R.I.B.
「何なんだよ、あれ⁉︎」
「傀儡!」
再び追いついてきたあたしたちに、バイクの女が前を向いたまま叫ぶ。
どうやらミュニオが正解だったらしい。それが何なのかは不明のままだったが、背後から姐さんが教えてくれた。
「ソルベシアの邪法なの。死者の恨み憎しみを込めて操る、ゴーレムみたいなもの」
「あれが⁉︎」
ゴーレムの親戚にしては、やたら素早いし、えらくデカい。ミキマフの恨みが原動力だとして、さっきの説明ではどうもピンとこない。
「なあ、あのデカブツを操っているのは……?」
「死者本人なの」
いや、それは傀儡……文字面でいうと操り人形みたいな意味だろうけど、矛盾しているのではないかな。
「そんなもん、どうやったら倒せるんだ」
「傀儡は、術者を殺せば崩れるって、聞いてるの」
「そんじゃ、本人が術者を兼ねてた場合はどうなる?」
「どうにもならないの」
ミュニオが笑いながらいう。いや、姐さん笑うとこじゃないぞ⁉︎
「急いで! その先で引き離す!」
バイクの女が叫び、さらに加速する。
急に視界が開けて、フラットな平地に出た。いったん森は切れ、小さな林程度の植生が点在しているだけだ。地面は砂混じりの硬い土。車輪で走るバイクが本領を発揮するところだ。ジュニパーもちょっとだけ足を上げて、バイクに並びかける。
背後との距離が開くと、追い縋る緑のミキマフ巨人が不満そうな叫び声を上げる。
「なあ、あんた。あいつを倒す方法、知ってんのか?」
「そんなもの、ない。あれはもう、森の一部」
女は片手離しで携行袋から何かを取り出すと、頭に乗せて操作し始めた。
ヘッドホン……いや通信機か。元いた世界の製品だ。やっぱり、魔王のお仲間みたいだな。
「シェーナ、あの傀儡、森から離れると速度が落ちるみたいだね」
「離れても動けるとしたら、まだ安心はできないの」
ジュニパーもミュニオも、いってることは正しい。いくぶんペースダウンしているだけで、巨大ミキマフは追跡を諦めていない。平地に出ても足元にツタやら草やらを引きずりながら、四つん這いでこちらに向かってくる。
あたしたちの前方には再び鬱蒼とした森が広がっているのだから、あそこでまた追いつかれかねない。
「予定変更! あと六キロ半!」
通信を終えた女が、あたしたちに叫んだ。
最初の予定も知らんので、変更といわれてもリアクションしにくい。敵じゃなさそうだという以外に情報がないのだ。魔王のお仲間だという予想が当たっていたとしても、彼らとは必ずしも利害は一致しない。
ゴールまでの距離がいきなり十分の一以下になったのは、このままだと逃げ切れないとの判断か。
「なんかトラブルか⁉︎」
「仲間と合流する! 」
この女自体が正体不明のまま、そのお仲間と会うのか。得体の知れない化け物に追われる身では、それが良いか悪いか考えてる余裕はない。
そんなことよりも、目の前に迫ってくる森が鬱蒼とし過ぎてどこから入れば良いかわからん。ジュニパーなら密林を突っ切ることも可能なんだろうけど、そうなるとバイクがついて来れない。
「こっち!」
先行するバイクの女は、森の小道がどこにあるかを知っているようだ。木々に覆われていた獣道みたいなところに迷いなく飛び込んでゆく。
「魔物や獣は無視して!」
「わかった!」
女の声に答えながら、ジュニパーがバイクの後ろにつく。相変わらず枝や幹のギリギリを攻めるスリリングな超高速移動。あたしは馬首に抱きつくようにして息を殺す。
「さっきまでより、生き物の気配が濃いの」
こっち側の魔物や獣は森に喰われずに済んだのか? こうなる前は全面的に砂漠の国だったとか聞いたから、ここも同じく“恵みの通貨”が産んだ森のはずなんだけど。
「王城の近くは、まだ森が生きてるの」
「生きてる?」
「命の供給が止まると膨張を止めて普通の森になるみたいなの。だから」
王城近くの森は、定期的に餌を与えて活性化させ続けていた? 誰がそんなことを続けてたのか知らんし、そんなことをするメリットもよくわからん。
城を守るための安全策とか? 空っぽの玉座だけがある無人の城なのに。
「もしかしたら、逆かも」
「逆?」
ジュニパーの言葉に、あたしはなんとなく思い当たる。
「ああ、そうか。ここから南側は……森の膨張を止めるために、生き物の供給を遮断した?」
「たぶん。何度か帯状の広い平地を見かけたから」
さっき通過した平地は人為的に造成したのか。延焼を防ぐ空き地みたいな。
なんだろ、この緑地化の逆……何と呼ぶのかは知らん。
「もうすぐ、河に出る!」
「へ?」
「船がある! すぐ乗って!」
女はそれだけ叫ぶと、森のなかを加速していった。
デコボコ道で起伏も多くなってきてるのに、それを物ともせずジュニパーを引き離してく。すごいテクニックだな。乗り慣れてる感じもあるけれども、それ以前に元々の身体能力が高いようだ。
「あのひと、エルフなの」
あたしの視線に気付いたのか、ミュニオが短く告げた。
「そうなん? 耳でも見えた?」
「うん。それに、あの乗り物で走りやすいように、風魔法で道を作ってるの。魔力量と魔圧の高さも普通じゃないの」
「ぼくもそう思う。でも肌の色も癖のない髪も、ソルベシアのエルフじゃないね」
「北の大陸から来たんだろ。ヤダルさんたちと同じ、魔王のお仲間だよ。持ってる武器も乗り物も、あたしの元いた世界のもんだ」
少し先の茂みを突っ切って、バイクが飛び出していった。ブレーキで砂利を跳ね上げる音がして、女の叫び声が聞こえた。ジュニパーが後を追って、狭い河川敷みたいな場所に出る。
「こっち!」
岸に係留された船の上で、女が手を振っている。ジュニパーが水際で人型に変わって、あたしたちを降ろした。女は乗ってきたバイクを船べりに固定している。
なんだか妙な形の船だ。見た感じはゴムボートなのに、サイズは十メートル近い。縁以外は漁船みたいな樹脂で出来てる。
「早く乗って。あいつ、すぐ来る」
「お、おう……」
もうひとり、繋留索を外していた女性が乗り込んでエンジンを始動した。
「さあ、行くわよ。みんな、つかまってて」
笑顔で話しかけてきたのは、おっとりした感じの美女だ。こちらもバイクの女と同様、あたしたちを見て警戒する様子もない。緊急事態でそれどころじゃない、というのもあるにはあるが、あまりにも無防備すぎる気はした。
「来た」
十数メートル先で、緑のミキマフ巨人が森から飛び出してきた。船で遠ざかってゆくあたしたちを見て、悔しそうに叫び声を上げる。キョロキョロと何かを探しているが、河にまで踏み込んでくる様子はない。
やがてこちらを睨みながら、ゆっくりと森に戻っていった。
「諦めたかな」
「それはない」
ジュニパーの希望的観測を、バイクの女が一蹴する。
あたしたちもそりゃ、本気で信じてはいなかったけどな。ひと息つけただけでも儲けもんだ。
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