25話 ルカが呪いを嫌う理由
「…………!」
「当時の姿のまま眠り続けるという、そんな呪いだった」
医者に見せても治らず、治癒魔法を使ってもミリアムが目を覚まさないこと、ミリアムの周りに黒くて禍々しい魔力が纏わりついていることから、もしかしたら呪いなのではないかとルカは考えた。
しかし、当時呪いに対する知識が殆どないルカは、確認するために第二魔術師団へと出向いた。魔法に関わる文献は、第二魔術師団の書庫に纏めておいてあるという話を聞いたことがあったからだ。
「第二魔術師団の書庫を調べ、特定の人物の目を覚まさなくさせる呪いがあることを知った俺は、ミリアムが呪われたのだと確信を持った。強い呪いだからか、敷地に張られている結界でも呪いは無効化されなかった」
「……じゃあ、ミリアム様はもう五年もの間、眠り続けているんですか……?」
「そうだ」
「……その、呪った犯人って……今は……」
躊躇いがちに問いかけるリズリーに、ルカは苦虫を噛み潰したような顔をして答えた。
「……死んでいる」
「えっ……」
「その男を捕まえるところまではいったんだが、自害してな」
──ミリアムが呪われたときに共にいたメイド曰く、呪った男はミリアムのことを一方的に好いていた、貴族出身の魔術師だったらしい。
現在はルカの指示により第二魔術師団の書庫には厳重な魔法鍵がかけられ、誰にも閲覧することはできないようになっているが、当時は今ほどの規制がかかっていなかったため、おそらくそこから呪いの知識を得たのだろう。
「そんなことが、あったのですね……。申し訳ありません……辛いことを、話させてしまって」
「いや、本当に辛いのはミリアム本人と両親──特に母だ。実は、ミリアムが目を覚まさなくなってから母は精神を病んでしまってな。このままミリアムの近くにいたら自殺しかねないからと、父と共に田舎に行って、現在療養している。俺に早く結婚してくれと父がせっつくのも、せめて俺にだけは幸せになって欲しいと思っているんだろうな」
「……そう、だったのですね……」
ルカから紡がれる事実に耐え難いほど胸が苦しくなって、リズリーは眉尻を下げる。
すると、ルカは「これがミリアムがあの場所で眠っている理由だ」と、話を続けた。
「俺は、ミリアムが呪われてから第二魔術師団に移った。解呪のためには、それが一番近道だと思ったからだ。国王も納得してくれたよ。……他にも呪いが流出している可能性はゼロではないから、解呪の研究は必要だとな」
研究の許可は下りたが、ミリアムが呪われていることを公にし、第二魔術師団以外の周りを巻き込んで解呪に当たることはなかった。王は、可能な限り、呪いが脅威であることを広めたくなかったらしい。
解呪に協力する人間よりも、呪いを悪用する人間が増えることを危惧した結果だった。
「ジグルドたちも皆──ミリアムが呪われていることを知っていて、解呪の研究に協力してくれた。シルビアとバートン以外の使用人たちには呪いのことは伏せて原因不明の病と説明し、皆眠っているミリアムの世話をしてくれている」
「……けれど、未だ解呪出来ていないのが現状……ということですね」
「そうだ」
呪いを解くことはそう簡単なことではない。だが、その呪いの術式を完全に理解すれば、解くこともできると、リズリーは知っている。
リズリーは意を決したように問い掛けた。
──少しでも、術式絵師として、ルカの婚約者として、出来ることはないのかと、そう思ったから。
「どんな呪いかをつき止めたのならば、その書物には呪いの術式は描かれていなかったのですか?」
「描いてあったし、既にそれを参考に解呪の術式は組んだ。だが、ミリアムの呪いは解呪できなかった」
「ということは、呪いの術式には何かしらの付与がされていたのかもしれませんね」
一つでも付与がされていては、呪いを解くのは格段に難しくなる。
何故なら呪いは術式を描いた本人が解くか、その呪いの術式の構造を隅々まで理解し、呪いを打ち消すための正反対の術式を描かなければならないからだ。
そもそも付与というのは、通常の魔法に何かしらの効果を足すものだ。
たとえば、火の魔法──ファイアーボールを通常の術式で使用すると、炎の弾は一つしか出ない。しかし、増加の付与を加えれば、弾の数が増える。他にも、敢えて威力を弱めるものなど様々だ。
(付与の数は何百とある……記号のどの箇所に付与を入れたかも分からないとなると……一体何通り試せば解呪出来るかしら……万はいるわね)
ルカは時間ができると術式に組み込む付与を少しずつ変えて解呪に当たっているらしいが、それではたとえ解呪ができても、途方もない年月がかかるかもしれない。リズリーとは違って、ミリアムの呪いの術式は明らかになっているのだから、何か良い方法はないだろうか。
(付与……組み合わせ……呪い……発動……あれ?)
そこで、とある考えが頭に浮かんだリズリーは、より深く思案するために集中する。
無意識に眉間にしわを寄せて考えていれば、そんなリズリーにルカは少しおずおずとした様子で問い掛けた。
「……怒っているか」
「…………。えっ!?」
「ミリアムの存在を、リズリーにだけ秘密にしていたからだ」
思わぬルカの発言にリズリーは目を素早く瞬かせた。
「そういえば、そう、ですね。あまり深く考えていませんでしたが……」
「気分が悪くならないのか」
確かに、一般的に自分だけ何か秘事をされているという状況は、快いものではないだろう。
人間関係において、それは確執の原因にもなり得る。
しかしそれは一般的な、の話であって、今回は当てはまらないだろうとリズリーは思っていた。
「私はルカ様のご厚意でこの屋敷でお世話になることになった名ばかりの婚約者です。その私に、隠し事をするのは、そんなにおかしなことではないと思います」
「…………いや、そうじゃない、そうじゃないんだ」
「……? 別に理由があるのですか? お聞きしても……?」
──何か訳があるのならば、知りたい。
リズリーの問いかけに、ルカは一瞬俯いてから、ゆっくりと顔をあげる。艷やかな漆黒の前髪が、さらりと動いた。
「五年も眠り続けるミリアムを見たら、リズリーが絶望するんじゃないかと思った」
「…………!」
「呪いは解けない、ずっと辛い日々は続くんだと、そう思って……お前の心が傷付くかもしれないと思ったら、言えなかった」
残酷なほどに優しいルカの言葉に、リズリーはしばらくの間言葉が出なかった




