22話 そんな顔をさせたいわけじゃなかった
「お茶を……お入れしてもよろしいですか……?」
「ああ、頼む」
結局、バートンの言うままに執務室にお邪魔する形になったリズリーは、ただ向かい合って座っているのでは気まずいからとお茶の準備を始めた。
しかし、それも長い時間を要することではないので、お茶をテーブルに置くと、再びルカの真向かいのソファーに腰を下ろす。
すると、気遣ったようにルカが話しかけてくれたのだった。
「バートンが済まないな。たまに、変な言動をするんだ、あいつは」
「いえ……! ルカ様が謝ることではありません……!! むしろ私こそ申し訳ありません……お疲れですのに」
いつもより声が低いルカ。身体もぐったりとしている気がして、リズリーはこの場にいるのは申し訳なくなる。
しかし、流石にすぐに執務室を出て使用人たちから不仲説を唱えられるのもどうかと、立ち去ることはしなかった。
「まあ、多少は疲れているが問題ない。魔力は残りほんの少しで気怠さはあるが、明日になったら回復するしな」
「それは良かったです……! 筆頭魔術師のルカ様ならば大丈夫だと思いつつも、その、おこがましく心配してしまいました」
「……別におこがましくはない。ありがとう」
「……っ」
疲れているせいか、見たことのないふにゃりとした笑みを浮かべるルカに、リズリーの心臓が早鐘を打つ。
(何だか、可愛い……)
「美味い」と言いながら優雅にお茶を飲むルカの姿は美しくもあり、ずっと見ていたくなる気持ちを抑えながらリズリーは、あの、と問いかけた。
「今日の討伐についてお聞きしても……?」
「竜が暴れていたから、その対処に当たっていた。お前の姉を含め負傷者はなしだ」
「……! そう、ですか。良かったです……」
リズリーはほっと胸を撫で下ろす。軽症ではあるが、クリスティアは過去に任務で怪我をして帰ってきたことが何度があるので、心配だったのだ。
(お聞きしてよかった……)
しかし、安堵するリズリーとは相反するように、一瞬表情を歪めたルカ。
その変化に気が付いたリズリーは、「どうかされたんですか?」と躊躇いがちに問いかけた。
「実は……今日のことで一つ話しておきたいことがある。あまり気持ちのいい話ではないが、婚約者であり、正式ではないが第二魔術師団の仲間になったリズリーには、伝えておく」
「は、はい。何でしょう?」
それからルカは、不快な感情をできるだけ表に出さないよう意識したのか、いつもよりも数段淡々とした声色で話し始める。
ある程度覚悟を持っていたリズリーだったが、ルカが告げた『あまり気持ちのいい話ではない』それに、彼女は顔を青ざめさせて眉尻を下げた。
「今回の討伐対象だった竜を、ルカ様が召喚したって……何ですかそれ……っ!!」
「討伐後、第一魔術師団のとある魔術師がそう吹聴してな。周りの数人もそれに同意して俺を拘束しようとした。……まあ、結局は俺の潔白が証明されたわけだが、……正直気分は悪かった」
過去の産物と言われる呪いの研究をしている第二魔術師団を、第一魔術師団は一方的に忌み嫌っている。
第二魔術師団が呪いの研究を始めたのは、約五年前、ルカが異動してからで、呪いの研究を先導したルカをより一層忌み嫌っているのは想像に難い話ではあるのだけれど。
「……っ、いくらなんでも、酷すぎます……っ」
「今まで多少の悪口はあったが、ここまでのことは初めてだから、正直俺も驚いている。……だが、問題の本質はそこじゃない」
「え……?」
濡れ衣を着せられかけたこと以上の問題とは何なのだろう。
リズリーは、ゴクリと固唾を呑んで、耳を傾けた。
「はじめに吹聴を始めたそいつには、他の人間の魔力が纏っているように見えた」
「えっと、つまり……」
「詳しいことまでは分からないが、他者からの魔力の影響を受けていることは確かだ。だがあれは呪いではかった。単純な洗脳の類の魔法だと思うんだが……」
