカがジグルドに対して怒った様子はない。
つまり、連絡ミスがあっても大したことがないからなのか、それとも──。
「リズリー、そのページが抜けている資料がどれか教えてくれ。他の資料に紛れているのならまだしも──紛失の可能性もあり得るからな。念のために確認したい」
「かしこまりました。では明日、その資料をルカ様のもとにお届けしますね」
「ああ。頼む」
──その会話を最後に、どちらからともなく二人は口を閉じて、部屋には静寂が訪れた。
その沈黙を破ったのは、ルカの「もう寝たか?」という問いかけだった。
「いえ、まだ起きていますよ」
「……そうか。悪いが明日から一週間、母とミリアムのことを頼むな、リズリー」
「はい、もちろんです」
「ありがとう。おやすみ」
「おやすみなさいませ、ルカ様」
カーテンの隙間から覗く月を眺めながら、ルカが真剣な表情で何かを考えていたことなんてリズリーは知る由もなく、深い眠りについた。




