28話 さあ、目を覚ますときだ
驚いているルカを横目に、リズリーは手に持っている術式を魔法紙の束の上に置くと、「どこにあるかな……」と言いながら、別の魔法紙を一枚掴んだ。
「リズリー、今すぐ全ての術式を発動させるって、どういうことだ」
「はい、これを使おうと思っています」
そうして、リズリーは新たに手に取った術式をルカに手渡した。
「これは……魔力量を軽減させる──」
やや驚いたような顔をするルカに、リズリーはコクリと頷いてから口を開く。
「魔力量軽減術式です。これを、ルカ様自身に向けて発動させていただきたいのです」
──魔力量軽減術式。この術式が描かれた魔法を掛けられたものは、その後扱う魔法に割く魔力量を軽減することができる。
軽減率と、軽減術式の効果時間は付与次第であり、とても有効的に思える術式ではあったが、大きな欠点があった。
「だがこの術式を俺自身に掛ければ、魔法が発動している間の体内の魔力が乱れ、その際に使う魔法──今回で言うところの解呪の術式が正確に発動しない可能性があるんじゃないのか」
そう、魔力量軽減術式に限らず、自身に魔法をかけると、発動中は魔力が乱れてしまうのだ。
他者に掛けて貰えばそのリスクはないものの、この魔力量軽減術式はまだあまり改良が進んでおらず、膨大な量の魔力が必要だった。現時点ではこの国で群を抜いた魔力量を誇るルカにしか発動させることが出来なかったのだ。
──もちろん、そんなこと術式絵師のリズリーには良く分かっていた。
それでも、ルカにこの方法を提示したのには、ある理由があったからだった。
「問題ありません。魔力量軽減術式を使いながらでも、解呪の術式は正確に発動します」
「……何故そんなことが言える」
リズリーは一度手元の術式に視線を寄せてから、力強い眼差しでルカを見つめ直した。
「この魔力量軽減術式には、術者の魔力が一切乱れないように付与を描き込んであるからです」
「……!! そんなことが可能なのか!?」
「付与の術式はかなり複雑ですが、可能です。ただ、この付与を開発したのは私が呪われる寸前のことで、実用化には至っていません。呪われてからは誰も私が開発した術式なんて必要としなくなったので……」
「………………」
そんな説明の直後、顎あたりに手をやって考え込むルカを見て、リズリーはさぁっと顔を青ざめさせた。
もしかしたらルカは実用化されていない付与を組み込んだ魔法を提案したことに、怒りを感じているのではないかと思ったからだ。
「けれどその、付与の能力は確かですし……っ、それにえっと……魔力量減少率も、本来の魔力の千分の一以下になっていますから、解呪の術式を全て発動させても、魔力切れにはならないと思い……ます」
術式の正確さだけは、自信がある。付与の効果も確認済みだ。リズリーがルカのような膨大な魔力を持っていたとしたら、臆すること無く使うだろう。
けれどそれはどうやっても叶わず、ルカにとってリズリーは名ばかりの婚約者でしかない。
そんなリズリーが作った術式を大切な妹──ミリアムの呪いの解呪のために、使うのは不安なのではないか。
ルカがそう考えているのではないかと考えたリズリーは眉尻を下げて、顔を俯かせる。けれど、その時だった。
「──リズリー、本当に良くやってくれた」
「えっ……?」
ルカのそんな言葉に、リズリーは勢い良く顔を上げた。
目の前には柔らかく微笑むルカの顔。自身の頬に伸ばされた手は、これ以上ないほどに優しい手つきであり、リズリーには嬉しさと疑問が混沌とした感情が押し寄せてくる。
「この術式を使うことに、不安はないのですか……?」
だからリズリーは、喉まででかかった疑問を堪らず口にする。
すると、ルカはゆっくりと口角を上げて、「当たり前だろ」と囁いた。
「リズリーの人柄も、お前の術式絵師としての能力も俺は信じている。……ミリアムのために多くの術式を描いてくれて、本当にありがとう、リズリー」
「……っ、とんでもございません……」
ふるふると頭を横に振ったリズリーは、僅かに手を震わせながら、魔術量軽減術式が描かれた魔法紙をルカに手渡す。
ルカはそれを受け取ると、同時に反対の手をリズリーの頬から離した。
「リズリー、今から試す。……傍に居てくれるか」
「……はい! もちろんです……!」
それからルカは、魔力量軽減術式に魔力を注いだ。そして、問題はここからだ。
(解呪の魔法が正確に発動し、かつミリアム様の呪いを解呪することが出来るのか……)
術式を描き終われば、リズリーに出来ることなんて何もない。
ただただ、ルカの隣で成功を祈っていると、そんなリズリーの手はいつの間にか温かな彼の手に包み込まれていた。
「……! ルカ様?」
「……嫌じゃないなら、このままで」
「……っ、はい……」
リズリーの返答に、ルカは今度は三千もの解呪の術式に手をかざす。そして。
「……術式、発動」
(お願い……! どうか、どうか……!)
ギュッと目を瞑って、リズリーは心の底から祈った。
どうか、ミリアムが目を覚ましますように。
どうか
ルカの悲しさや苦しみを、取り払ってあげられますように。
──そう願って、数十秒が経った頃だろうか。
ルカに包み込まれていた手が、やんわりと離れていったのでリズリーが目を開けた、その瞬間。
「おにい、さま……?」
「…………っ、ミリアム……!」
ぼんやりと目を開けて、舌足らずにルカを呼ぶミリアム。
そして、カクンと膝から崩れ落ち、頬を濡らして妹の手を握り締めるルカの姿を目にしたリズリーは、喜びと安堵から地面にぺたんとしゃがみ込んで、嬉しそうに目尻を下げた。




