この期に及んで初歩の敵
ジュニパーと相談した結果、銃本体が真っ赤なレッドホークはあたしが使うことになった。
“シェーナには、本体が紅い方が似合うよ?”とか、いわれたけど微塵も嬉しくねえ……。とりあえず装弾数が増えたことだけは救いだ。
「わたしは、カービン銃を使っていいの?」
「うん、お願い。長距離の射撃に関しては、あたしたちミュニオに敵わないし」
掛けられた呪いを分散させるように、紅い成分を三人に振り分ける。みんなどこか紅いと恥ずかしさが薄まるというか、麻痺して気は楽になる。
ともあれ、北へ向けて再出発の準備だ。カービン銃装備のミュニオに周囲の警戒をしてもらって、あたしとジュニパーはランクルのフロントグラスを交換する。
窓枠の錆と固着したボルトに苦心しながら、なんとか割れた窓を外した。この窓枠、蝶番で前に倒れる設計になってるっぽい。戦争映画のジープみたいで面白そうではあるが、砂と熱風が吹き込むだけで何の意味もないな。おとなしく新しい窓枠を嵌め込む。爺さんが窓を剥いできた車はクリーム色だったのでそこだけ色違いになったけど、そもそもの車体色がピンクなので気にしない。窓枠からプラプラしてた謎のケーブルみたいのも、よくわからないのでジュニパーに任せた。このヅカ系水棲馬女子、機械弄りが得意みたいで嬉々としてあれこれ試しつつ接続してくれた。ワイパーの電源コードだったらしい。
「ありがとミュニオ、こっち直ったよー?」
少し高くなった岩の上で、見張りをしてくれてたミュニオが降りてくる。いまのところ砦側に砂煙も立っておらず、追っ手が来ている様子もないそうだ。
「兵士の被害が大き過ぎたんで、追撃は無理だって判断したんじゃないのかな」
「ありえるの」
ジュニパーの読みに、ミュニオも同意する。あたしは漠然としかわかってなかったけど、騎兵というのは強くて便利な反面、育成にお金も時間も掛かる。なので潰されると歩兵の何倍も痛いのだそうな。そんな大事な騎兵が、あたしたちとの一戦では百や二百で済まない被害を出している。たった一台の奇妙な乗り物を相手に、それだけの損害を出したら、二の足を踏むのもわかる。
というか、もうそのまま手を引いて欲しい。
◇ ◇
再出発して小一時間ほど。あたしたち三人を乗せたランドクルーザーは、砂混じりの荒野を延々と走り続ける。風景が微塵も変わらないため、さすがに飽きてきた。
「くらっち……を、こう?」
「上手いなオイ。あたしより全然スムーズじゃん」
自動車に興味津々のジュニパーに基本操作を教えて、運転を交代してもらった。機能を探るみたいにハンドルやシフトレバーを扱いながら、優しく丁寧にランクルを走らせ始める。最初はゆっくり、次第にスピードを上げる。トップギアで走らせる頃には、不安がない程度の運転ができるようになっていた。
「ふわぁあ……すっごぉーい♪」
本当に機械が好きなのか、水棲馬のドライバーは運転しながら目をキラキラと輝かせる。
「それは良かった。けどジュニパーなら、自分で走った方が速いんじゃないか?」
「同じ速度でも、全然違うよ。この滑るような動きと力強い鼓動、四頭引きの馬車が小さくなったみたいだ」
あたしには、よくわからん例えだな。そういうもんなのか。
「ねえジュニパー、この先に町は?」
「たしか、百哩以上先だね。この辺りにあるのは廃村だけだったと思うよ。でも、帝国から隠れ住んでるひとたちくらいは、いるかもね」
帝国の統治によるものか元々の国が進めていたのか、砂漠を貫いて北に向かう道路はそれなりに整備されていた。もちろん舗装しているわけではないが、馬車の通行を考えて起伏も凹凸も少なくなるよう丁寧に固められている感じ。
緩やかな丘の稜線を越えると、急に視界が開ける。起伏の陰で風による侵食が少ないのか、岩が多くてところどころにサボテン的な植物が生えていた。
「この辺りは、少し環境が違うみたいだな」
「隠れられる場所が多いね」
「待ち伏せに注意が必要なの」
同じ光景を見ても、この世界の住人は着目点が違った。なんだかんだいっても、あたしは平和ボケな国から来たのだなと認識を新たにする。
「シェーナ」
ジュニパーが指差した方に目をやる。数百メートル先で、必死に逃げている馬車が見えた。後ろに荷物を撒きながら、こちらに向かってくる。
「あれ、敵?」
「ううん……商人、みたいなの」
馬車の車輪より大きな岩がゴロゴロしているなかで、通過可能な道の幅は五、六メートルほどしかない。双方の車幅を考えると、擦れ違うときに引っ掛けそうだ。もしくは、路肩の岩場に突っ込むか。
