ニューサンスのスペル
「……“デロ”? 初耳だな」
「ぼくが聞いた話だと、土魔法特化のドワーフ、みたいなもんだったはずだよ」
物知り博士のジュニパーさんは、ここでも知識を発揮してくれた。ヤダルさんは頷くけど、そういう種族特性にはあまり興味がないようだ。
「魔法適性は別に何でも良いんだけど、性格がなあ」
「さっき“信用できない”って、いってたね。もしかして、嫌な奴とか?」
「いや」
あたしの懸念に、ヤダルさんは首を振る。まあ、そうか。このひとが生かしておいたってことは、相手に好意はないにせよ悪意までは持っていないという……
「要は、“無垢なバカ”だ」
うーん。それは悪意、ないのか?
ヤダルさんは“デロ”たちの首輪を確認して振り返る。こっちの言葉では拘禁枷と呼ぶらしいそれは装着者の魔力を縛って行動と能力を制限する代物だ。刃物でも魔法でも切れず外れず、肉体を傷つけて外そうとしても収縮して締まるから無駄なのだとか。作った奴、絶対アタマおかしい。
「シェーナ、お前の“収納”なら“隷属の首輪”外せると思うんだ。悪いけど、頼めるか」
「いいけど、なんでヤダルさんがそんなこと知ってんの?」
「前に似たようなもんを外してもらったことがある。“魔王”に」
「ヤダルさんが?」
「ああ。あたしの知ってる限りで他に何十人もだ。その後もあちこち出歩いてたから、たぶん外してもらったのは、その何倍にもなると思うぞ」
どうやら“魔王”にも、あたしと似たような能力があったようだ。倒れたままの不思議ドワーフに近付いて、今度は首輪のとこだけ意識して収納を掛けてみる。パチッと静電気みたいな抵抗があったが、案外あっさりと首輪は消えた。
「おお、すげーな転移者。助かるよ、その手の魔力拘束具って絶対に外れなくてなぁ」
気絶させられてた混沌の地底人は全部で十二人。首輪を外すと、目に見えて血色が良くなってきた。
「ヤダルさん、なんかピクピクしてんだけど大丈夫?」
「ああ。首輪で疎外されてた魔力の循環が始まったんだ。すぐ混沌の地底人本来の能力を取り戻す。それが厄介なんだがな」
なにそれ。“デロ”って、どんだけウザがられてんだよ。
「ヤダルー?」
「おう、済んだぞ。シェーナたちのおかげで、けっこうたくさん馬が手に入った」
こちらの制圧を確認したのか、ミスネルさんが駆けてきた。後ろに年長っぽい子供が何人かついてきてる。
「馬は助かるわね。村外れの馬車が直せそうだし」
「ただな、“デロ”が十二いた」
「え。あ、うん……まあ、しょうがないわ」
比較的温和そうなミスネルさんが、嫌な顔……まではいかないが困った顔をしてる。
「あたしは知らないけど、“デロ”って、そんなに困った奴らなの?」
「簡単にいうと、“大きな赤ん坊”かな」
笑顔でいわれた。いや全然イメージできない。ヒョコヒョコと動き出した小柄なデロたちが、自分らの首を触って歓声をあ上げ、こちらを見て笑う。無邪気な感じがするし、特に嫌な印象はない。が。
「やった!」
「しゃっくる、ない!」
「じゆうー!」
「「「やりたいほうだーい!」」」
うるさい。あと最後のが若干、気になる。
「やりたい放題じゃねえ。好き勝手しやがると首輪の代わりにそのクビ飛ばすぞ」
「「「ひぃッ⁉︎」」」
ヤダルさんが黒い剣鉈みたいのを突きつけて脅すと、デロたちは震え上がってブンブンと頷く。
「それじゃ、わたしたちは家に戻るけど、あなたたちはどうする?」
「おなかへった」
「へった」
ミスネルさんの質問にビタイチ答えてないあたりに、彼らへの不安感の根源がある気がする。ひもじそうな顔でお腹を押さえているのを見ると、なんとなく可哀想になってしまう。中途半端に可愛げがあるのが逆に面倒臭いんだろうな、きっと。例えば、害獣なのにあんま殺したくない見た目の……アライグマとか、鹿とか、子グマとか、そんな。
「……しょうがないわね。ご飯食べたら、ウチに帰るのよ?」
「「「ありがとー♪」」」
苦虫を甘噛みした感じのヤダルさんと、よくわからず首傾げ気味のミュニオとジュニパー。子供たちは、よくわかってないのか被害の経験がないのか興味津々で眺めている。
「シェーナ、お前らは、どうする?」
「あたしたちはソルベシアに向かうけど、飯くらい付き合うよ。ほら、野豚を預かってるし。他の食材もある」
「え? 野豚を狩ってくれたの?」
「ああ。シェーナたちがな」
「ありがとう、助かるわ」
ミスネルさんが嬉しそうにいう。もしかしたら食材確保に苦労してたのかも。あたしたちは隠れ里というか廃墟の町メイケルグに戻る。建物はあまり残ってないが、町の奥に一軒だけ簡単に修復された感じの家があった。二階建てで、二階は崩れてほとんど残ってない。
「さ、入って。長居する気はなかったから、直したのは一階だけなの」
「なあ、ミスネルさんは、これから南下するの?」
あたしの質問に、ヤダルさんとミスネルさんはしばし悩んだ表情になる。
「迷うところね。北は偽王派が鬱陶しいし、南は子供連れじゃ少し不安が残るし。ヤダルが見て回った感想を聞いて、今後の方針を決めようかと思ってたんだけど」
「そうなー」
ヤダルさんも、浮かない表情だ。そらそうか。直近の避難民集落が襲われたくらいだから、ここも安全じゃない。攻められるたびに殲滅するっていう方針も――ヤダルさんがどう思ってるかはともかく――現実的じゃない。
建物の裏手にある屋根付きの竃では、大きな鍋にお湯が沸いていた。その隣では年配の獣人女性がふたり、今夜の食材らしい野菜や山菜を刻んでいた。
「ああ、おかえりヤダル」
「こんちは」
「おや、こんにちは。ヤダルの友達かい?」
「こいつはシェーナだ。“魔王”の同郷なんだってさ。でもまあ、あいつらよりだいぶ常識的だ」
「へえ……」
ヤダルさんの紹介で、獣人女性たちは面白そうな顔で笑う。その評価はどうなんだと思わんでもないが、魔王本人を知らんのでなんともリアクションし難い。
「このふたりは、サリタとキーオ。んで、こっちがシェーナの仲間でミュニオとジュニパーだ」
「ジュニパーです、こんにちは」
「ミュニオなの。よろしく」
「ああ、よろしくね」
「野豚を捕まえてくれたんだって? 助かるよ、なかなか子供らに腹いっぱい食わせてやれなくてさ」
食材調達に出る余裕がないとかで“野菜と山菜に少し干し肉を入れたスープ”の予定だったみたいだけど、あたしが収納から出した巨大野豚を見て大人も子供も全員が歓声を上げる。
「「「「すっごぉおおぉーい‼︎」」」」
「あたしが寝こけてる間に、シェーナたちが狩ってくれたんだ」
「ありがとね。こんな立派な野豚、もらっていいの?」
「どうぞ。他にも食材あるから使って」
隠れ里の女性陣と一緒に、あたしたちは豪華な夕食と保存食のプランを練り始めた。




