32話 嫉妬の正体を知ってるかい?
「ルカ様……? あの……?」
そのまま硬直してしまったルカの顔の前で、リズリーはふるふると手を振る。
しかしルカの反応がないのでどうしようかと悩んでいると、自身の後ろにいたミリアムがひょっこりと顔を出して耳打ちをしてきたのだった。
「うふふっ! きっとお兄様、お姉様のあまりの可愛さに驚いているのですわ! やっぱり見せに来て良かったですわね!」
「えっ……いや、あの、そんな訳は……」
これが愛し合った男女ならばいざしらず、ルカにとってリズリーは名ばかりの婚約者だと言うのに。
(そんな嬉しいこと……あるわけ……)
もし本当にそうなら、どれだけ嬉しいだろうか。ほんの少しだけ湧いてきてしまった期待を必死に抑えつけるようにして、リズリーは首を横に振る。
すると、リズリーやミリアムの登場とルカの異変に気付いたジグルドを筆頭に、団員たちがこちらにやって来た。
一同が笑顔や驚いた顔で「うぉ〜!」やら、「ひょえ〜」やらと声を上げるので、それはどういう反応なのだろうとリズリーが素早く目を瞬かせると。
「リズリーちゃん、すっげぇ綺麗だ。いや、いつも可愛いけどよ」
「えっ……」
まるで息を吐くように褒めてくれていたジグルドの、珍しいくらいに真剣な声色の称賛に、リズリーからは上擦った声が漏れた。
「こんにちはリズリーさん。副団長と同じことを言うのは癪だけど、物凄く綺麗だよ。びっくりした」
「おいゼンてめぇ」
「ゼン……ほ、本当に……? ありがとう……あ、ジグルドさんも、ありがとうございます」
普段冗談なんて絶対に言わないゼンからも褒められ、リズリーはお礼を言いながら、赤く火照った顔を隠すように手を頬に伸ばした。
ジグルドやゼン以外の団員からも「綺麗すぎてびっくりした」とか「お姫様が現れたのかと思った」とか「美人天才術式絵師って呼んだ方が良いんじゃないか?」とか「解呪もやってのけて、その上こんなに可愛いとか団長が羨ましい! いや、前から可愛いけども!」なんて言われたリズリーは、過ぎた称賛に本気で照れてしまう。
「うふふっ。やっぱり私の見立ては間違ってなかったわね! リズリーお姉様、本当に素敵ですわ!」
「うう……ミリアムちゃんありがとう……けれど皆褒めすぎよ……」
「そんなことはありませんわ!」
達成感をあらわにするミリアムに、にこやかな笑顔で褒めてくれるジグルドやゼンたち。
褒められ慣れていないリズリーは戸惑ったものの、もちろん嫌な気分になんてなるはずがなかった。──けれど。
(ル、ルカ様……まだ固まっていらっしゃるわ……相当お目汚しだったのかしら)
団員の何人かはルカの腕や肩をツンツンと指で押してみるものの、ルカの反応はない。
それこそ呪いに掛けられたように硬直しているルカの姿にリズリーが本気で心配げな表情を見せれば、ミリアムはそんなリズリーの心境を察したのか、ジグルドに近づくとこそこそと耳打ちをしたのだった。
「──だからね、───」
「──なるほど」
何やら意味ありげな表情でやり取りを終えたミリアムとジグルドの姿に、リズリーは小さく小首を傾げる。
「二人とも、一体どうしたんですか……?」
リズリーの問いかけに、ミリアムは「むふふっ」と我慢ならずに声を吹き出しており、答えてくれたのは、ニンマリと口元に弧を描いたジグルドだった。
「大丈夫だよリズリーちゃん。きっとこうすれば、直ぐルカは反応を示すさ」
「……? こうって──きゃっ」
そのとき、ジグルドの腕がこちらに伸びてくると思ったら、リズリーの肩をぐいと引き寄せた。
そして、ジグルドの鍛えられた胸板に顔が埋まるようにして抱き締められれば、突然のことにリズリーはほとんど反応が出来なかった、のだけれど。
「えっ……わぷっ!」
そのとき、何故か体は後ろに倒れ──否、引っ張られたと思ったら、ジグルドとは違う胸板に顔を埋めることになっていたリズリー。
鼻を掠めるミントのような香りは、良く知った彼から香るものだ。
「──ジグルド、リズリーに触るな」
そう、この重低音で、聞き心地の良い声も。
「ルカ、様……」
「リズリー大丈夫か。あとで湯浴みをしておけ。ジグルド臭がついたかもしれないからな」
ルカの暴言に対し、「何で汚いもの呼ばわりなんだよ!?」と突っ込むジグルドに、ルカとリズリーを除く一同が笑い始める。
通常時ならばリズリーも笑っていたのだろうが、今そうではなかったのは、ルカに抱き締められているからだろう。
「あああああ、あの、ルカ様……っ、あ、あの、あの」
「……何だ、あのあのあのあの、何が言いたい」
「えっとですね……っ」
もう腕を離してほしいという旨を伝えたかったのだけれど、上手く言葉に出来なかったリズリー。
背中に回されたルカの腕はより強められ、より一層困惑と羞恥に心が掻き乱されてしまう。
(一応私はルカ様の婚約者だから、ジグルド様に抱き締められるなんて確かに体裁が悪いものね……! だからルカ様は引き剥がしてくれたんだろうけれど、それにしたって……!)
未だにギュッと抱き締められ、どんどんその力が強くなっていく始末。リズリーはもうどうしたら良いのか分からなくなっていると、酷く愉快そうに目を細めたジグルドの顔を横目に捉えたのだった。
「おいルカ、リズリーちゃん困ってんぞ〜そろそろ離してやれば?」
「ジグルド黙れ。お前のせいだろうが」
「…………ハァ〜、やだやだ。男の嫉妬ほど醜いもんはねぇなぁ。それが無自覚ならなおさら」
「は?」
ルカが乾いた声を漏らすのと同時に、リズリーの内心でも動揺が走った。喜びの、動揺だ。
(嫉妬? ルカ様が……? 私がジグルドさんに抱きしめられたから? ……そんなわけ、ない、のに)
自分にそう言い聞かせて、跳ねた鼓動を鎮まらせることにリズリーは躍起になると、次の瞬間、自身を拘束していたルカの手が解かれた。
そして直後、ルカの大きな手に手首を捕らえられたリズリーは、パッとルカの顔を見上げたのだけれど。
「ルカ様、あの、顔が……真っ赤、です」
「……!? ……っ、良いから、リズリーは俺と一緒に来い──行くぞ」
「ひゃあっ」
腕を引かれ、研究室から出て行くルカの後を追っていく。
そのとき、「ふふっ、やっぱりお兄様ってリズリーお姉様のことが相当好きなのね〜!」と言ったミリアムの言葉に、その場にいたジグルドたちは大きく頷いた。