「つまり、何者かに操られて、ルカ様を陥れようとした……?」
「その可能性は高い。まあ、言っておいて何だが、これはもう済んだ話だ。さっさと忘れろ」
ルカはそう言うと、少し疲れた素振りは残しながらも、強張った表情は解けていった。
ルカは、本当にもう済んだ話だと割り切っているのだろうか。それとも、ある程度致し方がないと諦めているのだろうか。
リズリーには彼の内情は分からなかったけれど、「リズリーは今日しっかり休んだか?」と問いかけてくる彼に、今日あったことをゆっくりとした口調で話していく。
シルビアが嬉しそうに世話をしてくれたこと、体がなんだか軽くなったような気がしたこと、お昼寝なんていつぶりにしただろうか、と。
「……とても、穏やかな……いちに、ち、で……」
「リズリー……? どうした」
ルカは心配そうに問いかけてくる姿に、リズリーは下唇を噛みしめる。
(……ルカ様はもう平気そうなんだから、話を掘り返さないほうが良いに決まってる。……分かっている、分かっているわ……っ)
リズリーに直接的な害があるわけでもなかった。結局のところ、ルカの潔白は証明された。再三だが、もうルカが忘れろと言ったのだから。
そう、リズリーは自身に言い聞かせた、けれど。
「ルカ様は……っ、悪逆公爵だなんて呼ばれているけれど、本当は部下思いで、使用人たちにも好かれていて、呪いのことだって、消したいから調べていて……っ!! 呪われた私に、だって、手を差し伸べてくれて、とても、優しくて……っ」
「………………」
ルカへの思いは、自然と口から溢れてくる。
口にしたが最後、もう止めることなんて、叶わなかった。
「私、悲しくて……っ」
「──リズリー」
「ルカ様が誤解されるのがただ悲しい……こうして怒ることしかできない自分が悔しい、です」
鼻の奥がツンとする。気を抜けば、すぐに泣いてしまいそうだ。悲しみや悔しさ、それから、もうひとつ。込み上げてくる感情は何だろう。
このときのリズリーにはまだ、その感情の名前は分からなかった。
思考を止めると同時に、リズリーは鼻をズズッと啜る。
いつものように目頭を指で摘んで涙を我慢すれば、気が付いたときには真向かいにいたはずのルカが、隣に座っていたのだった。
「……っ、リズリー、もういい」
そう言って、ルカはリズリーの口を手で塞いだ。
突然のことにルカの方向を振り向いたリズリーは、想像もしなかった彼の行動と、僅かに頬を赤く染めて照れくさそうにする表情に、驚いて目を見開いた。
「一旦黙れ。……これ以上言われたら、敵わん」
「……っ?」
「俺のために悲しみ、怒ってくれて、ありがとう」
ルカは切なげな声でそれだけ告げると、リズリーの口から手を離す。
一瞬呼吸を忘れていたリズリーが口を開けて酸素を欲しがると、ルカはふっと笑みを浮かべた。
「泣きそうな顔だったが……もう平気だな」
「えっ……は、はい……っ!」
「あんな顔させるつもりじゃなかった。済まない」
「いえっ、私が勝手に泣きそうになっただけで、ルカ様は何も──って、ひゃっ」
その時、離れたはずのルカの手が再び伸びてきたと思ったら、リズリーの陶器のような頬に触れた。
まるで壊れ物を扱うように触れるルカの手付きに、リズリーは背筋にゾクゾクとした恐怖でも嫌悪でもない感覚が駆け巡る。「あっ、あっ」と意味のない言葉を発して、リズリーは顔を赤らめた。
「お前の泣きそうな顔を見ていると、不思議な気持ちになる」
「…………っ」
「調子が狂う。……何故だか泣いて──」
──パリンッ!!
「「……!?」」
ルカの言葉を遮った、甲高い音。
リズリーたちは同時に音が鳴った方向──窓ガラスを見ると、派手に割れた窓ガラスの様子に音の正体を理解する。
そして、直ぐ様ルカは窓ガラス側からリズリーが身を隠せるように彼女を抱き締めると、窓ガラスを割ったのだろう男たち(侵入者)を刺し貫くほど睨みつけた。
「襲撃か……これも初めての経験だな。……で、お前たちは何者だ」