「ジュニパー、ここは横に避けとこうか……」
いいかけた矢先、こちらに気付いた御者が慌てて方向転換しようとして転がっていた石塊に片輪を乗り上げた。速度が出ていたのが災いしたらしい。バランスを崩したかと思ったら、馬車ごと横転して岩に突っ込んだ。
「あ〜あ、大丈夫か、あいつ」
「生きては、いるみたいだね。……少なくとも、いまは」
「え?」
ジュニパーの指した先を見て、馬車の商人が何から逃げていたのか、あたしはようやく理解した。岩陰を縫うようにして、小学生くらいの生き物が二十匹ほど、狂ったような歓声を上げながら駆けてくる。シルエットくらいにしか視認できないけど、背筋がゾワッと怖気立つ。
「……なに、あれ」
「ゴブリンだよ。シェーナ、見たことない?」
ないわ。あたしが出会った魔物はジュニパーだけだ。口に出しては、いわんけど。
あとは、アナグマと狼くらいか。魔物なのか一般的な獣なのか不明ながらも、体内に魔珠があったら魔物、とか聞いた気はする。とりあえず、それはいまどうでもいい。
「もしかして、あの商人、このままだと殺される?」
「そう、食べられちゃうの。でも、その前に生きたまま巣に運ばれるの」
それは……ある意味、すぐ殺されるより嫌だな。
ジュニパーは馬車の近くでランクルを停車させると、運転席から降りた。胸の谷間の――あたしの魔法的収納とは少し違う気がする――謎の空間から拳銃を抜き出して、こちらを振り返る。
なんだその、羨まけしからんホルスター。
「シェーナ、あいつ助ける?」
「ああ、そうだな。でも、銀のレッドホーク使うのは、ちょっと待って」
余剰弾薬を千発もらった38スペシャルならコストも気にすることはないんだろうけど、過剰火力を勿体ないと思ってしまう辺りが貧乏性だ。
あたしは22口径のルガー・ラングラーを出して、ジュニパーに渡した。性能と操作の違いを教えると、彼女は片手で構えて、走ってくるゴブリンに狙いを付ける。距離は三十メートルほど。
シパン、というような軽い銃声が鳴って小鬼めいた魔物の頭が小さく爆ぜる。
「当たった。これ、面白い銃だね」
シパンシパンシパンシパン、シパン。
六発で六体のヘッドショットか、ジュニパーもすごいな。
撃ち尽くした銃を受け取ってシリンダーの軸になっているピンを抜き、弾薬を装填してシリンダーを戻す。面倒臭いが、一発ずつ抜いて込めての作業を行うよりマシだ。
装填済みの銃を渡すと、また連射して六体のゴブリンを仕留める。その間にも距離を詰めてきた彼我の間隔は十五メートルを切っている。残るは八体。再装填の間に、逃げるかどうしようかと考えている個体もいたようだが、頭は良くないらしく棍棒や短剣を手に彼らは賭けに出た。結果は失敗。あたしがラングラーをジュニパーに渡すと、たちまち六体が頭を弾き飛ばされて死んだ。
残る二体は、あたしが紅い大型リボルバーの試射を兼ねて殺した。前の銀色のレッドホークより銃身が長い分だけ少し重いけど、弾道が綺麗に伸びている……ような気がする。至近距離なので誤差程度だが。
「済んだよ」
あたしが声を掛けると、転がった馬車の陰で息を呑む音。そしてビクリと怯えた気配があった。
風が吹いて、馬車の幌がめくれ上がる。残骸を遮蔽にして、剣を構えた血塗れの中年男がこちらを睨み付けていた。商人と聞いた気がするものの、そんな印象はなかった。
「勝手にやったことだから、感謝しろとはいわないけどさ。そりゃないんじゃないか?」
「だ、黙れ!」
服はこの世界の住民が着ている生成りの綿の上下だが、粗野な感じに着崩されていて、なにより目付きが卑しい。ボサボサで乱れた頭髪も汚らしいヒゲも、商売をする人間のものではない。トラブルに遭って乱れたのではなく、乱れた男がトラブルに巻き込まれたのだ。
もしくは、トラブルを起こしたか。
「シェーナ、油断しちゃダメなの。あのひと、怪我してないの」
「え?」
「あの血、ゴブリンのじゃないの。人間の、だけど……あのひとのでもないの」
その血の匂いがゴブリンを呼んだらしいが、襲われたのは自業自得だとして。出血した人間は、どこに行った?
「こいつ、たぶん盗賊だね。ほら見て」
男に銃を向けたジュニパーが、あたしに遥か彼方を指し示す。
「いや、あたしには見えん。なに?」
「半哩ほど先かな、ゴブリンの群れが集ってる。あそこに、死体があるんだよ」
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続きは本日19時予定です。




