33話 蜂蜜みたいに甘くて蕩ける
そこから、リズリーが連れて来られたのはルカの部屋だった。
黒を基調としたシックな雰囲気の家具が置かれているその部屋は、まさにルカらしい。
ルカに促されてソファに腰を下ろしたリズリーは、窓際に凭れて右手で額を押さえている彼を見つめた。
「済まなかった。急に部屋に連れ込んだりして」
「いえ……それは構いませんが……大丈夫ですか? その、お顔がまだ赤いですが……もしかしてお熱があるのでは」
もしそうなら、今日は休んだ方が良いのではないか。そんな提案をしたリズリーに、ルカは目を泳がせながら、言いづらそうに口を開いた。
「……体調は問題ない」
「そうなのですね! それなら良かったです……! あの、お聞きしたいのですが、どうして私はルカ様のお部屋に連れて来られたので──ハッ!」
尋ねている最中、その答えが分かってしまったリズリーの顔は、一瞬にして真っ青になったのだった。
「申し訳ありません……! 今日はお休みをいただいているのに、用もなく仕事場に顔を出した私に怒っていらっしゃるんですよね!? 皆様の仕事の邪魔をしてしまいましたし……なんとお詫びすれば良いのか……」
「待てリズリー、そうじゃない。そうじゃなくて、だな」
「えっ、そうじゃ、ない……?」
それならば、一体どうしてなのだろう。
皆目見当も付かなかったリズリーがきょとんとした顔で思案していると、ルカはハァ、とため息を漏らす。
それからルカはリズリーの前まで歩いて行くと、見上げてくる彼女の顔をじっと見つめた。
「何故かは分からんが……その姿のお前を、あまり他の男に見せたくないと思ったからだ」
「えっ……つまり、その、私のこの姿は、ルカ様にとって恥だということですか……?」
「……っ、そうではない!!」
「……!」
珍しく声を荒らげたルカに、リズリーの肩はピクリと揺れる。
そんなリズリーを見てハッとしたような顔をしたルカは、小さな声で「済まない」と謝罪をすると、リズリーの前に片膝をついて、今度は彼女を見上げるような体勢になった。
熱を帯びた瞳で見つめてくるルカに、リズリーはごくりと息を呑んだ。
「……綺麗だと、思う」
「えっ──」
「普段からリズリーは可愛いと思うが、今日は格別に綺麗だ」
「や、あの、えっ……?」
予想していなかった蕩けるような甘い言葉に、リズリーの体温は明らかに上昇を見せる。
その上、膝の上に置いてあった手にルカが手を重ねてくるものだから、リズリーの体は先程とは比べ物にならないほど大きく弾んだ。
「何故そんな綺麗なリズリーをあいつらに見せたくないと思ったのかは分からないが……恥だなんて一切思っていないことだけは、分かってくれ」
「そんな……っ、私な──じゃなくて……っ」
つい卑下しそうになったリズリーだったけれど、以前ルカに言われたことを思い出し、一旦口を噤む。
すると、なんだかルカが嬉しそうに微笑んだ気がして、胸がきゅんと高鳴ったのだけれど、今はそれどころではなかった。
「……っ、分かりました、分かりましたから……! その、あ、の……」
羞恥の容量が限界だったのか、リズリーがちらりと重なり合った手と手を見つめれば、ルカはそれに気が付いたらしい。
「……! ああ、済まん。誤解されたくないと思ったら、無意識に……済まない」
「いえ、嫌ではないのですが……恥ずかしくて」
「…………っ」
何やら気恥ずかしい空気に包み込まれた二人は、互いを見つめ合いながらしばらく無言で見つめ合う。
「………………」
「………………」
「………………リズリー」
少し動くだけで布が掠れるほどの静かな部屋。沈黙を破ったのは、今さっきとはどこか違う、ルカの真剣味に帯びた声だった。
「隣に、座ってもいいか」
「……はい、もちろんです」
リズリーの同意を合図に、ルカは彼女の隣に腰を下ろすと、一拍置いてから、おもむろに口を開いた。
「聞き飽きたかもしれないが、ミリアムの解呪に協力してくれて、ありがとう。本当の姉妹のように仲良くしてくれていることにも、感謝している」
「いえ、解呪のことはルカ様のお力があってこそですし、私が好きでミリアムちゃんと仲良くさせていただいているだけですから」
「──なあ、リズリー」
「はい」
少し前屈みになって座っているルカが顔を覗き込んでくるので、リズリーは気恥ずかしさで俯いてしまいたかった。けれど、そうしなかったのは、ルカの声色と表情が真剣で、今から何の話をされるのか、大方の予想がついたからだった。
「俺は本気でお前の呪いを解きたいと思っている」
「……っ、はい」
「……以前は辛そうな様子だったから詳しくは聞かなかったが、呪われたときどんな状況だったのかを教えてくれないか? 解呪の糸口になるかもしれない」
──公爵家に来た日。三年前のあのときのことを口に出すのが怖かった。
辛いなら話さなくても良いというルカに甘えて、リズリーは口を噤んだ。
それから話さなければと思ってもタイミングが合わなくて、今の今まで話さずにいたけれど。今は──。
「私も……話さなければいけないと思っていました」
「…………。俺から提案して何だが、もう大丈夫なのか? 話すのは辛くないのか?」
「辛くないと言ったら嘘になります。……けれど」
ルカのもとに来てから、リズリーはユラン以外の人と当たり前の会話を交わすことができた。明るいシルビアとの日々に、新しい職場での学び、ルカの優しさに触れた。
辛い思いでも苦しい思い出も、全てを思い出さなくなったわけではなかったけれど、その幸せな日々はリズリーを強くしたのだ。
「もう、過去の悲しみから逃げません。ルカ様に全てをお話しします。……聞いていただけますか……?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます……!」
リズリーは一度頭を軽く下げてから、呪われたときのことについて──クリスティアのあのことについて話そうと口を開く。
「あれは、約三年前のことです。私は、お姉さ──」
しかしその言葉は、バァン! という激しく扉が開く音によって掻き消される。
リズリーとルカが同時に扉に視線を寄せれば、そこには「あ、やっちゃったかしら?」と苦笑するミリアムの姿があったのだった。
「ミリアムお前な──」
「ごめんなさいお兄様!! きっと今からイチャイチャが始まろうとしていたのですわね!? ハグにキッスが待っていたに違いありませんわ!? 邪魔をして本当にごめんなさい!! けれど! 急ぎですの! 急いで伝えに来ましたの!! 二人が来ましたのよ!! 私はもう感動の再会を済ませたのだけれど、お兄様とお姉様も早く来てくださいませ……!」
「二人……?」
ミリアムの嬉しそうな、それでいてどこか焦ったような大きな声。そんな彼女の口から告げられた二人とは一体誰なのだろう。
リズリーが分からなくて素早く目を瞬かせると、隣のルカは見当が付いたのか、頭を抱えて「そうか……来たか……来るよな……」とポツリと呟く。
「あの、ルカ様、そのお二方って一体どなたなのですか?」
気になったので口に出したが最後──リズリーは、悩むルカの代わりにミリアムが言い放ったその言葉に、口をあんぐりと開けるのだった。
「私とお兄様の、お父様とお母様ですわっ!!」
「えっ…………!?」




