29話 この感情の正体は……?
モルガナイトを埋め込んだような、上品なピンク色の瞳は五年ぶりに目を覚ましたからか、未だ気怠げなのに、それでも大きくてくりくりとした目であることが分かる。
漆黒の長い髪に小さな顔、大きな目のミリアムは、まるで美しい人形を彷彿とさせた。
「ふふ……どうしてお兄様、泣いてるの? 泣いている姿なんて、初めて見たわ……」
「……良かった、目を覚まして……、本当に……っ」
ルカとミリアムのやり取りを、少し離れたところから見つめるリズリーの眼差しは、まるで親が子を見守るように穏やかなものだ。
(本当に良かった……ミリアム様が目を覚まして。……私は一旦、退出したほうが良さそうね)
五年ぶりに目が覚めて、見知らぬ女──リズリーが居たら、ミリアムは不審がってしまうかもしれない。
それに、兎にも角にも医者に診てもらわなければ。
(ミリアム様が目覚めたこと、屋敷の皆にはルカ様から伝えた方が良いわよね。あ、でもすぐにお医者様は手配したほうが良いだろうから、バートンにだけは先に伝えて、公爵家の専属医に連絡してもらって……うん、そうしましょう)
リズリーはこれからどう動くべきかを考えると、ルカとミリアムの邪魔をしないように静かに出口へ向かうとドアノブを握る。
その時視界の端に捉えた、ルカが慈しむようにミリアムの額にキスを落とす姿に、リズリーは無意識に頬を綻ばせた。
◇◇◇
「旦那様、使用人たちにはミリアム様が目覚めたことを伝えました。念のため、ミリアム様のお部屋には常に複数人のメイドとお医者様が待機しておりますので、ご安心ください」
「ご苦労だったな、バートン」
解呪は成功し、ミリアムは目覚めたものの、どうやら五年間眠り続けていたことで、体力は著しく減っていたらしい。そのせいもあってか、専属医の問診や診察の直後、ミリアムは再び眠ってしまった。
だが、呪いで眠らされていたときとは違い、むにゃむにゃと言ったり、ごろりと寝返りを打つ姿にルカがホッとしたのは、つい先程のことだ。
ミリアムが眠ってしまったので自室に戻り、バートンから報告を受けたルカは、ふぅ、と深く息を吐いてから、椅子に深く腰掛けた。
「ミリアムが目覚めたこと、ジグルドたちにも伝えてやれ」
「御意。前公爵様と奥様にも私からお伝えいたしますか?」
「……いや、二人には俺から物質転移魔法で文を送る」
ルカの指示にゆっくりと頭を下げたバートンは、リラックス効果が高いと言われる紅茶を入れながら、「それにしても」と穏やかな声色で話を切り出した。
「……未だ夢のようですな。ミリアム様がお目覚めになるなんて……」
しみじみ言うバートンに、ルカはコクリと頷く。
「本当にな。……リズリーには、どれだけ感謝しても足りん」
「リズリー様の呪いも、いつか解いて差し上げなければなりませんなぁ」
「……ああ。分かっている」
その会話を最後に、紅茶を入れ終わったバートンは部屋から下がる。
ルカはカップを手に取ると紅茶を口に含み、そして喉を潤しながら、リズリーのことを頭に思い浮かべた。
(リズリーの呪いを解こうと屋敷に招き入れたのに、まさか彼女に妹の呪いを解いてもらうことになるとはな)
術式絵師として天才的な能力を誇り、呪いや解呪に対しての知識もあっという間に身に着けたリズリー。
いつの日か、リズリーが自らの呪いを自身の力で解くこともあり得るかもしれないとは薄々思っていたが、まさか先にミリアムの解呪に尽力してくれるとは思わなかった。
(襲撃現場に居合わせて不安もあったろうに、自分の呪いを解くことでも頭が一杯だったろうに……夜通しミリアムのために術式を描いてくれたんだよな。……それに)
──『ルカ様の悲しみを減らせるなら、私、じっとなんてしていられません……!』
あの言葉には、胸が締め付けられた。
リズリーは、ミリアムに対して同情したからという理由だけでなく、ルカのことも思って解呪に挑もうとしたのだから。
「……っ、変だ。何故こんなに、リズリーに会いたくなるんだ」
ルカは自身の髪の毛をぐしゃりと掻き上げると、切なげに呟く。
解呪の直後、リズリーが部屋を出ていったことを知ったのは、専属医とバートンが入室してきたときだった。
そのとき、リズリーの気遣いと迅速な対応を知ったルカは、直ぐにリズリーに解呪を含めた感謝の言葉を伝えようと思ったが、それは叶わなかった。
目覚めたばかりのミリアムから目を離せなかったことと、徹夜をしたリズリーはもしかしたら部屋で休むかもしれないと思ったからだ。
「…………」
現在、ミリアムの呪いが解けてから一時間と少し。ミリアムは再び眠り、今のところ任務は入っていない。──それならば。
「リズリーに、会いに行っても良いだろうか」
もしかしたらもう休んでいるかもしれない。それでもいい。一目だけでもいいから会いたい。今は、ほんの少しだけでもいいから、リズリーの顔を見たい。
「……顔が見たいって、何なんだ、この気持ち」
不可解な感情に答えは出なかったけれど、ルカの足取りに迷いはなかった。




