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24話 秘密の部屋


「──リズリー、部屋に入ったのか」


 眠っている少女を呆然とした様子で見ているリズリーは、バルコニー側から耳馴染みのある声に話し掛けられ、ゆっくりと振り向く。


 そこには、先程別れたばかりのルカの姿があり、その表情は逆光のせいであまり詳しくは見えなかったけれど、何だか悲しそうに見えた。


「ルカ様ご無事ですか……!? それと……申し訳ありません……私、バートンたちに侵入者のことを伝えなきゃと、思って……それで、窓が開いていて、この部屋が入るなと念押しされていたお部屋だって気付いたのは、入ってしまってからで……」


 コツコツと、靴の音が少しずつ大きくなる。

 俯いているリズリーは、その音でルカが近付いてきていることを理解しながらも、言葉を止めることはなかった。


 ──ルカにだけは嫌われたくない、誤解されたくない。


 そんな思いから、途切れ途切れになりながらも、リズリーは必死に言葉を紡いだ。


「このお部屋に、入ってはいけないことは、しっかり覚えていた、んです。本当……なんです。けど、ごめん、なさい……っ、私……」


 言い訳がましい言葉ばかりな自分が嫌になる。

 それでもリズリーは、俯くだけでなく腰も折って深く謝罪すると、自身の頭にそっと優しい何かが触れる。

 それがルカの手であることを理解するのには、そう時間はかからなかった。


「謝らなくていい。お前が約束を守ってくれていたことは分かっている」

「……っ、申し訳、ありません……」


 優しい声のルカに、リズリーは嫌われなくて良かったとほっと胸を撫で下ろすと、静かに顔を上げた。


「……とにかく、話は後だ。侵入者は既に戦闘不能にしたが、あいつらに話を聞いたり、使用人を呼んで部屋の片付けだったりとやらないといけないことが沢山あるからな」

「は、い」


 リズリーの返事に呼応するように、ルカはリズリーの頭に乗せていた手を優しく動かした。


(胸がもやもやする……)


 ルカの言葉や、安心させるようなその手付きにリズリーは嬉しく思うのに、胸のつかえが取れない理由は明白だった。


「…………」


 リズリーは無言のまま振り向いて、ベッドへと視線を送る。いや、正確にはベッドで静かに眠る、美しい少女にだ。


(彼女は一体……ルカ様は、後で彼女のことを話してくださるのかしら……)


 リズリーがそんなことを考えていると、廊下から慌ただしい足音や声が聞こえてくる。


 おそらく、戦闘による音や衝撃が屋敷全体に伝わり、使用人たちが集まってきたのだろう。


 自身の感情や疑問よりも、今は大事なことがあるのだからと、リズリーはできるだけ冷静を装いながら、ルカの顔を見上げた。


「まずは、各対応をしないといけませんね」

「……ああ」


 リズリーはそう言って、バルコニーへと足を進める。


 立ち入りを禁じられているこの部屋にいたことが、使用人たちに見られるのはよくないと考えたからだ。


 しかし、そんなリズリーの考えを察したのか、ルカはリズリーの腕を掴むと、ぐいと引き寄せた。


「えっ……!?」

「……問題ないから、出るぞ」

「……っ、良いんですか……?」


 腕を引かれたまま、リズリーはルカの後ろをついて行く。


 そして、ルカはドアノブに手を掛ける直前、リズリーの方を振り向いて、申し訳無さそうに眉尻を下げながら口を開いた。


「ミリアムのことも、後できちんと話す。だから、少しだけ待っていろ」



 ◇◇◇



 ルカと話し合う場を設けられたのは、襲撃事件から三時間後だった。

 深夜を迎えているため、手短にという合意の元、話し合いは一階の応接間にて行われることになった。


「まずは、被害についてだが、そこは心配しなくていい」


 執務室の掃除や後片付けは今も使用人や第二魔術師団の団員たちが行っており、窓ガラスやその他家具などの修復や新調は明日以降行われるらしい。


 不幸中の幸いだったのは、執務室の他には被害はなく、使用人たちに怪我はなかったこと。一時は騒然としていた屋敷内だったが、ルカの毅然とした態度と、バートンの的確な指示により、今はほとんどのものが冷静さを取り戻したと、ルカが話してくれた。


「ルカ様は大丈夫なのですか……?」

「ああ。リズリーの術式のお陰で怪我はない。……むしろ、お前に怪我をさせて済まなかった」

「け、が……? ああ、これのことですね」


 頬の傷を、リズリーは指差す。出血は殆どなかったので、シルビアが消毒だけ済ませてくれたのだ。


 風の刃で傷付いた頬だが、綺麗に切れているせいか、それほど痛みはないので、ルカに指摘されるまですっかり忘れてしまっていた。


「痛むか」

「いいえ、全くです。忘れていたくらいです」

「……だが、跡が残ってはいけない。多少の傷なら今の俺の残りの魔力でも治癒ができるから、いいか?」 

「それは、とてもありがたいお話ですけれど……でも……私なんかに……」


 ただでさえ先程の戦闘で底をつきそうな残りの魔力を使ったのだ。魔力が空っぽに近づくことは相当倦怠感を味わうらしいので、リズリーは断ろうと思っていたのだが。


(なんて、悲しいお顔。こんな顔をされたら、断れないわ)


 罪悪感で押し潰されてしまいそうな、そんなルカの表情に、リズリーは素直に治癒魔法を受け入れた。


(ルカ様はお優しいから、名ばかりの婚約者の私に傷を負わせてしまったことが堪えているのね)


 それが、どうしようもなく申し訳なくて、それでいて嬉しい。


 リズリーは理解し難い自身の感情に困惑しながらも、ルカに「ありがとうございます」と微笑んだ。



 それからルカは、少し間をおいてから侵入者について話し始めた。


「侵入者だが──先程三人とも息を引き取った」

「…………! 先程の戦闘で、ですか……?」

「いや、致命傷は外しておいたからそれはない。戦闘不能になって三人とも気絶していたんだが、全員同じタイミングで急に舌を噛んだんだ」

「………っ」


 任務を失敗して自害するにしても、全員が同じタイミングというのはあり得ないだろう。


 怪訝な顔をするリズリーに、ルカは口を開いた。


「明日以降俺も調べるが、朝になったら医者も呼んで色々と診てもらうから、また報告する」

「かしこまりました」

「──さて、襲撃事件についてはある程度話したし……本題に移る」


 ルカの言葉に、リズリーは無意識に姿勢を正す。

 本題とは、あの少女のことですか? なんて、聞くまでもなかった。



「ベッドに眠っていたのは少女の名はミリアム。ミリアム・アウグスト」

「……!?」

「……数年前、とある人間に呪われたせいで目を覚まさなくなった、俺の妹だ」


「呪いって……どう、して……」


 ミリアムが呪われたのだということを聞いたリズリーは、驚いて咄嗟に口元を覆い隠す。


 それからルカは、「良い機会だから全てを話す」と呟いてから、ミリアムが呪われていることについて詳しく話し始めた。


「ことの発端は五年前、俺がまだ第一魔術師団にいるときのことだった」


 当時、ルカは膨大な魔力量と類稀なる戦闘センスにより、筆頭魔術師として、そして第一魔術師団の団長として活躍していた。


 ミリアムとは仲が良く、ルカの活躍に自慢の兄だと言って喜んでくれていた、というのに。


「ある日、ミリアムは呪われた」

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