萌芽
「……ああ、うん」
森に向けて進むランドクルーザーのなか。
ミスネルさんの波乱万丈冒険絵巻を興味津々で聞いていたあたしたちは、そこでふと我に返る。
「すごーく面白い話ではあったけれどもさ。誰も震え上がってないよね? 王様と護衛は知らんけど、ヤダルさんもミスネルさんも大興奮で大笑いしてたんじゃん」
「まあね……でも、それはそれよ」
砦に残った四百十七人を飲み込んで、生まれたのがアールカンの森。いまや直径が四・八キロにもなる大森林だ。発生時にハンビーっていうランクルの親戚みたいな車に乗ってなければ、危うくミスネルさんたちもその一部になっていた可能性が高い。
テンション上がってるうちは大笑いしていられたけど、後で思い返すとゾッとするくらいギリギリの賭けだったそうな。
「しかも、これ……いまも少しずつ広がってるの。ソルベシアの森自体が南下を続けているから、拡大するのは驚かないけど。森が広がるなら、その間も何かを取り込んでいるんじゃないかといわれてる。“恵みの通貨”で作られた森に対して、安全性を疑問視するひとが根拠としているのが、そこね」
人喰いの森は、まだ生きてるか。改めていわれると、長閑で美しい森がどこか恐ろしい感じに見えてくる。
でも……あれ? 偽王ミキマフって、その当時どうしてたんだ? どこかで登場してくるかと思ってたんだけど。
あたしの疑問に気付いたのか、ミスネルさんは前を向いたまま呟く。
「あのときの敵はみんな死んだって、ハイダル王はいってたけど……わたしは、逃げた囮の馬車に首謀者が乗ってたんじゃないかと思うの」
「それが、ミキマフ?」
「イーケルヒ王国の末裔で“真のソルベシア王”を自称するミキマフは、アールカンで“恵みの通貨”を使用したのは自分だって主張してる。ハイダル王が成した功績の横取りだけど、証拠はないし目撃者もいない。部下も仲間も全部放り出して自分だけソルベシアに逃げ戻ったなんて、本人も認めるはずないし」
「そんなの、その王様が出てきたら、すぐバレることじゃない?」
「ハイダル王は、もう二度とソルベシアに戻る気は無いといってる。エルフの森に、王は必要ないって」
うん、あたしには、よくわかんないや。理屈や話の流れが、ではなくて登場人物の気持ちに共感できない。行動の動機も想像できない。なんかこう、他所ん家のこじれた相続劇でも見てるみたいだ。
いや、“みたい”じゃなく、王権というのは相続争いそのものか。
「おーし、そんじゃ休憩にしよっか」
「「「わーい♪」」」
森の手前三十メートルほどのところでランクルを停車させ、乗ってきたひとたちを下ろした。
軽食を並べる木箱を出そうとして、テーブルにちょうど良さそうな石が目に入る。
「ん〜?」
「シェーナ、どうかした?」
首を傾げているあたしのところに、ヅカ美女姿に戻ったジュニパーが歩いてきた。女の子たちみんなと手を繋いで、キャッキャウフフとハートマークを撒き散らかしている。
なんだこいつ、超モテモテじゃん。
「上が平たい石があったから、テーブルにさせてもらおうと思ったんだけどさ。これ、人工物だよな?」
「うん。石積みだね。魔法の通りが良いカーマス石で、加工もしっかりしてる。城壁か建物の跡か、ここに砦があった痕跡の一部だと思うよ」
「お、おう……」
森の直径五キロ近いって話だから、中心部にあった砦から外縁部までは二キロくらい離れてるわけだ。
苔むして自然に還ろうとしている石材は、どう少なく見積もっても百キログラム以上はある。森を生んだ力には、そんなもんを数キロメートル飛ばすくらいの勢いがあったってことか。
後から震え上がったミスネルさんの気持ちが、なんとなくわかった。
◇ ◇
「「おいひぃ♪」」
鍋でミネラルウォーターを沸かして、ティーバッグでお茶を煎れた。小袋入りの粒チョコやらナッツやらドライフルーツを大皿にモサッと出して、好きに取ってもらう。ミューズリーをチョコで固めた甘いエナジーバーもだ。
「おー、えーまんでーむずじゃねーかー」
ヤダルさんが嬉しそうにいって、小袋の粒チョコをザラザラと口に入れる。
ネコ科の獣人は猫じゃないと頭でわかってはいても、あたしは少し抵抗があるんだけど。
「美味いよな、これ。なんつーか、力が出る」
「……ああ、うん。前にも食べたことあるの?」
「おう、ケースマイアンじゃ大人気でな」
なら、いいか。過去に体調不良になったことはないというし。
「おいし……」
「あま〜い♪」
「きれい」
女性や子供たちにも菓子類は好評のようで何よりだ。
お茶を飲んで一服していると、森のなかから鳥のさえずる声が聞こえてくる。鳥が怖がるような生き物はいないと判断していいのだろうか。それとも、鳥くらいしか生きられない環境なのか。
鬱蒼と茂った森なのにもかかわらず、不思議なことに低木は少ない。藪や茂みもツタもなく、一見ランクルでも通過しやすそうに見える。
人喰いエピソードを聞いた後だと、あたしたちを誘い込んでるように見えるのがヤだな。
「ミスネルさん、ここ迂回はできないの?」
「東は渓谷にぶつかるから無理。西に三・二キロほど戻ることになるわね」
もと来た方に延々とか。そんなら意味ないな。ここは突っ切ろう。
「どしたのシェーナ、なにか心配ごと?」
「ああ、そうだジュニパーも一応、気を付けてな。人を飲み込んで育つ森だっていうからさ」
あたしがいうと、ジュニパーはクスリと笑みを浮かべながら首を傾げる。
「大丈夫だよ。それをいうなら、ぼくも水棲馬だし♪」
“だし♪”って、いわれてもな。だから人喰いの森にも話のわかるヤツがいる、ってな流れにはならんだろうよ。
それでもなんでか、彼女の笑顔と柔らかい雰囲気に触れると“そっかー大丈夫かもなー”って気持ちになってしまうのだ。
魔物ガールの魅了魔法かなんかだな。うん。
お腹が満たされて幸せそうな子供たちは、車に乗るとすぐ荷台で丸まり始めた。
お昼寝が必要な年頃か。いっぺん立たせて荷台に毛布を敷き、小さい子を中心に猫団子のようにまとめる。電池切れしたのか、すぐに揃ってスヤスヤと寝息を立て始めた。
落ちないように大人たちが見ていてくれるから、無茶な走り方をしなければ大丈夫だろう。
「ほんじゃ、行きますか」
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